得意武器の宝禄火矢ではなく、苦無を構えるは立花仙蔵。攻防どちらにも転じれるよう腰を低く落とし、相手を見据えている。
一方、相手の男は余裕綽々の笑みを湛えていた。
ざっくばらんに纏めた髪と白い鉢巻を風に揺らし、纏う空気は飄々としている。
彼を良く知らない者が見れば、ふざけているのかと思うほどだ。だが、5年以上も付き合いのある仙蔵は、男がそんな空気を一瞬にして変えるほどの実力者であることをよく知っていた。
男の名は大木雅之助。忍者学園の元教師である。
象徴でもある八重歯のせいか実年齢よりも低く見られるが、すでに齢三十を越えている。
ただ、山田伝蔵ら年長の教師陣から言わせれば、見た目だけでなく中身も怪しいものだった。
良く言えば豪快、悪く言えば大雑把。物事にあまり頓着しない性格で人の話を聞かないなど、大木には稚拙な部分もあった。
ただ、忍としての実力は折り紙つき。特に手裏剣を得意とし、打たせれば百発百中の腕前を持っている。
それこそ将来忍術学園を牽引していく一人だと期待もされていたほどだが、今、大木は一介の農家として生活を営んでいた。
理由は1つ。宿命のライバルである野村雄三を倒すためである。
忍術学園在任時、2人は常日頃何かにつけ張り合っていた。忍としての技量はもちろん、どちらが字が綺麗か、人気があるかなどなど、些細なことまで競っていた。
勝負は引き分け続きだったが、決着をつけたのは弁当の早食い。軍配があがったのは野村だった。
野村に負けたことがあまりに悔しかったのだろう。
それを機に大木は忍術学園を辞め、野村が忌み嫌うらっきょうと葱を育てる農家へと転身したのだ。
本人は真面目も大真面目だったのだが、端から見ればなんとも馬鹿馬鹿しい動機ときっかけである。
あまりの突飛さに、事の結末を聞いた山田ら当時の教師陣も口をあんぐりと開け呆れ驚いたほどだった。
教師をやめ早5年。現在、杭瀬村ラッキョウ協同組合組合長も務めるほどに農家も板についてきた大木だが、忍としての実力体力などは全く衰えていない。
兵農一体の功。日々の農耕を鍛練の一つとし、体力や筋力の維持に繋げていた。
その証拠に、今も刀と同じくらい重さのある木刀を腕1本で軽々と振るい、くるりくるりと回し遊んでいる。
そんな大木相手に、どう攻めるが最善かと仙蔵は勝ちへの道筋を考えていた。
動きに注視しつつ隙を伺うが、構えていないのに隙が無い。
安易に飛び込めば、あの長い腕と木刀の刀身であっという間に攻撃範囲に入ってしまうだろう。
─懐に隠し持っている鳥の子はおそらく存在がばれている。使いどころはまだ先だな。
石つぶて、もしくは火薬なしの張りぼての宝禄火矢で陽動。次いで手裏剣等で様子見が妥当なところだろうか。
それもあっさりと払い落とされる可能性が高いかと仙蔵が思案していると、大木が声をあげた。
「立花、いつでもかかってこーい!
長考もいいが日が暮れてしまうぞ?」
挑発的な笑みと共に投げられた言葉に仙蔵は眉を寄せた。
腹は立つが冷静に受け流す。5年の時みたく、そう易々と挑発に乗ることはしない。
日々の鍛練の成果、これまでの成長を大木に知らしめる絶好の機会なのだ。
それに…と仙蔵は大木から目線を外し、少し離れた場所で立つ名前を見やった。
急に始まった実戦演習に戸惑っているのか、なんとも不安げな表情を浮かべている。
─逢い引きなんてさせられん。……勝つ。
仙蔵は再び大木へと向き直ると、唇をきゅっと結んだ。
「大木先生、行きます」
目付き鋭く懐へと手を伸ばした仙蔵を前に、大木は口の端を上げた。
大木が木刀を面前へと構えたが合図。仙蔵は、はったり用の空の宝禄火矢を放り投げ、勢い良く地を蹴った。
がっ、がっ、と響く打撃音。
石を投げては接近し苦無での攻撃を繰り返す仙蔵と、それらを木刀1本で器用に受け流す大木の攻防が続く。
6年同士の鍛練とは様相が違う手合わせを、名前は固唾を飲んで見守っていた。
素人目で見ても強いと肌で感じるほどに大木の動きは凄く、抱いていた印象ががらりと変わった。
豪快、そして真面目か不真面目か良くわからない人。
それが名前が大木に抱いた印象だった。
邂逅はつい数十分ほど前。昼食後の片付けに追われる最中、「おばちゃーん!」という大きな呼び声に名前が裏口へと向かうと、そこには大きな籠を抱えた大男がいた。
顔面が籠で隠れていて人相こそわからなかったが、「今回のらっきょうの出来が良い!」と笑う声からは豪快さが滲んでいる。
「こんにちは。おばちゃんは今休憩してまして、私が変わりに受けとりますね」
おばちゃんの知り合い、そして小松田の侵入者警報もないし、きっと不審者ではないのだろう。
安心から朗らかに応対する名前に対し、男の方は違った。
おばちゃんではない人物の登場に驚き、籠の横からひょこりと顔を覗かせた男は、訝しげに言葉を発した。
「誰だ?」
「はじめまして。少し前からここで働かせてもらっている名字名前と言います」
「ほぉー。これまた若い娘が来たもんだ。
わしは大木雅之助。数年前までここで教師をしていた者だ」
怪訝な表情から一変、大木は八重歯を覗かせ笑うと抱えていた籠をどかりと床へと降ろした。
籠の中にある立派ならっきょうに、名前は感嘆の声をあげた。
「こんなにたくさん。ありがとうございます」
しかし、とてつもなく量が多い。
これはおばちゃんに判断を仰がなければいけないなと、名前は長椅子に掛け休む大木に声をかけた。
「大木さん、ちょっと待っていて貰えますか?
今おばちゃんを呼んできますので」
「いやいい。まあ座れ」
でも、と渋るも、いいからと己の横を叩く大木に促され、名前は隣へと腰を降ろした。
大木からの圧の強い視線にたじろぐ。
まるで蛇に睨まれた蛙になったような気分だなと、居心地悪さを感じつつも名前は大人しく姿勢を正した。
─この感覚も久しぶりだなぁ。
不審と好奇とが入り雑じった視線が刺さっていた頃を思い出し、名前は緩く眉をさげた。
今でこそ一緒に日陰ぼっこをしたり、テストの話を聞いたりなどの交流があるが、は組以外の1年生や2年生からは最初かなり警戒されていた。こそこそと覗いてきたり、あからさまに怪しいと言わんばかりの視線をぶつけてきたりと常だった。
仲良く過ごせている現状のありがたさを名前が改めて噛み締めていると、見定め終えたのか大木が不思議そうに声を発した。
「名前はまだ二十歳かそこらか」
この時代で初めて年相応に見られたことに名前は喜んだが、それも束の間だった。
「若いのに出稼ぎとは。夫に先立たれたのか?
もしや学園の誰かの嫁か!?斜堂か土井か?
……まさか野村のキザ野郎じゃないだろうな!?」
先程の真面目さから一変、凛々しい眉をハの字に下げ拳を震わせながら矢継ぎ早に問う大木に、名前は慌てた。
「いえ!誰のお嫁さんでもないです!!!」
今にも飛び出して行ってしまいそうな大木の誤解を解くため、名前はぶんぶんと首を横へ振った。
教師陣の結婚事情はよく知らないが、嫁疑惑は事実無根だ。野村にも斜堂にも土井にも迷惑がかかってしまう。
そもそもすぐに“嫁”に結びつけるのはどうなのか。
そう思ったものの、この時代では結婚していて当たり前の年齢なため仕方ない。
「嫁でも出稼ぎでもないんです。いろいろありまして、ここでお世話になっています」
多くは語らない名前の返答に、大木は、訳ありか、とすぐに理解した。
そして珍しいこともあるものだと内心で驚いた。
閉塞的なこの学園に一般人を入れるとは。言えない理由は気にはなるが、あの学園長が許可したのだから心配は無用だろう。
─まあ、見るからに無害そうだしな。
先程、野村のキザ野郎の言葉に乗せて、少しばかり殺気を込めたが、無反応。恐らく気付きもしてない。
大木は取り越し苦労に終わった探りに肩の力を抜くと、再び名前を眺めた。
二十歳そこそこ、見た目も悪くなければ、気立ても悪くはなさそうだ。
大木はふむと頷くと、口を開いた。
「名前、恋人はいるか?」
「いえ、いませんけど……」
なるほどそれは僥倖だ。
きりりと顔つきを変え、大木は名前の手をがしりと握った。
「名前、どこかへ嫁ぐ予定がないならわしのところにどうだ?」