05

ご飯の炊けた甘い香りに、魚の焼けた香ばしい香りが満ちる食堂。
生徒のみならず、教師、そして時には外部の人間の腹と心を満たす場でもある。
昼時の食堂はいつも生徒らの声で賑わっているが、今日はいつもと様相が違った。
賑わっているのは部屋の一角のみで、その周りは静かだ。

「名前さんおいしい?」
「おいしいに決まってるよ!おばちゃんのお料理は最高なんだから」
「僕、Aランチ大好きー!」

食べながら思い思いに話す1年は組の面々。その中心で、名前は黙ってBランチの焼き魚をつついていた。
おばちゃんの作るご飯がおいしいことは、この2日間お世話になったため、分かる。
しかしながら、その味をじっくりと味わう余裕が今の名前にはなかった。
その原因はあちこちから突き刺さる視線。
授業が終わるやいなや、お昼を一緒に食べようとは組の皆に誘われ嬉しかったのだが、正直言うと居心地の悪さが勝っている。
何人か目が合ったような気がしたが、すぐに反らされた。まるで珍獣にでもなった気分だ。
しかし、名前は彼らを責める気にも咎める気にもならなかった。異分子が気になる気持ちはよく分かる、彼らに非はないのだ。
ちらりと視線を動かし目に入った、黄緑や青などの色鮮やかな忍装束。
忍装束って皆が同じ色じゃないんだね。そんな名前の呟きに反応したのは、隣に座っていた加藤団蔵だった。

「学年で色が分けされてるんです。1年生は水色模様、2年生は青。3年生は黄緑で4年生が紫!」
「そして僕ら5年生は藤色」

突然混じった第三者の声。その声の主に真っ先に気づいたのは庄左ヱ門だ。

「あ、尾浜先輩!」
「やあ、庄左ヱ門。噂のお姉さんと食事なんて羨ましいな」
「名前さんです。今日から一緒に授業を受けることになったんです」

庄左ヱ門の説明に相槌を返しつつ、忍たま5年生の色である藤色の忍装束を纏った男─尾浜勘右衛門はちらりと名前を見た。
昨晩に実技担当教師である木下鉄丸から知らされた客人の存在。
密偵や間者かなど穿った見方をしようにも、教師陣が了承を出したのだから、その線はない。ならば、忍者でもなんでもない一般人がなぜ客人扱いなのかという疑問が沸くのは当然だった。
何か他の理由があるに違いない。それが5年の総意だ。
そこで、噂の人物に接触すべく、見た目も態度も一番人当たりの良い勘右衛門に白羽の矢が立ったのだ。
勘右衛門はにこりと人好きのする笑みを浮かべると今回の標的、名前へと話しかけた。

「はじめまして、僕は尾浜勘右衛門と言います」
「はじめまして、名字名前です。あの噂のってどういう……」
「あはは、気になります?実はどこぞのお姫様なんじゃないかとか、土井先生の押し掛け女房だとか」

他にもいろいろと。そう含んだ答えをした尾浜に、名前は顔を青くし戦慄いた。
一体どこからそんな偽情報が出回ったというのか。特に押し掛け女房説など、土井に多大な迷惑がかかる。
ただでさえいらぬ苦労をかけてしまっているのに、変な噂までたつなど申し訳ない。名前は即座に否定した。

「お姫様でも、お、押し掛け女房でもないです!」

名前のあまりの慌て様に、勘右衛門はたまらず破顔した。
素直すぎる。1年生と何ら変わらない、いや下手すれば彼ら以上かもしれない。
正直、勘右衛門も嘘の噂話に彼女がここまで良い反応をするとは思わなかった。
見た目は落ち着いて見えたが、もしかしたら想定した年齢よりも幼いのかもしれない。
名前を盗み見しながら、勘右衛門は様々な推測を立てていく。
年は6年生より少し上か同じくらいか。
立ち居振舞いから、どこぞのお姫様ではないことは確定だ。姫であればもう少し淑やかじゃないと可笑しい。
訛りも特に気にならないということは、この近辺の出自なのだろう。
残るは学園長の隠し子、孫、もしくは遠縁の者の可能性だが、どれも違う気がした。
これだ!というものに当たらず、勘右衛門は悔しい気持ちになった。こういう予測は割りと得意だったのだが、不発に終わったからだ。

「本当、何者なんだろうなぁ。このお姉さんは」

勘右衛門の独り言は、彼女を囲んで噂話を嬉々と話すは組の生徒らと、それを必死に訂正する名前には届かない。
そうこうしてる間に昼休みの終わりが近づいていた。その証拠にぞろぞろと他の学年の生徒らが食堂から出ていく。
勘右衛門は時間切れかと区切りをつけた。

「ほら、みんな昼休み終わっちゃうよ。あと、名前さんごめんね。噂話なんて嘘だよ」

さらりと告げられた事実に、名前の顔は豆鉄砲を食らったかのような表情だ。
からかわれているなど、露ほども思っていなかったのだろう。
想像通りの間抜けな反応に、勘右衛門はチャームポイントである丸い目をにこりと細めた。

「また今度ゆっくりお話しよーね、名前さん」

ふわふわと特徴的な髪を揺らし、勘右衛門は食堂を後にした。



◇◇◇



午後からの合同実技授業に向け準備していた鉢屋三郎は、勘右衛門を見つけると真っ先に声をかけた。
あの噂の客人がどんなだったか、興味があったからだ。

「どうだったんだ、勘右衛門」
「んー、普通の人。悪く言えば、毒にも薬にもならなさそう」

感想を問われた勘右衛門は素直な感想を口にした。
何か不可思議な空気感を持ってる気もしたが、形容しがたいため、その感想は心に留める。

「そうか。その割にはやけに楽しそうだな?」
「あはは、分かる?馬鹿みたいに素直で可愛いお姉さんだったよ」

刺激的なことが起こるかもという期待があった分、少し肩透かしをくらった気分ではあるが彼女自体は面白い。見た目もまあまあだ。

「きっと、三郎も気に入るんじゃないかな」

先ほど名前に見せたような笑みとは違い、勘右衛門はいたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。

>> list <<