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まるでそれは長い長い夢を見たようだった。とある少女の16年という短い人生を一夜の眠りの中に詰め込まれて見せられた私は今にも頭がパンクしてしまいそうで。
しかし、その夢のお陰で私は全てを思い出すことができた。夢に出てきた少女は他でもないこの私、神崎納豆の前世・・だということを。現在13歳。前世は平成生まれの令和でご臨終。それなのに今の時代はなんと大正。どうやら私は未来から過去に転生してしまったらしい。こんなこと本当にあるのか。
この世界に生まれてからの13年間、私はどこか違和感を抱いていた。今のお母さんとお父さんの顔を見るたびにどこの誰とも知らない女性と男性の面影が重なって見えたりすることが度々あり、まだ前世を思い出していなかった頃の私はそれに悩まされたりした。今の両親には心配をかけさせると思ってそのことを言ったことは無いけれども。でも言わなくて正解みたい。今更言い出しても混乱させちゃうだけだろうし。それにしても前世の私可哀想。自分で言うのもなんだけどね。


「納豆、今日は竈門さん家の炭治郎くんが炭を売りに来るらしいから買ってきてくれないかしら?」
「えっ、炭治郎が来るの!?」


お母さんから耳寄りの情報を聞いた私はすぐに髪を整え始める。だって炭治郎が来るんだよ?これはちゃんと身なりを整えなきゃ!
髪も下ろした方が可愛く見えるのかな……と、ウンウン唸っている私を見てお母さんがフフッと小さく笑う。


「そんなに身なりを整えても、炭治郎くんは炭を売ったらすぐに帰っちゃうんだから……」
「だとしても炭治郎にだらしない姿は見せられないの!」
「あらあら……本当に納豆は炭治郎くんのことが好きねえ」
「違っ……!別に好きなわけじゃなくて…お、同い年だからだらしない姿見せちゃったら子供っぽいって見下されちゃうかもでしょ!」
「はいはい。じゃあちゃーんと身なりを整えて、炭治郎くんの所にお使いよろしくね」
「はーい!」


今話に上がっていた炭治郎とはこの村の近くにある山に住んでいる竈門家の長男、竈門炭治郎のこと。私と同い年の13歳。昔、炭治郎のお父さんが亡くなってしまってから炭治郎が家の生計を建てるために山を下りて炭を売りに来るようになったのだ。炭治郎はとても心優しい人で、よく炭を売るために村に来ては困っている人達の手助けをしているため村の人達に慕われている。さらに炭治郎の妹の禰豆子ちゃんとお母さんは村でも評判の美人さん。ちなみに私と禰豆子ちゃんは仲が良くて、結構一緒に遊んだりする。だからその繋がりで炭治郎ともよく話す。
まあよく話すといっても「いつも俺の妹弟と仲良くしてくれてありがとうな」とか「俺の妹弟は皆優しくてな」とか、炭治郎から話されるのは大抵家族の話なんだけど。私が炭治郎の家族を誉めたりするとそれはもう嬉しそうに炭治郎は笑うのだ。きっと家族が大好きなんだろうな。……前世の私と一緒で。
だからこれからも炭治郎が家族と幸せに暮らしていけるといいな。


だけど……だけどね。炭治郎は少し鈍感すぎると思うんだ!!!もう少しこっちが会うたびにお洒落してることに気がついてくれても良くないかな!?いや、別に好きって訳じゃないんだよ!?ただちょーーーっと気になるだけで……。この村って同年代の人って少ないからその中だと炭治郎が一番かっこいいな〜ってだけだから!!!!


「あ……そろそろ行かなきゃ」


最後に鏡の前で一回り。乱れているところが無いのを確認してから私はお母さんに渡されたお金を持って家を出た。
まさか竈門家のこれからの平和を願った今日、炭治郎達にあんな悲劇が起こるとは思いもしなかった。前世では『神様は自分達にばかり』と思っていたことがこんな形で『神様は皆に平等』だと知ることになるなんて、私にはそれが耐えられなかった。



「たーんじろー!」
「やあ納豆!」
「炭を買いに来たの。お母さんに頼まれたから」
「そっかあ!ありがとう。納豆には禰豆子のことも含めてたくさんお世話になってるな……。今度お礼でもさせてくれ」
「いいよお礼なんて!炭はお母さん達が欲しがってるだけだし、禰豆子ちゃんとは私がただ一緒に居たいだけ。私は別に炭治郎達にお世話してるつもりはないよ!」


誤解を解きたいあまりに私はつい熱くなってしまい、炭治郎の手を握りしめてズイッと顔を近づけてしまった。呆然として何も喋ってこない炭治郎を見て私は今、自分がかなり積極的になっていたことに気付き、すかさず炭治郎から離れた。まるで漫画のような点一個だけのような目をした炭治郎が私を見つめている。今にも逃げ出したくなってしまうほどには私は自分のしたことが恥ずかしかった。まだ嫁入りしていないような女が付き合ってもいない男の手を握って顔を近づけるなんて……。
もしもこの場にお父さんがいたら今頃炭治郎は大変なことになっていただろう。私のお父さんも中々の親バカなものでして……。
ついこの間も酒屋の息子さんに「結婚してください」と言われたときもどこで聞いていたのかは分からないが、嵐のようにお父さんが吹っ飛んでくると般若のような顔で酒屋の息子さんに「お前に俺の娘は百年早ぇ…」と言って追い返していた。お父さん怖い。
それはそうと今は炭治郎だ。まさかまたどこかでお父さん立ち聞きとかしてないよね……。
なんだか無性にそればかりが気になってしまい、私はキョロキョロと回りを見渡す。だがお父さんらしき気配は無いのでホッとため息をついた。すると、私のため息を聞いた炭治郎がようやくハッ!と我にかえった。


「わ、悪い…ちょっと驚きで固まっていた……」
「いや私こそ手なんか握っちゃってごめんね。いきなりそんなことされたら気持ち悪くて驚くよね……」
「違う!気持ち悪くなんてない!!!」


今度は炭治郎が、私の手を握る番だった。


「納豆からそんなこと言ってもらえるなんて思ってなかったから、嬉しすぎて驚いただけなんだ!俺は手を握られたことや顔を近づけられたことは少しも気持ち悪いとは思っていない。……むしろ嬉しいよ」
「え、う、嬉しい……!?」
「納豆はあくまで禰豆子の友人で、納豆にとっては俺は友人の兄という認識なだけだと思っていたから、納豆が俺に対してここまで積極的になってくれたことがむしろ嬉しいんだ。ごめんな、こっちこそ変なことを言ってしまって」


炭治郎に握られている手がこれでもかというほど暑く感じる。いや、手だけではない。体全体が今にも火を吹きそうなほど暑くなっている。今は冬で、暑いどころか死ぬほど寒いというのに。


「────す、炭!」
「え?」
「ほ、ほら…私炭買わなきゃ!もしかしたらお母さんすぐ炭使うかもしれないしッ!!!」
「あ、確かにそうだな!なら早く買って戻った方がいい!」
「ウン、ソウスルヨ!」


するりと炭治郎の手から自分の手を抜く。しかし、もう私の手を包むものは何も無いというのに未だに私の手は何かに包まれているような感覚が残っている。炭治郎から炭を受け取り、代わりにお金を渡して私は足早にその場を去ろうとした。


「納豆ー!」


そんな私を後ろから炭治郎が呼び止める。
振り返ると炭治郎は私に手を振り、優しく笑った。


「またな!」

「……うん、またね!」


私も炭治郎に手を振り替えした。
この「またね」が果たされるのがこれから『二年後』になるなんて、誰が考えたのだろうか。

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