2

炭治郎は「何でここにいるんだ」と言いたげな表情で私を見ている。本来なら私が『鬼』という存在を知る筈はなく、あの村で何も知らないまま暮らしていく筈だったのに。炭治郎はそう思っているのだろう。固まる炭治郎に私はこっちだよと手招きをする。すると炭治郎はようやく動きだし、私のすぐそばまでゆっくりと歩み寄ってきた。炭治郎は言いたいことがたくさんありすぎて何から言えばいいのか分からない、という微妙な表情。


「納豆、」
「皆さま 今宵は最終選別にお集まりくださってありがとうございます」


炭治郎が何か言いかけようとした瞬間、私が来たときからずっと居た双子ちゃん(?)の内黒髪の方の子が話し始めた為、炭治郎の言葉は遮られてしまった。なぜか炭治郎はしょんぼりとしてしまっている。そんな落ち込まなくてもまた話せるじゃん……と思ったが、彼女達の言葉を聞き漏らすことはできず私は何も言うことはなかった。


「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり外に出ることはできません」
「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます」
「しかしここから先には藤の花は咲いておりませんから鬼共がおります。この中で七日間生き抜く」
「それが最終選別の合格条件でございます。では行ってらっしゃいませ」


双子ちゃんが頭を下げた途端、周りの人達が一斉に動きだし山の中に入っていく。皆行動が速いなとそれを見ていたら隣にいた炭治郎が私の手を握り、山の中に向かって歩きだした。必然的に私の手は引っ張られ連れていかれることになるわけで。山の中に入ってからも炭治郎は何も喋ってこないし、片時も私の手を離そうとしない。そんな炭治郎の様子が変だと思った私は繋がれている手を引っ張り「ねえ!」と、炭治郎に呼び掛けた。すると炭治郎は足を止めた。


「あ、あのさ炭治郎さっきからなんか変だよ。手…離して?鬼が出てきたらすぐに対応できないから……」


自由な方の手を使って炭治郎の手をほどこうとするが、私がほどこうとする力を込めると炭治郎も私の手を握る力を強めてほどかれないように対抗してくる。それなのに一言も話してくれない炭治郎に私は困惑するしかない。……もしかして炭治郎は怒っているのだろうか。私が最終選別を受けに来たことを。いやむしろそれしか考えられない。


「あのー……炭治郎さん……?もしかして私が最終選別に来たこと怒っていらっしゃいますかね……?」


炭治郎の機嫌を伺うようにおそるおそる私がそう聞くと炭治郎はようやく私の方を振り返り、私と目を合わせてくれた。


「……あぁ、そうだ。俺は怒っている」
「ですよねー……」
「納豆、家族はどうした。何でここにいるんだ。何で鬼のことを知っているんだ」
「えっと……」


炭治郎の本気で怒っている時特有の低い声が私の鼓膜を揺さぶる。最後に会ったのはもう二年も前か。当時の炭治郎よりも背が伸び、僅かに声も低くなった炭治郎を見て改めて私たちの間に生まれてしまった二年という時の長さを実感してしまう。二年前はあんなに距離が近かったのに、なんだか今は遠く感じる……。


「……私、お母さん達には手紙だけ残して家を出てきたの。一人で旅をしていた所を鬼に襲われて、そこを今の師範に助けてもらった。それで私が師範に頼み込んで、呼吸を教えてもらったんだよ」

私がここ二年の間にあったことを話すと、炭治郎の目が今にも泣きだしそうに揺らいだ。


「なんで……なんで、村を出たりしたんだ!!!納豆はあの村で家族と暮らしていたら幸せのままだった!鬼と関わることなく暮らせていたんだ!それなのに、こんな所に来て……。死んでしまうかもしれないんだぞ!?」
「…っ、私は!!!」


炭治郎が怒鳴ってくるのを遮るように、私も大きな声を上げる。私の声に驚いた炭治郎はビクリと肩を揺らす。そういえば、私が炭治郎達に怒鳴ったこと今まで一回も無かったもんね。


「……私は、炭治郎と禰豆子ちゃんに会うためにここまで来たんだよ。二年前、嫌な予感がして炭治郎の家まで行ったら炭治郎の家族があんな酷いことになってて、肝心の炭治郎と禰豆子ちゃんは私達に何も言わないでいなくなってるし、私だって……炭治郎達が凄く心配だったんだよ!?鬼に襲われたとき、炭治郎の家族は鬼に襲われたんだって気づいた。ならきっと、炭治郎は鬼を退治する鬼殺隊に入ると思ったの!!!だから私はこの二年間辛い鍛練にも耐えて耐えて耐え抜いて、この最終選別に来たんだよ!!炭治郎達と会うために!!!」


酸欠状態の一歩手前まで来ていた私は、言いたいことを言い終えるとハァッ、ハァッと肩で息をする。炭治郎は私の怒濤の勢いで紡がれた言葉に目をぱちくりとさせていた。確かに炭治郎からしたら私は村にいたほうが幸せに暮らせていたように見えるけど、私からしたらあのまま村にいて、一生胸にわだかまりを抱えたまま生きることのほうが苦痛なんだ。それを理解してくれとは炭治郎には言わないけど、それほど私が炭治郎達に会いたかったんだということは分かってほしかった。炭治郎達に会うためにここまで来たのに、それを本人達に否定されたらすごく悲しいから。私の二年間の意味が無くなってしまう。
炭治郎は私の言葉を聞いてますます泣きそうに顔を歪める。そして無理矢理絞り出すようにして話し始めた。今度は怒鳴るんじゃなくて、黙っておこうとした自分の本音を頑張って伝えようとするように。


「俺だって…本当は納豆に会いたかったよ。あの日、最後に『またね』って言って別れたのにそのまま会えなくなるなんて嫌じゃないか……。俺があの村を出るときだって、納豆にだけは一言声をかけてから行きたかった…。でも、なんだか納豆に会ったら『俺と一緒に来てくれないか』って言ってしまいそうだったから……っ!俺だって、納豆だけは巻き込む訳にはいかないと頑張って堪えて村を出たんだ…」


炭治郎の本音を聞いて、私まで泣きそうになってしまった。炭治郎は炭治郎なりに私を守ろうとしていたんだ。そうだよ、なんで忘れていたんだろう。……炭治郎は泣きたくなるほど優しかったじゃないか。
必死に堪えようとしていたのに、我慢できなかった涙がポロリと溢れて頬を伝っていく。炭治郎は私の目尻に溜まった涙を親指で優しく拭うと暖かい笑みを浮かべて「泣かせてごめんな。俺に会いに来てくれてありがとう、納豆」と言った。


「……炭治郎も、泣いてるじゃん」


優しく微笑む炭治郎の目からも綺麗な涙がこぼれ落ちていた。だけど炭治郎は私の言葉に「そうか〜?」と言って自分が泣いていることを認めようとはしなかった。

TOP