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「い゙ぃやぁあアアア゙ア゙ッ!!!」
「ヘッ!さっさと諦めて降りてこいよォ!」
「え……」


炭治郎と別れて30分ほど走っていたら鬼の気配を感じたため、その場所へ向かうと、そこには木によじ登ってガタガタと震えている金髪の男の子と木の下で待ち構えている鬼がいた。金髪君(命名)は今にも目玉が飛び出そうなくらいに目をかっ開いている。そんな金髪君の様子を見てそれはもう愉しそうにしている鬼は跳べば一発で金髪君を木から引きずり下ろすことができるはずなのに、意地悪なのかはたまたサイコパスなのか、金髪君が諦めて自ら降りてくるのを待ち構えているようだ。見た感じ、鬼はそこまで人を食べていないように見える。藤の呼吸を試すには丁度良い相手。


「おーい鬼さーん」
「あ?」


鬼から七メートルほど離れた場所に立ち、私の気配に全く気がついた様子を見せない鬼に、私は自分から呼び掛けた。そしてようやく私の存在に気づいた鬼は私を上から下まで舐め回すように見ると、ニタリと笑って「男の肉より女の肉だな…」と言って私に向かって飛びかかってきた。
一連の流れを見ていた金髪君は今まで自分を狙ってきていた鬼がいきなり現れた私に狙いを変えたことに驚き、「やめろ!!」と叫ぶ。が、そんなことで鬼が人を喰うことを止めるはずが無く、鬼は金髪君の声を聞いてもなお、少しも躊躇う素振りを見せることはなく、ただ私という獲物をロックオンしているようだ。むしろその方が私には都合が良い。
刀を持ち、呼吸をする。


「藤の呼吸 参ノ型 閃光藤月下せんこうふじげっか


一瞬にして己の頸が斬られた鬼は体と切り離された頭が地面に転がり落ちるまで、自分の頸が斬られたことを自覚していなかったようだ。鬼の恨めしそうな視線が私へと突き刺さる。灰となる直前まで「喰う」「貴重な人間」「殺す」と、鬼がブツブツ呟くものだから思わず私は鳥肌がたってしまった。『人を喰らう』ことに対するあまりに強すぎる執念に純粋な恐怖の念を抱く。もしも私が鬼になったら今の鬼のように理性の欠片もなく人を喰い散らかすようになってしまうのか。一度でも自分の手で守ろうとしたものを、自分の手で壊すというのはどういった気分になるのだろう。鬼になったら自然と生きている頃の記憶は無くなるそうだからそんなものも全て忘れ去ってしまって何も考えなくなるのかな。それは凄く嫌だなあ。理性や知性に欠けた生き物がどれほど醜いか私は知っている。前世で嫌というほど身をもって体験した。人は一度でも一線を越えてしまったら、二度目からはもう歯止めが効かなくなってしまう。最早嫌悪感しかわかない、そうなってくると。……だから私の中で炭治郎と禰豆子ちゃんが最高の癒し。
完全に灰となって消えた鬼を見届けると、私はまだ木の上にいる金髪君に「降りてきなよ」と声をかける。私に声をかけられた金髪君は慌てて木から降りてくると、物凄い勢いで私のもとに駆け寄ってきた。その圧に私は押されてしまう。目を輝かせた金髪君は私の両手を握ると、すがるようにしてこう言ってきた。


「頼む!俺と結婚してくれ!!!」
「…………は?」







「あなたは我妻君って言うんだ」
「善逸って呼んでくれよぉ〜……」
「わ、分かった…善逸だね。私は神崎納豆。よろしくね。ところで何でいきなり結婚してくれ〜なんて言ってきたの?」


あの時すがりついてきた善逸に私が言った言葉は「とりあえず休もう」。鬼に追われていて精神的にも体力的にも疲れていた善逸はそれに二つ返事で頷いてきた。ちょっとした岩影に二人で腰を下ろしながら適当に喋る。その流れで善逸のさっきの奇行について問いかけると善逸は素晴らしいほどの顔芸(本人無自覚)付きで今までの生い立ちについて話してくれた。とにかく話をざっくりまとめると死ぬ前に女の子と結婚したいということらしい。実に男の子らしい夢。炭治郎は全くそんな話題を出してくることが無かったからこういうタイプの男の子に会うのは久しぶりかも。善逸の言い分?夢?に「なるほど〜」と、相槌をうつと、善逸は必死な表情で「だから俺と結婚してくれる!?」と再び迫ってきた。うん、なるほどね。これは面倒なタイプだわ。
善逸があまりにも必死だったから、私も出来る限りの善意を持って話してたけど普通に考えると初対面の人に求婚ってやばい。この人女なら誰でも求婚するタイプかもしれない。私の善意が冷めたことをなぜか察した善逸が「俺を見捨てないで納豆ぢゃん!!!」と言って、ブリッジをしたり手を振り回したりして暴れだした。こ、こいつ……やべぇ……!
私が逃げようとする度に光の速さで腰にしがみついて離さない善逸に頭が痛くなる。


どうやら私はとんでもない人に捕まってしまったらしい。

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