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炭治郎達の行方を探しに再び動き出した私達。しかし歩き出してからほんの少し時間が過ぎたときのこと。ガサリと背後の草むらが揺れた。自然と私達の視線は音のした方へと向く。その刹那、草むらから現れたのは『人の顔をした蜘蛛』。蜘蛛のつぶらな瞳と目が会った瞬間、ゾワッと寒気が走り一気に鳥肌がたった。そして隣で叫び出す善逸。甲高い悲鳴を上げながら走り出した善逸に手を引かれ、自然と私も走りだすことになる。
強く握られた手が痛い。そして熱い。善逸の手汗と熱が一心に伝わってくる。鬼を怖い怖いと言いつつ鍛錬はしっかりとするものだから手の皮は硬く、普段の様子を見ていると忘れがちになってしまうが齢十六の年頃の男児な訳で女の私よりも断然手は大きい。私の手をまるっと包み込んでしまうようなその手に本気で握り潰されることがあったらあっけなく私の手はグチャグチャになってしまいそうだ。
差を感じる。とても大きな差を。負けたくないのに。守られたくないのに。この差があるから炭治郎や善逸は私を守ろうとする。いっそのこと伊之助のようにいつでも噛み付くぞみたいな雰囲気でいてくれたほうがよっぽど楽だ。私はどうしたらいいんだろう。どうしたらこの気持ちが伝わるの?
現に今だって、私は善逸よりもビビっていないのに実際にはされるがままになってしまっている。何度もしつこく言うようだけれど、私は男女の差が凄く嫌い。そんなもの無ければいいのに。私は大人の男性を相手にしても負けないような力が欲しい。でもそれは……女の私には一生無理な話なのかな。
守られてばかりの自分を想像するだけで胸が苦しくなり、吐き気がする。足掻いて足掻いて、足掻きまくった末に私が辿り着くのは一体どこなんだろう。その辿り着いた先で私は『頑張って良かった』と、本当に笑顔でそう言えるのだろうか。いつまで経っても結果に満足出来なくて、絶望してしまう自分の姿が見える。そうなってしまうかもしれないと頭では分かっているつもりなのに、これ以上どうしたらいいのか分からないんだ。手を止めることは出来ない。私には時間が無いから。私は師範の代わりに仇をとらなければならない。十二鬼月の下弦すらもまともに相手できない私が上弦を倒すだなんて笑い話にもほどがある。
どうしよう。どうしたらいいのかな。分からない。分からないよ。誰か教えて。一人じゃ無理だから。これ以上進めない。お願いだから、助けてよ。

──……私の話を、聞いてほしいの。





「……だから、納豆ちゃんは言葉足らずすぎるんだってばッ!!」





私の前を走る善逸が僅かにこちらを振り向きながら、声を荒らげてそう言った。
どうしてだかその言葉がストンと案外すんなり心に落ちてきた。


「ずーっと俺!納豆ちゃんに聞きたかったんだけど…っ、納豆ちゃんって!何を隠してるのさ!!」


隠し事。つまりは秘密。私の秘密。思い当たるのはたった一つ。私の前世について。炭治郎にだけは伝えた事実。それ以外の人は誰一人として知らない。勿論、師範もだ。善逸は私が何か隠していることに気がついていた。何で気づいたのかな。特に行動や言葉に出したつもりはないのに。
それなのに、なんで善逸は気づいて──?


「前に言ったよね!!俺すっごく耳がいいの!だから納豆ちゃんが何か秘密にしてたら音で分かるの!」
「え、お…音でそんなことまで分かっちゃうの!?」
「分かっちゃうんです!!すみませんね勝手に心覗くようなことしちゃってね!!!でも耳が良いから勝手に聞こえちゃうの!!わざとじゃないし、下心もないから許してちょうだいッ!!!」
「う、うんっ。別に怒ってないからっ、許すも何も無いけどさ!」


走りながら会話しているせいで息がきれる。
善逸が私に秘密があることは『音』で察されていたらしい。でも今の今まで何も言わないでいてくれた。それは有難い。下手に首を突っ込まれるよりは自重してくれた方がこちらとしても楽だから。
だけど善逸は今、この状態の時に今まで黙ってきたことを告げてきた。それはどうして?今までのように黙っていればいいのに。何も知らないフリをして、いつものように過ごしていれば普段と何も変わらない。善逸は何を思って私に本当の事を言ってきたの?
善逸が何を考えているのかが分からないんだ。
……嗚呼、炭治郎もこういう所があったな。
思い出したのは藤の屋敷で炭治郎に「二人で私の両親に会いに行かないか」と問われたときのこと。あの時、私は炭治郎が何を考えているのかが分からなくて上手く喋ることが出来なかった。だけどそんな状態で私が唯一返せた答えは「考える時間が欲しい」という曖昧なもの。そうしたら、炭治郎は「あぁ、分かったよ」と言って少し寂しそうに笑ってくれた。どうして炭治郎が寂しそうだったのかも分からない。なぜいきなり私の両親に会いに行こうと言い出したのかも分からない。
不思議だ。こうしてみると炭治郎も善逸も似たもの同士のように見える。というか、伊之助も。三人とも不思議ちゃん達だ。掴みどころがないというか、考えていることが分かりにくい。それぞれ個性が強いからかな。
まあ、それはそうとして。とにかく私はどう反応したらいいのだろう。善逸は私に何を望んでいるのかも分からない。こういうときはどうするのが正しいの?
悶々と考えていたとき、ふいに善逸がピタリと駆ける足を止めた。いきなりのことだったのですぐに止まることが出来ず、善逸の肩に勢いよく鼻をぶつける。地味にとても痛い。
いきなりどうしたのさ、と思いながら唖然としている善逸の視線の先を私も目で辿る。



「……え、」



そこは宙に浮く家と、蜘蛛の糸で宙に吊るされた数人の鬼殺隊士の人というあまりにも異様な光景が広がっており、
そして頭痛がするくらいに臭ってくる異臭に私と善逸は思わず顔を顰めた。

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