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初めて会った時からずっと強い人特有の気配はしていた。
それなのにいつもいつも泣き叫んで、ビビって、鼻水垂らして、だらしなく震える。それ女の子に見せてもいいの?ってくらいの顔面崩壊を隠すことなく見せつけてきて、正直「なんだコイツ」って思うことも多々あった。何だかんだで彼が戦う姿を私は一度も見た事がなくて彼の格好良い姿も見たことがない。
……そんな彼が今、私を守るかのように立っている。
さっきの一瞬、私でさえ何が起こったのか全く分からなかった。ただ視界が黄色に染って気づいた時にはあの人面蜘蛛達が散らされて、善逸が…いた。
──嗚呼、なんだ、やっぱり強いんじゃん。
痛みと驚嘆の狭間で揺れてぼうっとする意識の中、善逸の後ろ姿を見上げる。いつもより大きく見えるその背中は私を安堵させるのには十分で。自然と、刀から手を離していた。いつもとは違う雰囲気を纏う善逸はまるで別人のようで。あの鬼と対峙して善逸にまで気を向けられなかった私はその間彼に何があったのかを知らない。どうしていきなりこんな……。
何かの構えをとる善逸に、シィイ…と独特な呼吸音。あぁ、型を使うのかと何となく察した。呼吸を使う者なら皆きっと察するだろう。


「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」


バチバチィッ!とまるで雷が走るかのような音と速さ。そして善逸を纏う雷の眩さにドクリ、と心臓が一際強く高鳴る。
あれだけ速く動けるのは善逸の足の筋肉が発達しているからだろう。あんなにだらしなく泣き叫ぶ善逸も私達と同じで辛く厳しい鍛錬を乗り越えてきたんだ。……弱いわけが無いんだ。
鬼は私の時と同じように『斑毒痰』という血鬼術で善逸を迎え撃つ。善逸は空中で身を捻り、軽くその毒を避ける。全体的に今の善逸には全ての動作に余裕があるように見えた。私とは全く違う身のこなし。すごく、かっこいい。
地に足を着けた善逸はさっきと同じ構えをとり「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」と言って再び攻撃を仕掛ける。が、それもまた鬼や人面蜘蛛達に妨害される。妨害されてはまた同じ構えをとり…と繰り返す善逸に、恐らく私と鬼は同じことを考えただろう。

善逸は一つの型しか使えない、という事を。

善逸は蜘蛛の毒を食らっていたせいで口から血を吐き、地面に崩れ落ちる。そのとき、反射的に善逸の名を大声で叫んでしまいズキッと骨を折った部分にそれが響く。痛みで「ゔっ」と、声を引き攣らせたとき善逸に向かって大量の人面蜘蛛達が飛びかかる。
──あ、死んじゃう
痛みで一周回って冷静になった頭の中で、そう思った。

だがそのとき、バチッと走った雷の勢いに人面蜘蛛達が弾き飛ばされた。
空気が揺れる。善逸の纏う空気が更に研ぎ澄まされていく。
異変を察知した鬼があの宙に浮いていた家の中にいち早く身を隠す。



「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」


「六連」



視界を凄まじい速さで過ぎる黄色と雷。
その移動は、連続で・・・型を使っている。私にはできない芸当。
その姿はまるで、『叩きあげられた刃』そのもの。
辺り一面に張り巡らされた糸を足場にして鬼が身を隠した家の中に善逸が飛び込み、その勢いで家の壁をぶち抜き、鬼の頸もろとも斬った。宙に浮く善逸の姿勢はとても綺麗で最後の最後まで気を緩めないその姿勢にも感嘆させられる。頸を斬られた鬼は地面に身を投げ出され「なぜだァ!!」と叫びながら塵となって消えていく。一方善逸は重力によって下へと落ちていきドサッと宙に浮く家に落ちる。あの落下の勢いのまま鬼と同じように地面に落ちていたら間違いなく善逸は死んでいた。だから善逸が宙に浮く家の方に落ちたことに安心した。
私はゆっくりと体を起こす。折れているのは両腕の骨だけ。足や肋は不幸中の幸いか折れていなかった。善逸が戦ってくれたお陰で痛みがある程度落ち着くまでじっとしていられた為、こうして動くことが出来る。でも勿論移動の際には腕に痛みも伴う。
けれども今はとにかく善逸の所へと駆け付けたくて、腕の痛みを我慢し、善逸と同じ要領で糸を足場にして飛び上がり宙に浮く家にたどり着く。そこには意識が朦朧とした善逸が横たわっている。


「善逸……!」
「ぁ……納豆…ちゃ、ん……ッ」


喋ると痛みが走るのか表情を歪める善逸。私は慌てて「喋らなくて良いから」と、善逸を静止させる。


「善逸、鬼を倒してくれて本当にありがとう……っ。ごめん私、弱くて……結局怪我しただけで、何の役にも立てなかった……」


こぼれ落ちるこの涙は悔し涙なのか、痛みからくる涙なのか、はたまた善逸の痛々しい姿への同情の涙なのか。私の言葉を聞いた善逸は小さく首を横に振る。


「よ、わく…ない、よ。俺とは……ちがう…っ。俺、は弱虫で…っ、泣いて、ばかり。……でも、納豆ちゃん、は……ゔっ……!」


無理をして喋った善逸は苦しそうに呻き声を上げて悶える。喋らなくていいって、言ったのに。……なんで無理して喋ったのさ。きっと優しい善逸の事だから私を励ましてあげたかったんだ。優しい善逸は泣いている子がいたら、放っておけないもんね。あぁ、こんなところまで私は人に気を使わせてしまう。
そのとき善逸の傍にいたチュン太郎が「チュン!」と鳴いて空に飛んで行った。それを追いかけて豆太郎も「カーッ!」と鳴いて飛んでいく。だけどそれを「どこいくの?」と引き止める気など起きなくて。


それどころか、急に意識が暗転。
次の瞬間には私は善逸の隣に身を投げ出し、気を失っていた。













「……善逸?納豆?」





どこかで、聞き覚えのある優しい声が私たちの名前を呼んだような気がした。

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