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どうしてですか、と口にする前に「失礼しまぁーす!!」と言って部屋に乗り込んできた人達に私は素早く頭に袋のようなものを被させられ、そして背負われた。善逸の「か、隠の人!?」という驚いたような声が聞こえたが、そのときにはもう私は部屋の外に連れ出されていた。あー……なんか、私も大変なことに巻き込まれるようになっちゃったなー…。
ほろり…と涙を流す。そのとき、私を背負う隠の人が「お疲れ様っす、後藤さん」と言って誰かに挨拶をした。後藤さんって誰だ……?
とりあえず静かにしていると前方から「あれ、納豆…?」と、私の名前を呼ぶ声。その声はまさしくつい先程まで私達が待ち続けていた人の声。

「た、炭治郎…?」

恐る恐る呼んだ、彼の名前。

「良かった……!無事だったんだな納豆!」

生きていることは知っていたけど、相変わらずその優しい声で私の名前を呼んでもらえることが、こんなにも嬉しかった。





「炭じ」
「はいはい!!こっちは急ぎだから失礼するぞ!!!」
「えっ、納豆を何処に連れていく気だ!おい!ちょっと待て……!!」


炭治郎の呼び止める声は聞こえてきたが、隠の人は全く足を止めることなく前へと進んだ。いきなり連れ出されたことに不安を隠しきれなかったけど、炭治郎達に会えたことでその不安がかなり和らいだ気がする。やっぱり私の中では炭治郎達の存在がかなり大きいんだ。だからきっと炭治郎達が死んでしまうようなことがあれば、私は一生立ち直れないかもしれない。そして一生、刀を握れなくなるかもしれない。
けれどまだ炭治郎達は生きている。私の傍で、これからも笑ってくれる。願わくばこんな日がいつまでも続いて欲しい。けれどそんなことは無理だということは分かっている。人はいつか死ぬ時が来るし、鬼殺隊で鬼を狩っていれば普通の人よりも沢山死の危機が迫ってくる。ただいつか人が死ぬというのなら、炭治郎達が死ぬより前に私が先に……。
……いや、これより先はまだ考えない方が良いか。今は自分が強くなることを考えるしかないよね。
それにこんなことを考えているなんて炭治郎に知られたら、日が暮れるまで怒られてしまうに違いない。










お館様の屋敷に着くまでに何人もの隠の人達にバトンタッチされながら背負われた。多分隠の人にも、私達にも屋敷までの道筋を覚えられないようにするためだと思う。とても入念だ。「着いたぞ」と言われて下ろされ、頭に被させられていた袋を取り払われる。横には私と同じようにされていた村田さんの姿も。目の前には立派なお屋敷がそびえ立っている。ここがお館様の屋敷…。そういえば、お館様って以前任務を共にした蜜璃さんが「とても素敵なお方」だと言っていた。私はこれからそのお館様に会わせられるのだろうか。でもなんであくまで一般隊士である私が……。


「いいか神崎……これから俺達はお館様・・・の前に出ることになる……。だから絶対に失礼な態度・物言いをするな。絶っっっ対だぞ…?」

「は、はい…」


目を大きく見開いてズイッと近づけてきた村田さんの迫力に私は何度も頭を振って頷いた。無駄にドキドキとする心臓を落ち着かせようと深呼吸をする。村田さんが深く一礼をしてから屋敷の中に足を踏み入れたので、私も真似をして一礼をしてから屋敷の中に足を踏み入れた。スタスタ…と歩いていく村田さんの背中はどこか落ち込んでいるようだ。やはり一般隊士にとって柱やお館様と会うのにはかなり勇気がいるらしい。私も意気込んだものだ…。
そしてとある大きなお部屋の前に着いた時、中から話し声が聞こえてきた。村田さんがその部屋の前で正座をしたのでこのお部屋の中にいるのはお館様と柱の方々なのだと気付く。私が村田さんの後ろで正座をすると、村田さんがクワッとこちらを振り向き「頼むから隣に来てくれ怖いから…!!」と小声で言ってきたので、その勢いに私は若干引き気味になりながらおずおずと村田さんの隣に移動する。そうすると村田さんは満足したらしい。
ここで待っているということは中に呼ばれるまでは待機ということなのかな。それってどれくらい待つんだろう。うーん…できれば早く戻って炭治郎と禰豆子ちゃんに話を聞きたいんだけどなあ。ほんと、なんで私が呼ばれたん?


「待たせてすまないね。入ってきてもらえるかい」
「はいッ!!!」


少し経った時、中から声を掛けられた。その声は炭治郎とは違うけど、優しく落ち着いた声で、聞いているこちら側も自然と惹かれるような声色。本能的に私はその声の主が「お館様」なのだと察した。
村田さんが障子を開き、部屋に居る人達に向かって頭を下げたので私も頭を下げる。もしかしたら下手なことをしてしまうかもしれないから基本的に村田さんの真似をしていこうと思います。そうしたらなんか平気な気がするし。村田さんの後ろを着いていきながら部屋の中に足を踏み入れ、村田さんの代わりに今度は私が障子を閉める。
中は薄暗く火を光源にしており、まずお館様と思われる人の両脇に子供が座っている。そしてお館様達と向き合うようにして並んで座っている九人の柱の方々。お館様の両脇に居る子供は最終選別にいたあの双子ちゃん(仮)にとてもよく似ている。も、もしかして双子ちゃんに留まらず実は四つ子ちゃんだったり……!?それは凄い子沢山だ……!!
再び村田さんの隣に正座をし、お館様と柱の方々に向かってもう一度二人で頭を下げた。何回頭下げるんだって感じだけど本当にこの位頭を下げないと「失礼だろ!?」と村田さんにまた詰め寄られそうだから素直にやっておく。


「それじゃあ、那田蜘蛛山でのことを報告してくれるかい」
「はい!那田蜘蛛山では────」


お館様に促され、村田さんは那田蜘蛛山で起きたことの報告を始める。あぁ、そのことを報告するために来たのか。へーそうかそうか。ん??あれでもそれじゃあ尚更私が居る意味って無くない??私、那田蜘蛛山では全く活躍してないし。足引っ張ってただけだし。
横で村田さんが報告しているときにチラリとお館様の様子を伺うと、お館様はとても優しい表情で報告を聞いている。めっちゃ優しいじゃないですかお館様ぁ……。なんかもう父性を感じちゃうよ。今度は柱の方々の様子を伺う。柱の中には蜜璃さんの姿も。分かってたけどやっぱり蜜璃さんも柱なんだよね…。他の人達はーと視線を移していくと蜜璃さんの他にも一人、女性の方が居た。その人はとても小柄で顔も雰囲気もとても綺麗で、まさかこの人が鬼を狩るのかと思うととてもじゃないが信じがたかった。蜜璃さんの時と同じくらいの衝撃の大きさ。他の柱は、傷だらけの強面の人とか、なんか焦点あってなくて派手な髪色な人とか、凄い筋肉で宝石みたいなのがジャラジャラしてる人とか、ガタイがめっちゃ良くて南無南無してる人とか、口元を包帯で隠して首に白蛇巻いてる人とか、めっっちゃ静かで凪ってる人とか、私達と背丈が変わらない男の子とか。うん。……個性が強い!!
一通り村田さんは報告が終わったらしく「以上です!」と言って頭を下げると、傷だらけの強面の人が「あぁ?」とあからさまに顔を顰めた。ヒッ!と隣の村田さんの方が揺れる。ちょっと村田さんそれは失礼な行為にはならないんですかね。


「はあー…。これではっきりしただろ。最近の隊士の質が明らかに落ちている。使える奴が中々居ねぇ」
「そもそも育手が悪い。使える奴の区別くらいつきそうなものだが」
「さっきの鬼を連れた隊士は使えそうだな!なんたって不死川に頭突きを食らわせたくらいだ!」


柱の人は大層ご立腹のようだ。そして今、筋肉スゴい宝石ジャラジャラさん(命名)が言葉にした「鬼を連れた隊士」とは、間違いなく炭治郎のことだ。…もしかして炭治郎はさっきまでこの人達の元に連れてこられていたってこと!?ね、禰豆子ちゃんも一緒に…!?この人達柱だけど見逃して貰えたのかな!?!?
バクバクと心臓が痛いくらいに鼓動して冷や汗が背中をダラダラと伝う。
うわーーー禰豆子ちゃん禰豆子ちゃん禰豆子ちゃん禰豆子ちゃん禰豆子ちゃん禰豆子ちゃん禰豆子ちゃん!!!!!禰豆子ちゃんは平気なんですかね!?!?


「おい、そいつらの育手は誰だ」
「へっ!?いや、すみません、そこまでは流石に分からないです…はい…」
「なんだと?」
「すッ、スミマセンッッ!!!」
「てかその隣の女は何だ。此処に居る意味が無いだろう。何故、此処に来た」
「え、あ、この隊士はですね……!」
「俺はお前に聞いてはいない。そこの女に聞いているのだ。おい、何とか言ったらどうだ」


ぼうっとしていたのがどうやら彼らはお気に召さなかったのか、あの白蛇を首に巻いているひとが私を指さしながら問い詰めてきた。人に指さしちゃ駄目だってお母さんが言ってたよ……。
禰豆子ちゃんのことが気になりすぎて、私は柱の人達(主に男性)からの鋭い視線は特に気にならなかった。


「私は……呼ばれたので来ました。どのような用件かは、私にも知らされておりません」
「呼ばれただと…?」


また柱の人が何か言おうとしたとき、一連の流れを見ていたお館様が「その子を呼んだのは私だ。だからそんなに意地悪をしないであげてくれ、小芭内」と、白蛇さんの人に向かって言った。あの人は小芭内さんって言うんだー。小芭内さんはお館様にそう言われた瞬間に「御意」と言ってあっという間に大人しくなる。お、お館様パワーが凄い…。


「納豆」


お館様が私の名前を呼ぶ。
なんだかとても、不思議な感じ。


「よく来てくれたね」

「……はい」


自然と口は返事をしていて、さっきまでは何でそんなに頭を下げるの?と不思議で仕方がなかったのに、私の体はお館様に向かって深く頭を下げていた。

この人には、敬意を示さないといけない。

ただ漠然とそう思ったのだ。



「悪いが、君は先に下がってもらえるかい?」
「はい!承知しました!!」


お館様が村田さんに命じると、村田さんは素早く部屋を出ていく。そうすれば必然的に一人残された私に視線は集中するわけで。
これから私はどうなるんだろうと気が遠くなるのを感じた。

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