13

私の一日のメニューは朝、起床してから蜜璃さん監修の地獄の柔軟・準備体操をしてから屋敷の周りを200周。ちなみに目標は3時間以内。少しの休憩を挟んで今度は刀の素振り。これが3000回。筋トレも忘れてはいけない。腹筋・腕立て・スクワットをそれぞれ1000回ずつ。正直言って、まだ師範の鍛錬の方がまだマシだった。全てを終えてもまだ時間が残っていたら、残った時間は蜜璃さんとの打ち合い。鍛錬が始まってから、私は未だに蜜璃さんに一撃も与えられていなかった。体が恐ろしく柔らかい蜜璃さんは柔軟な身のこなしで私の斬撃を避け、問答無用に打ち込んでくる。
蜜璃さんの体は特殊。捌倍娘と言って筋肉の密度が常人の八倍もあるらしい。だからその分人よりたくさんご飯を食べるし、食べなければお腹が空いてしまう。蜜璃さんの強さはその特殊な体から出るパワーと女体であるが故の筋肉の柔さ。これらをフルに活用することで甘露寺蜜璃は柱としての絶対的強さを誇っている。
私は同じ女体ではあるが蜜璃さんほど柔らかくはないし(むしろ硬い)、蜜璃さんのように特殊な体でもない。出せる力は限られている。私にも恵まれた才能があったら、蜜璃さん達のようにもっと鬼の頸を斬れていたのだろうか。有難いことに、鬼の頸を斬ることのできる力は持っている。でも鬼を倒すことのできる力を、私は全然持ちえていないのだ。成長途中と言ったら成長途中だけどこれ以上本当に自分が強くなれるのかは分からない。信じて鍛錬を積み重ねるしか私には道がない。きっと蜜璃さんにも乗り越えなければならない壁はあったはず。……私だけが悩んで、あしをとめているわけじゃないんだ。投げ出しちゃ駄目。駄目だよ、私。頑張れ!頑張れ!!頑張れ私ッ!!!
今日しのぶさんから来た手紙に炭治郎と伊之助が機能回復訓練を始めたと書かれていた。時間は無い。炭治郎達は凄いからあっという間に成長しちゃう。少しでも前に進め。
──手を、足を、もう少し先へ……!


「あぁあああ゙あ゙ッ!!」
「……!」


ぺし、と力の抜けた音。
それは私の振るう木刀が蜜璃さんの胸元を掠る音だった。


「あッ、当たっ、当たりましたッ!?」
「…えぇ!凄いわ納豆ちゃんッ、初日はあんなに空振りしていたのに……!」


蜜璃さんから直々に当たり判定を貰った私はかくり、と足から力が抜けていき、床にだらしなく倒れ込んだ。
──……鍛錬を開始してから約一週間、私はようやく蜜璃さんに一撃を与えることが出来た。
この出来事がきっかけとなり、続々と私は目標を達成していく。まず柔軟は蜜璃さんからも「もう完璧ね!」と、お墨付きを貰うくらいには体が柔らかくなった。彼女の力技で何とかされただけのことはある。もう背を仰け反らせて足の間から頭を覗かせることも出来るようになりましたよ(伊之助がやってたやつ)。屋敷を200周の目標3時間は、2時間54分とギリギリの判定だが何とか達成。素振りや筋トレはもうお茶の子さいさい!蜜璃さんのお陰で私の癖になっていた太刀筋が少しずつ矯正されていき、無駄な動きが減ったことで蜜璃さんとの打ち合いもまともなものになりつつある。バシッと決められることはまだ無いけど、あの日のように掠る回数は少しずつ増えてきた。鍛錬を始めてから一週間と四日経った今では一回の打ち合いの中で五回は掠れるようになった。この成長は自分の中でも中々大きい。稀に自分でも今調子が良いと思う時には、かなり良い動きが出来る。その日はいつよりも三割増で蜜璃さんにも動きを褒められる。
そしてこの鍛錬の肝である全集中 常中。しのぶさんからの手紙のアドバイスで瓢箪を吹いて割るといいと言われたので、蜜璃さんと共に瓢箪を吹くことに。最初は一番小さな瓢箪を割ることも出来ず、盛大に凹んでいた。ちなみに蜜璃さんは小さい瓢箪を使った時は瓢箪に口をつけた瞬間に破裂させていました。…凄い。だが蜜璃さんに応援され、自分で自分を鼓舞し続け早二週間。
その日のメニューを終えたあとヘトヘトになりながらも私は瓢箪を吹いた。するとどうだろう。あんなにビクともしなかった瓢箪が、バンッと、いとも簡単に破裂したのだ。ポカン…としていたら、蜜璃さんが「キャーッ♡」と頬をピンク色に染めながら私以上に喜び騒ぎ出したことで我に返る。蜜璃さんに勧められるがままに次々と瓢箪のサイズを大きくして吹いていくと、その日のうちに一番大きな瓢箪を破裂させることが出来てしまった。


「やったね納豆ちゃん!これで全集中 常中修得よ!」
「はい……っ、はいぃ…っ!あり、がとう、ございますッ!!」


ようやく鍛錬が上手くいったのだと理解した。常中をやろうとする度に耳が痛くなってあんなに気持ち悪くなっていたのに。こういうのを嬉し泣き、と言うのだろうか。悲しいわけじゃないのに自然と溢れ出る涙が自分のボロボロの手に落ちていく。私につられて蜜璃さんも泣き出してしまい、「本当に〜〜っ頑張ったねえ゙ぇ゙ぇッ!」と泣き叫んで抱き着いてくる。私以上に泣いている蜜璃さんを見ていたら涙も引っ込んでしまう。よしよし…と蜜璃さんをあやしていると、まるでタイミングを見計らったかのようにして炎柱の煉獄杏寿郎様が「やあ!」と片手を上げた状態で泣きじゃくっていた私達の前に現れた。すると蜜璃さんは一瞬で泣きやみ「煉獄さん!」と嬉しそうに立ち上がる。蜜璃さんは炎柱様の元継子。柱になると任務が忙しくて休息もままならないと聞いた。だからこうして会えるのが嬉しいのだろう。


「調子はどうだ?」
「つい先程、納豆ちゃんが常中を修得した所です!」
「それはいい事だ!常中は柱への道の第一歩。柱へと少し近づいたな、神崎少女よ!」
「ありがとうございます炎柱様!」
「うむ!しかしその炎柱様という呼び名は堅苦しいな。気軽に煉獄とでも呼んで欲しい」
「では、せっかくなので煉獄さん、と呼ばせていただきます」


改めて頭を下げると煉獄さんは満足気に大きく頷いた。


「甘露寺から神崎少女の鍛錬が始まっていると聞いてな!待ちきれず予定より早く来てしまったがもう既に常中を修得したとのこと。確かに甘露寺の言っていた通り中々骨のある隊士のようだ」
「そうなんです、まだ二週間なのに!やっぱり継子に欲しいわ〜♡」
「甘露寺は神崎少女を継子として迎え入れる気なのか?」
「そうですねぇ…納豆ちゃんさえ良ければ迎え入れたいと思っていますよ!継子にするのなら、納豆ちゃんしかいないかなって……」
「蜜璃さん……そんな風に考えて下さっていたんですね……!」


感動のあまり両手で口を覆う。蜜璃さんは蜜璃さんでとても照れているらしく、モジモジとしている。そんな私達の様子を見ていた煉獄さんは「いい雰囲気のところ悪いが…」と口を開く。


「神崎少女、試しに炎の呼吸をやってみないか?」
「え…私がですか!?」
「あぁ!厳しい鍛錬の内のほんの戯れだと考えてもらって構わない」
「しかし、柱の方の時間を奪うのは……」
「後輩の育成も先輩の務めではないかと俺は思うが?」
「試しにやってみるだけやってみたらいいんじゃないかしら!ついでに私の恋の呼吸も試してみない!?」
「み、蜜璃さんまで……。分かりました…。ではご指導よろしくお願いします!」


こうして二人の柱に流される形で私の二つの呼吸チャレンジは始まったのだ。

TOP