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全集中 常中を使って蝶屋敷まで全速力で走る。その速さは以前と比べ物にならない位に速くなった。前はこんなに長く全集中の呼吸を続けることも出来なかったのに、今ではごく当たり前のようにし続けられている。これが鍛錬の成果。私の頑張り。煉獄さんが言ってくれたように私は誇っても良いのだろうか。ここまで来たことを。自分に「頑張ったね」と言い聞かせても、許されるのか。でも煉獄さんや蜜璃さんが「良い」と言ってくれたんだ。むしろ認めてくれる人が近くに居るのに逃げ続けようとしている今の方がカッコ悪いのかもね。
自分を認めて初めて強くなれるものだと、師範がよく言っていた。当時の私はまだ全集中の呼吸さえ出来ていなかったから話半分で聞き流していたけど、師範の言っていたことはこういうことだったのかもしれない。だとすれば、師範は私がいずれこんな風に悩むことを既に察していた…?嗚呼、分からないや。難しいことが多すぎて思考が追いつかない。もっと簡単な世の中だったら良かったのに。いつから私はこんなに悩むようになってしまったんだろう。昔はもう少し、自分に余裕があったはずなのに。



蝶屋敷に着いた。もう日は完全に暮れており、辺りは真っ暗。こんな時間になってしまってしのぶさんやアオイさんには申し訳ない。蝶屋敷の門を潜って屋敷の中に入らせてもらう。


「…あら、納豆さんじゃないですか。ここに来たということは鍛錬は終わったんですね。お疲れ様です。さあさあ、外は冷えるでしょうからこちらに来てください」
「しのぶさん……!こんばんは。こんな時間にお邪魔してしまってすみません…」
「いえ、良いんですよ。それにしても、甘露寺さんの所でとても頑張っていたそうじゃないですか。お話は聞いていますよ。よく頑張りましたね」
「ありがとうございます!」


屋敷の中にはこんな時間にも関わらず、しのぶさんは屋敷の庭に出て、藤の花をジッ…と見つめていた。私が来たことが気配で分かったのか、こちらを振り返ったしのぶさんは女の私もタジタジになってしまうような綺麗な笑みを浮かべながら私の方へゆっくり歩いて来る。しのぶさんの言葉に心が温まるのを感じつつ、どうしてこんな時間に外に出ていたのかをしのぶさんに尋ねた。


「……あぁ、先程まで炭治郎君がここで鍛錬していたんですよ。それで少しお話を。もう炭治郎君は部屋に戻ってしまいましたが、私はもう少し夜風に当たっていたくて残っていたんです」
「そうだったんですね。でもやっぱりこの時間だと寒いのでしのぶさんもお体に気をつけてください。……って、余計な心配だったらすみません」
「そんなことありませんよ。心配して下さってとても嬉しいです。……納豆さんは、どこか炭治郎君と似ていますね。二人とも心優しく、そして暖かい…」


含みのある言葉を吐いたしのぶさんは、私がその言葉について何か追求しようとする間を与えないとでも言うようにニコリ、と微笑むと「それでは納豆さんの部屋に案内しますね」と言って、歩き出してしまった。
──私と炭治郎のことを話していたとき、憂いを帯びたしのぶさんの瞳が、一瞬、冷たくなったような気がした。









「ここが納豆さんの部屋です。炭治郎君達とは別の部屋になっていますが、大丈夫でしたか?」
「全然大丈夫です。ありがとうございます!」
「今夜はゆっくり休んでくださいね。それでは、おやすみなさい」
「はい。しのぶさん、おやすみなさい」


しのぶさんが去っていくのを見届けてから私は用意された自分の部屋に入った。中は一人部屋で、大きなベッドが部屋の真ん中にドンッと位置しており、その両脇にはたくさんの書物が置かれている。暇な時に読んで時間を潰したり出来そうだ。ベッドの上にはまるでこれに着替えろと言わんばかりに置かれた寝巻きが。ならば遠慮なく…と、隊服から寝巻きに着替え、ベッドの脇に置かれていた籠の中に畳んだ隊服を入れた。刀はもしも何か会った時にすぐに手に取れるようにと枕元の近くに置く。そしてモゾモゾとベッドの中に入った。
──色々なことが短い間の中で起こりすぎた。
那田蜘蛛山の一件で怪我をおって蝶屋敷へ運ばれてようやく休めると思ったら、村田さんと隠の人に連れていかれて柱とお館様の居る柱合会議に参加することになるし。怪我も案外早く治ってしまったからあまり休めずに蜜璃さんの屋敷で鍛錬が始まるし。…全然、敵わないし。結果として常中を修得することが出来たけど、全体を通して思い返してみると柱との実力差を痛感させられる。煉獄さんや蜜璃さんはあぁ言ってくれたけど、今の自分を誇るなんて駄目なんじゃないかな。確かに、自分を認めてあげるのは大事なことなのかもしれない。自分より凄い人達が言うくらいなのだから多分それは本当に大事だと思う。でもやっぱり…今の私には、無理だ。だって弱すぎるんだもん。
柱の人達は凄いよなあ。あんなに強くて、格好良くて。私も鍛錬し続ければいつかはあんな風に強くなれるのかな…。
それだけが不安で、不安で、どうしようもなかった。


「……眠れない」


…頭を冷やしに行こう。ちょっと頭を冷やしたら、きっと眠くなるはず。
自分の体温で温まっていたベッドの中から出るのは少し寒かったけど、そんなことよりも今はこの悶々とした頭の中をどうにかさせたくて堪らなかった。

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