18

目が覚めると障子の隙間から朝日が差し込み、ポカポカとした陽気を感じて今まで寝ていたというのにまた眠気が襲ってきた。このまま二度寝をするのは良くないと重たい腰を起こして私は隊服に着替える。私の怪我は完治しているのでまたいつ任務が来るかわからないから、もしも鎹鴉が来たらすぐに飛んで行けるように準備をしておく。任務自体が無かったとしても隊服なら鍛錬もしやすいので着ておいても損は無いだろう。
髪を整えたり、顔を洗ったりなどと身支度を済ませ、私は部屋を出る。まずはしのぶさんやアオイさんに挨拶しに行かなければ。しのぶさんは昨日の夜会ったから朝の挨拶だけで良いと思うけど、アオイさんとはあの日以来まだ顔を合わせていないので「お久しぶりです」と声を掛けておかなければいけない。夜中に勝手にお邪魔してしまって本当に申し訳ないです。
蝶屋敷の中を少し彷徨いていると、庭で洗濯物を干しているアオイさんを見つけた。アオイさんの背後に迫り「あの!」と声を掛けるといきなりのことだったせいかアオイさんは「ひゃあっ!」と驚きのあまり大きく肩を揺らして悲鳴を上げた。


「驚かせてしまってすみません…!」
「い、いえ…。こちらこそ不躾なことを。……お久しぶりです。納豆さんと言いましたよね」
「はい。神崎納豆です。こちらこそお久しぶりです」
「神崎……?」
「はい、神崎ですけどどうかしましたか?」
「いえ。私の苗字も神崎というので少し驚いただけです」
「そうなんです!?それは奇遇ですね!」


なんとアオイさんは神崎アオイというお名前だったらしく、同じ苗字だという共通点を見つけた私は「いや大袈裟すぎ」と言われても可笑しくないくらいに喜んだ。アオイさんもなんだか少し引いた目で私を見ている。気を取り直し、一回咳払いをしてアオイさんを見るとアオイさんは今の僅かな時間の間に洗濯物を干し終えたようで空になった籠をその手に持っていた。


「それで私に何かご用ですか?」
「そうでした!これからしばらくの間またここでお世話になるのでよろしくお願いしますと伝えに来たんです」
「あぁ、そうだったんですね。分かりました。こちらこそよろしくお願いします」
「あとこれからしのぶさんにも会いたいのですが今どこにいらっしゃるか分かりますかね……?」
「それなら私が案内します。こちらです」
「ありがとうございます!!」


アオイさんが歩く後ろに引っ付いて私も歩き出す。やっぱり何度見てもアオイさんってテキパキしててカッコイイなあ。できる女の人!って感じがして。というか、アオイさんが着てるのって隊服だよね。じゃあアオイさんも隊員なのかな?でも刀とかは持ってないみたいだし……。色々と事情があるのかな。
気になりはしたが、他人が踏み込んでは行けないこともあるよねと割り切り、私は口から出かけていた言葉を飲み込んだ。
少し歩くと、とある部屋の前でアオイさんがピタリと足を止め私の方を振り返ると「こちらにいらっしゃいます」と言って頭を下げると私が呼び止める間もなく立ち去ってしまった。いつ見てもアオイさんって大変そうだ…。今度何かお手伝いしようっと!
私は案内された部屋の扉をノックして、中から「どうぞ」としのぶさんの優しい声が聞いてから扉を開けて中へと足を踏み入れた。


「あら、納豆さん。おはようございます」
「おはようございます、しのぶさん」
「昨日は良い夢を見られましたか?」
「夢は覚えていませんが、昨日は夜に善逸と会いました!」
「夜に…善逸君とって……。彼に何もされませんでしたか…?」
「ええ、大丈夫ですよ!?確かに善逸は女の子大好きですけどそこらへんは本人もちゃんと節度を守っているみたいですし!」
「ふふっ、嘘です。ちょっとした冗談ですよ」


冗談とは思いにくいが、あまりにもしのぶさんが楽しそうに笑うので、私も引き攣った笑みを浮かべた。朝から叫ぶのはちょっと辛いなあ…。


「そういえば、これから炭治郎君は機能回復訓練を始めますよ。見に行ってはどうですか?何だったら参加しても良いですからね」
「ありがとうございます。でもその前に、善逸と伊之助に会ってきます」
「納豆さんがあの二人を説得するおつもりですか?だったら放っておいても……」
「あ、違います違います。二人を説得するつもりはありません」
「ではなぜあの二人に会いに?」
「…………ちゃんと話す、って約束したので。二人に話さないといけないことがあるんです」
「…そうですか。なら、私が止めることはできませんね」
「うっ……すみません」


頭を下げるとしのぶさんはなぜか私の頭を優しく撫でる。つい頭を上げてしまうと、しのぶさんは確かにいつものように綺麗に微笑んではいたけれど、何も喋らなかった。しのぶさんは無言だけど何かを伝えられているような変な感覚に陥る。その何かがどうしても分からなくて「あの、」と口を開くとしのぶさんは私の頭から手を退けて「そういえば!」と話題をすり替えるかのように声を上げた。
私には話しては頂けないんだ、とズキッと胸が痛む。


「な、なんでしょうか」
「納豆さんは藤の呼吸をお使いになっていましたよね?」
「はい。そうです」
「実は私は鬼殺の時に藤の花の毒を使って鬼を殺すのですが、それには勿論毒自体を調合する必要があります。ですが鎹鴉の伝達情報によると納豆さんの藤の呼吸の型の中には私と同じように藤の花の毒で鬼の頸を斬らずとも殺せる型があるそうですね」
「はい。肆ノ型の香夢藤という技です」
「それは納豆さんがご自分で調合した毒を使っている訳では無いんですよね?」
「そ、そうです。何か勝手に毒が出て倒せます」
「ふーむ、なるほど……」


顎に手を当てて何やら考え事をし始めるしのぶさん。
しばらく考え込んでからしのぶさんが私に言った言葉はこんなものだった。



「……今度、私の前でその型を使ってみてくれませんか?」



もしかしたら私は、しのぶさんの探究心を刺激してしまったのかもしれない。

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