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しのぶさんのお願いに私は戸惑いながらも大丈夫ですと頷くと、しのぶさんは「ありがとうございます」と微笑み、そのお礼にと美味しそうな饅頭をくれた。これは後で食べよう。羽織の中に饅頭をしまう。もうこれと言った用は無いのでしのぶさんに「失礼します」と頭を下げて私は部屋を後にした。
次は善逸と伊之助の居る部屋に行きたい。去り際にしのぶさんが善逸達の居る部屋を口頭で教えてくれたので案外すんなりと彼らの部屋の前まで辿り着くことが出来た。後はこの戸を開けて中に入るだけ。入るだけ…なんだけど……。

「勇気が出ない……!」

ギリギリの所で尻込みしてしまうのも私の悪いところ。ここまで来たら後は進むしかないというのにどうも悪あがきしてしまう。この世界に生まれ変わってからはそういう部分を直そうとしてきたけど、やっぱり人の本質は中々変えられないもので、もう数えきれない位に私はやらかしている。年端もいかぬ子供のする事だからと大人達は許してくれたけど、中身はそこまで子供じゃないんですよ。前世の年齢の分を合わせたら余裕で二十歳を超えてしまう。今現在で考えたら精神年齢三十歳超えてるよ…?
自分の心の中でどうでもいい言い訳をしていると、部屋の中から「納豆ちゃんの音がする!!」という善逸の叫び声に近い声が聞こえてきた。そういえばそうだった。善逸は耳が良いから近くにいたらバレてしまうんだ。
やらかした、と思った時にはもう遅く、目の前の扉が勢いよくスパンッと開かれ善逸の黄色い髪が見えたかと思えば鳩尾みぞおち辺りに衝撃が走った。


「ゔぐ…っ」
「おがえりぃ゙い゙ッ!!!会いたかったよォおお!!」
「……ア、ウン、タダイマ」


昨夜の面影など全く残っていない善逸が私の腹目掛けて勢いよく突進してきたのだ。一瞬三途の川が見えたような気もしたが気にしたら負けだという気持ちでなんとか乗り越えた。お腹周りに引っ付く善逸をベリッと引き剥がし、「伊之助は?」と聞くと善逸はとても不満そうな表情で部屋の中を指差し「あそこにいる」と言ってそっちの方に視線を向ける。釣られるように私も善逸と同じ方に視線を向けると、そこには部屋の隅っこで何やらしょげている伊之助が。そういえば昨日の善逸も言っていたけど二人は機能回復訓練から逃亡してきたんだっけ……。すっごく強い子がいるとか。きっと伊之助のことだからボロ負けしたのが悔しくて堪らないんだろうな。
善逸から離れ、部屋の中に入りしょげている伊之助の元へ向かう。


「伊之助久しぶりー」
「久シブリ。ゴメンネ弱クッテ」
「あー…伊之助、しょげている所悪いんだけどさ、ちょっと二人に話したいことがあるからこっちに来てくれないかな?」
「ウン。分カッタヨ」
「…………これは重症だ」


伊之助の手を取って引くと、すんなりと伊之助は立ち上がる。私が右の方に行けば素直に右に着いてくるし、左に行けば左に着いてくる。まず自分の前を誰かが歩いていることさえも気に食わない伊之助が手を引かれるという行為を容認してすることに私は驚きを隠せない。私が蜜璃さんの屋敷に行ったあの日からもう何週間も経っているのに、まだこの状態から立ち直っていなかったのか。嘴平伊之助という男はこんなにも精神が弱かったっけ。……よっぽど打ちのめさせたんだろうな。
こうやって見ると改めて認識させられる。目の前に大きな壁があるのは私だけじゃない。私が敵わないなと思う彼らでさえこうして打ちのめされることもある。苦しいのは皆一緒だ。いかにそれを乗り越えるかが大事なんだよね。私もようやく分かったよ。
チラリ、と善逸に視線をやると少し不安そうな表情をした善逸が私を見ていた。…もしかして、昨日のことを覚えているのかな。善逸は私がちゃんと話せるか心配してくれているのかもしれない。優しいなぁ、私の仲間は。
私は善逸に向かってこっちに来て、と手招きをした。


‐‐‐‐‐‐


「私、ずっと皆が羨ましかった──」


──女である自分への劣等感
それが今まで私の中で渦巻いてものの正体。最初は男に生まれて筋力も体格も女の私よりも恵まれた皆が単純に羨ましいなと思っていた。でもその気持ちが次第に大きく膨らんでいって、気づいたらそれはとてつもなく大きい劣等感に変わっていた。
思えば、蜜璃さんにも嫉妬していたのかもしれない。同じ女であるのにも関わらず特殊な体質をしている蜜璃さんは憧れでもあったし、私の劣等感を膨らませる要因でもあった。でもそれは全て仕方ないんだ。自分がどんな人間に生まれるかなんて決められる訳じゃないし、皆が望んで今の自分に生まれた訳でもない。私と同じで今の自分の肉体を忌々しく思う人もいるだろう。
けれどそれらは全て私が一人で戦おうとしていたから生まれてしまった感情。
鬼殺隊はこの世から鬼を滅することを目標に掲げている。言わば、鬼殺隊に所属している全員が『仲間』だ。あんなに強い人達が味方であることがこんなにも心強い。私は危うく一人になるところだった。
私が強くなろうとすることは間違いじゃないし、強くなればなるほど鬼殺隊に貢献できるのも事実。……でもそれは、仲間を捨ててまで得る力ではないんだ。
昨夜の善逸が言ってくれたように、私には頼れる仲間がいる。そしてその仲間は、私と一緒に強くなろうとしてくれる。
確かに私は肉体的には恵まれなかったかもしれない。だけどその分、周りの環境に恵まれた。私を大切にしてくれる両親がいて、ここまで私を鍛えてくれた師範がいて、私を支えようとしてくれる友達がいる。…これ以上の幸せを私は知らない。


今まで抱えてきた気持ちを私は彼らに全て吐き出した。だが話し終わったのにも関わらず一言も発してこない二人に違和感を覚え、俯く二人の顔を覗き込むと、なんと二人はボロボロと涙をこぼしていた。
善逸が泣く姿は今まで飽きるほど見てきたから特に言うことはないが、私が驚いたのはあの伊之助が泣いたことに対して。いつもしている猪の被り物は外していた伊之助は、唇を噛み締めて両目から大粒の涙を流している。今の伊之助は色々と情緒不安定なのかもしれない。だからこんなに泣いてしまうし、あんな風にしょげてしまうんだ。そんな時にこんな話をしてしまって申し訳ない…。
まるで赤子のように無く伊之助の背中を優しく擦りながら「泣かないでー…」とあやしていると、隣に座っていた善逸が目玉が飛び出る位の勢いで「え、何で!?!?」と叫びだした。その大声にキーン…と耳が痛くなり、思わず善逸を睨むと彼は「ご、ごめん…」と小さく謝ってしゅん…と縮こまってしまう。


「善逸いきなりどうしたの?」
「だ、だって…納豆ちゃん、泣いてる伊之助のことは慰めるのに俺の事はガン無視だったから……」
「え…だって善逸が泣くのはいつものことだから平気かなって……ご、ごめんね」
「キョエエエッ!!!」
「うわっ壊れた」


善逸が発狂しだしたその瞬間、今さっきまで泣いていた伊之助がブルブルと震えだし、「うるっせええええええ!!」と怒鳴って善逸の顔面に重い一撃を決めた。「あぶしッ!」と、その反動で吹っ飛ばされる善逸。伊之助はふんすっと大きく鼻から息を吐くと、いつもの猪の被り物を取り出してそれを頭に被った。いつもの猪頭の伊之助の完成だ。それにしても伊之助はいきなりどうしたというんだ。


「納豆子!!」
「(納豆子……?) は、はい!」
「良いかよく聞け!俺はお前を待ったりはしねぇからな!俺はいつだってお前の遥か前を行く!だからお前がそれに追いつけッ!良いな!?」
「わっ、分かりました……!」


そして再び、ふんすっ!と鼻から息を吐き出した伊之助は腕組みをしてプイッと私から視線を逸らした。さっきとは違って被り物をしているから伊之助が今どんな表情をしているのかは残念ながら分からない。
でも今の発言は伊之助なりの私への応援なんだろうなということは、何となく分かった。


「伊之助お前ぇ…!よくも殴ったな!?」
「お前がうるせえのが悪い!」
「だからっていきなり殴ること無いだろ!?」
「うるせえ弱味噌!!文句あるなら勝負しろ!」
「うっ……」


復活した善逸がベッドの上でふんぞりがえっている伊之助に抗議するも、伊之助の威嚇に怯んでしまい、そそくさと私の背中に隠れた。


「ごめんね二人とも、もう一つ大事な話があるんだ」


──この話はね、まだ炭治郎にしか話したことがないんだよ。




まるでヒソヒソ話をするかのようにして善逸と伊之助にもう一つの大事な話を二人に教えると、伊之助はちんぷんかんぷんという様子で、善逸はこれまた目玉が飛び出るくらい驚き、その際にまた善逸が甲高い叫び声を上げてしまい伊之助にもう一発顔面に決められていた。








──……あのね、私ね…前世の記憶があるんだよ。




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