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前世の話も包み隠さず二人に話した。伊之助はずっと頭に?を浮かべていたが、善逸は「え、つまり、え…?」と、とても混乱した様子で話を聞いていた。善逸が色々と聞きたそうにしていたが上手く答えられる自信も無かったので話をぶった斬るかのように「これからどうする?」と彼らに問いかける。すると二人はお互い顔を見合わせて何やら悩み始めると、考えが纏まったようで遠慮がちに私を見ると「一緒に来て貰っても良い…?」と言った。勿論、私の返事は肯定しかない。
コソコソと移動する二人に着いてやってきたのはまるで道場のような入り口の部屋。恐らくここが皆の鍛錬場なのだろう。中からバシバシッというよく分からない音もしている。
目の前に立つ二人はどっちが扉を開けるか争っているようで、お互いに肩をぶつけ合ったり押しあったりして何とかその役目を相手にさせようと必死だ。……凄く醜い争い。
私ははあ…、とため息をついて争っている二人を他所に少しだけ入り口の扉を開けた。きっと今の二人じゃすぐに参加しに行くのは精神的に無理だろうから、炭治郎がどんなことをしているのか様子を見に来たんだろう。いっそ諦めて素直に行けばいいものを。
私が扉を開けたことに気づいた二人は今度はどっちが先に中を見るかを争い始めた。そんな姿にため息しかつかない。私は二人が並んで覗けるような幅まで扉を開いてあげる。すると二人は餌に群がる蟻のように扉の方に飛びつき、食い入るように中を見る。
私もつま先立ちをして中の様子を見ると、中ではなにやら炭治郎が可愛らしい女の子と机を挟んで向かい合っていた。その机の上には沢山の湯呑みが置いてある。湯呑みの中には見るからにヤバそうな液体が。それをどうするんだろうと見ていると、その二人のすぐ近くにいた隊服姿のアオイさんが「始め!」と合図を出した。
──途端に始まる炭治郎と女の子の激しい攻防戦。片方が湯呑みを取ろうとすればもう片方がそれを阻み、今度は己が別の湯呑みを取ろうとする。そしてそれをまたもう片方が阻んでー……と、そのエンドレス。どちらかがその速さに着いて行けなくなったら湯呑みの中の液体をぶっかけられるという訳か。よく出来ている。言わばこれは、反射訓練というものだろう。こういう訓練は蜜璃さんとはやらなかったな。ちょっとやってみたい気もする。
しばらく二人の攻防戦が続いていたが、とある瞬間に炭治郎が女の子の阻みの速さを上回り、その壁を抜けた──。
「え!」という善逸と伊之助の驚いた声が重なる。
そして炭治郎はその湯呑みの中の液体を女の子に…………は掛けず、湯呑み自体を女の子の頭にコトンと乗せた。
「…………」という沈黙が一瞬走り、次の瞬間には炭治郎と二人の勝負を見守っていた三人の小さな女の子達が「やったー!!」と嬉しそうに飛び跳ねながら喜びの声を上げた。
きっと炭治郎の相手をしていた女の子が善逸達の言っていた『強い人』なんだろう。となると、たった今炭治郎はその強い人にようやく勝利を収めることが出来たということか。そんな貴重な瞬間に立ち会うことが出来て良かった。とても嬉しそうな炭治郎の様子を見ていたら自然と私も笑顔になっていた。
……と、炭治郎達に移っていた意識が目の前の二人に戻ってきたとき、二人から放たれる「ヤバい…」という負の雰囲気オーラに、私は再びため息をついた。
こんな時は仲間ですから私達でこの二人を助けてあげましょう。炭治郎。
丁度そのとき、私達の存在に気が付いた炭治郎と目が合った。






「こうして、こう〜……。それでこう!」
「な、なんかこんな感じで肺を膨らませるんだよ!バクバクーッて!そうすると血がドクンドクンってなるの!」
「「……???」」


……とかなんとか色々意気込んでいましたけどごめんなさい。私も炭治郎も超が付くほど説明下手でした。私達、完全に指導役に向いてないタイプだわ…。本当に申し訳ないです。
何言ってんの?と言いたげな表情をしている善逸と伊之助に心の中で謝罪している私の隣で炭治郎がめげずに全集中 常中のコツを教えようとしている。炭治郎ってマジでいい人。でもこのままだとどう足掻いても二人には伝わらないんだよ炭治郎さァん……!
このままでは八方塞がりになってしまう、と危機感を覚えた時、回りの空気が少しだけ揺れるのを感じた。反射的に炭治郎の方を見ると、いつの間にか炭治郎の後ろにはしのぶさんが微笑みながら立っていた。いきなり現れたしのぶさんに驚く私達。肩に手を置かれている炭治郎は心無しか顔が少し赤みを帯びているような気も…。あれ、もしかして炭治郎って年上好き……!?


「炭治郎君と納豆さんが会得したのは全集中・常中という技です。全集中の呼吸を四六時中やり続けることにより基礎体力が飛躍的に上がります」


最初からしのぶさんに教えを乞うていれば良かったのでは?と思うくらいに丁寧に且つ、分かりやすく教えてくれるしのぶさんに私と炭治郎は尊敬の眼差しを送る。しのぶさんは相手をやる気にさせるのも上手いようで、伊之助を挑発したり、女の子好きの善逸のツボを上手く突いたりしてあっという間に二人を本気にさせてしまう。その手際の良さには感服せざるおえない。
とりあえずこの二人のことはしのぶさんに任せようかなと思っていとき、ふいにこちらを見たしのぶさんが「せっかくなので炭治郎君と納豆さんで対決してみたらどうでしょう?」と面白い提案をしてきた。私と炭治郎はその魅力的な提案にお互い目を輝かせながら顔を見合わせるとニヒッと笑って「「やります!!」」と、二人同時に答えた。そんな面白いことしない方が損でしょ……!
うきうきと胸を高鳴らせる私達を見つめるしのぶさんの瞳は、とても優しかった。




「手加減はしないからね炭治郎!」
「あぁ、もちろん!俺も本気で行く!」


「それでは……始め!」


アオイさんの合図が耳に届いた瞬間、私は近くの湯呑みに手を伸ばす。湯呑みは掴んだが炭治郎の手が湯呑みを上から押さえ付け、防がれる。ならば今度はと炭治郎のもう片手の行方を追い、私も炭治郎の持った湯呑みを上から押さえ付けて攻撃を防ぐ。二十回ほどそれを繰り返した時、「うぐっ」と炭治郎が唸り声をあげたと思ったら炭治郎の呼吸が乱れた。集中が切れたのかな、と炭治郎のことを考えるのもそこそこに私は遠慮なくその隙を突かせて貰い、炭治郎の阻む手を掻い潜ると炭治郎に湯呑みの中の液体をバシャッ!とぶっかけた。


「そこまで!」


アオイさんの制止の合図が掛かり、私と炭治郎は手を止める。顔面に液体を掛けられた炭治郎は目をギュウッと閉じて状態で「負けたーー!!」と、悔しそうに宙を仰いだ。てかこの液体なんかめっちゃ臭い。やば、私これ炭治郎に掛けちゃったの?大丈夫かな。
「これなんですか?」と液体を指さしながらアオイさんに尋ねると「薬湯です」という淡々とした答えが返ってくる。
あーなるほど、訓練に負けると薬湯(臭い)をぶっかけられて嫌な気持ちになるプラス、怪我に効くっていうので一石二鳥的な?(錯乱)
三人組の女の子から手拭いを貰った炭治郎は「ありがとう!」とその子達にお礼を告げて顔にかけられた薬湯を拭う。


「納豆は凄いなあ…!カナヲと同じくらい速い!」
「カナヲ……?」
「さっき俺と手合わせをしてくれてた女の子のことだよ。最終選別にも居たぞ?」
「あれ…そうだっけ?なんか善逸とかの印象が強すぎてよく覚えてなかったや」
「同じ女の子同士だから仲良くなれるんじゃないか?」
「そうかも!後で話しかけてみる!」


そのカナヲちゃんという女の子はしのぶさんの継子らしい。はへー…あんなに可愛くて強いなんて凄いなあ。あれ、それをいうならしのぶさんも蜜璃さんもそうだわ。もしかして強い人って顔もよかったりするの?いや流石にないよね…。


「納豆、もう一回頼む!」
「うん、もちろん良いよ!!」


炭治郎に薬湯をぶっかけてはまた炭治郎から「もう一回!」と頼まれ、また薬湯をぶっかけて…と繰り返して私が十九連勝まで勝率を上げ、キリのいい二十戦目のときのこと。炭治郎の攻めを確実に抑えた…!と思ったとき、「ぐあああッ」と炭治郎が叫び、私の押さえ付けようとした手を抜けた。
……あ、負けた。
薬湯が掛けられるのを覚悟して目を閉じる。しかし、次の瞬間に私が感じたのは液体が掛けられる感覚ではなく、グ二っと頬に湯呑みを押し付けられる感覚だった。
目を開けると、なぜか炭治郎がこちら側に身を乗り出した状態で私の頬に湯呑みを押し付けていた。その表情はどこか固い。
そういえばカナヲちゃんに勝った時も、炭治郎は薬湯を掛けたりしないで湯呑みを彼女の頭に乗せていたっけ。えっと…つまり、私にも薬湯をかけないでくれた…?


「え、あ、炭治郎…?」
「ごっごめん!この薬湯凄く臭いから、掛けたら悪いと思って……!」
「…私は遠慮なく掛けたんだから、気を遣わなくても良かったのに」
「ただ、俺がこうしたかっただけだから!」
「…………ありがとう」


でも炭治郎、とりあえず未だに頬に押し付けてくるこの湯呑みを退かして欲しいかな。


ちなみにその後行われた鬼ごっこのような訓練では十戦中私が七勝で、炭治郎が三勝だった。

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