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炭治郎との接触があった翌日。那田蜘蛛山の一件で折れたという炭治郎と伊之助の刀を届けに二人の刀を担当した刀鍛冶さんのお二人が新しい刀を持って蝶屋敷に訪れると聞いた。二人の刀と聞いて興味が湧いたので私もその場に居させてもらう。善逸は今頃禰豆子ちゃんの箱の隣で愛でも囁いているんじゃないかな?(投げやり)
しばらく待っていると鎹鴉から刀鍛冶のお二人が来た、と伝令が来たので三人で舞い上がりながら屋敷の表まで出迎えに向かった。少し離れたところからこちらに歩いてくる二人の人影が見えた辺りで炭治郎が「鋼鐵塚さーん!」と、手を振りながら刀鍛冶さんの名前を叫んだ。あれ、鋼鐵塚さんって聞いたことある名前だな。…あれ?
すると、刀鍛冶さんの二人の内一人がもう一人の方に自分の荷物を預けると、手を振る炭治郎に向かって刃物を向けながら勢いよく突進してきた。それをギリギリの所で躱す炭治郎。たった今、自分が危うく殺されかけたからか炭治郎の体はガタガタ…と震えている。
私は突進してきた刀鍛冶さんのお面を見た瞬間、『鋼鐵塚さん』という名前に既視感を覚えていた理由がようやく分かった。色々と濃い出来事がありすぎて忘れてしまっていたが『鋼鐵塚さん』とは、私のこの刀を打ってくれた張本人だ。あーーそうだったそうだった。私と炭治郎の刀鍛冶さんって同じ人だったんだなー。


「お久しぶりです、鋼鐵塚さん。私の事覚えていますか?」
「あ゙ぁ゙ん?……おっと、お前はあの藤紫色の刀の娘だな?」
「そうです!貴方に刀を打ってもらいました!」
「藤紫色ってのは中々見ねぇ色だったからな!お前のことはよく覚えている。ちなみにお前は俺の打った刀を折ったりしてねえよなあ??」
「ヒッ……は、はい…!」
「よし、ならいい。問題は……お前だ!!」


一瞬私に移っていた意識が再び炭治郎に戻る。鋼鐵塚さんは炭治郎の頬にズンッと指を何度も突き刺し、地味に炭治郎を攻撃していく。炭治郎が「すみません!でも本当にあの…」と、口を開いて何とか鋼鐵塚さんに許してもらおうと必死になるが鋼鐵塚さんの怒りが冷める様子など全く無く、最終的には「殺してやるー!!」と宣言され一時間ほど追いかけ回される炭治郎だった。
ようやく落ち着いたと思ったが鋼鐵塚さんは完全に不貞腐れてしまっており、座敷に寝転がりだし、とても態度がわるい。相当お怒りなんだろう。……私も刀を折ったら同じことになるのかな。想像した途端にゾッと背筋に寒気が走った。
そして伊之助の刀を打ってくれた鉄穴森さんが伊之助に新しい刀を渡す。鉄穴森さんは二刀流の人の刀を作るのが初めてらしく、少しソワソワとした様子で刀を握る伊之助に具合を聞く。が、伊之助はそれに答えることなく庭に出ると少し大きめの石を手に持って屈んだ。そしてあろうことか、その石を大きく振りかぶるとたった今受け取ったばかりの新品の刀に向かって勢いよく振り下ろした。
ガチーン、ガチーンと無駄に良い音が鳴る。私達がその伊之助の奇行に絶句する中、満足した伊之助が刃こぼれした刀を見て「よし!」と頷く。いや、よし!って……。
チラッと鉄穴森さんの方を向いた瞬間、怒りが頂点に達した鉄穴森さんが伊之助に掴みかかろうと動き出した。それを炭治郎と私が二人で止めながら「すみません!すみません!」と伊之助の代わりに何度も謝ったが鉄穴森さんの機嫌は収まらず、結局怒らせた状態で二人は蝶屋敷を出ていった。
もちろん伊之助にはたっぷりとお灸を据えて置きましたとも……。長かったような短かったような、でも確かに濃い一日を過ごした。

──そしてついに明日は、私達が次の任務に行くため蝶屋敷を出る日だ。




炭治郎達はしのぶさんからの最期の検診があるみたいだったので、私は先に用意を済ませておいた。
お世話になった人達に別れの挨拶をしなければと屋敷を回っていたらなほちゃん達に「寂しいです〜!!」と泣きつかれてしまい、思わず私まで泣きそうになったが「また来るからね」と言ってなんとか泣き止んで貰った。そして次はアオイさんの所に向かう。アオイさんは私が蝶屋敷に来た日のように洗濯物を干していた。


「アオイさーん!」
「納豆さん、どうかされましたか?」
「私達、これから任務に行くことになったので蝶屋敷を出ることになりました。なので今までお世話になったのでそのお礼をと!」
「そうでしたか……」
「はい。今までありがとうございました!私、また遊びに来ますね!」
「ここは遊び場では無いのですけれど……でもそうですね。納豆さんが居ないというのは少し寂しい所もあります。なほ達も喜ぶのでまた来てください。私もお待ちしています!」
「今度また皆で食べられるように甘味も買ってきますね!それではまたー!」


アオイさんにブンブンと手を振って、私はカナヲちゃんの元に向かった。
アオイさんがそんな私の後ろ姿を見つめながら少し不安そうな表情で「お気をつけて…」と、呟いていたことには気づかなかった。











「カナヲちゃーん!」
「……」


カナヲちゃんは縁側に座って蝶と戯れていた。私が駆け寄ると蝶達はカナヲちゃんから離れていき、それで私の存在に気がついたカナヲちゃんが「?」という表情で私を見つめる。私はカナヲちゃんの右隣に腰を下ろすと「これから任務で私達行かなきゃいけないんだー」と、先程アオイさんにした話と同じことをカナヲちゃんにも話す。またきっと私が一方的に話すだけになってしまうんだろうけど、カナヲちゃんの隣に居るのは居心地が良かったからつい私は長話をしてしまう。


「それでさー……って、どうしたのカナヲちゃん?」


伊之助や善逸の面白い話をしていたらカナヲちゃんがいきなり懐から銅貨をとりだした。この銅貨はカナヲちゃんが何かを決める時に投げる物。今カナヲちゃんは何を決めようとしているんだろう。カナヲちゃんが銅貨を投げようとしたそのとき、先程私が来た方から炭治郎がひょっこりと現れ「あっいたいた、カナヲ!」と言って駆け寄ってきた。あのー炭治郎さん、私もいます。近くに寄ってきた炭治郎は私を見ると「あ、納豆も居たのか!」と驚いていた。おいおい、待って待って。カナヲちゃんの可愛さのせいで私が霞んでたとでも言いたげだな。なんか一昨日の夜は私達凄いいい感じの雰囲気だったじゃねえか。もう忘れたのかよ。
炭治郎に少しイラッとしたが「うんちょっとねー」とヘラヘラと笑って誤魔化した。
そこから炭治郎が色々とカナヲちゃんに話しかけるも、カナヲちゃんは返事をしない。だがめげない炭治郎はずっとカナヲちゃんに話しかけている。炭治郎ってば鋼メンタルだなあ。ん?あれ?それでいくと私もそうだったわ。
するとカナヲちゃんはさっき取り出した銅貨を投げた。手の甲で受け止められた銅貨の面は『裏』。カナヲちゃんはそれを確認すると炭治郎を見上げて「師範の指示に従っただけなので。お礼を言われる筋合いは無いから。さようなら」と、ニッコリ微笑んでそう答えた。私は何だかんだ初めて聞いたカナヲちゃんの声に死ぬほど驚いてしまう。
え゙っっっ、カナヲちゃん……私には……喋って……くれないのに…。
炭治郎には話すのね…と地味にショックを受けている私の傍らで二人の会話は進んでいく。どうやら炭治郎も初めてカナヲちゃんに答えて貰ったらしく、とても嬉しそうに次々と質問を投げかける。だがそれに対してのカナヲちゃんの答えは「さよなら」。普通の人ならめげてしまうところだが、鋼メンタルの炭治郎はカナヲちゃんの左隣に座る。ここまで来ると最早褒めたくなる。
カナヲちゃんもそんな炭治郎に折れたのかその銅貨について話し始めた。
もうさすがにこれ以上話すことは無いだろうと思った時、炭治郎がカナヲちゃんの顔をじっと見つめながら「なんで自分で決めないの?」と誰もが気を使って聞いてこなかったことをド直球にカナヲちゃんに問いかけた。
まっっっじですか炭治郎さァん!?!?


「カナヲはどうしたかった?」
「どうでもいいの。全部どうでもいいから、自分で決められないの」


会話に参加していない私が何故か一番ハラハラとしながら二人を見守る。


「この世にどうでもいいことなんて無いと思うよ。きっと、カナヲは心の声が小さいんだろうな。うーん……指示に従うのもたいせつなことだけど」


うーん、と悩んでいた炭治郎が何か思いついたかのようにカナヲちゃんの持つ銅貨を指さすと「それ貸してくれる?」と言い出した。カナヲちゃんは動揺しながらも銅貨を炭治郎に貸してあげると、炭治郎はお礼を言って私たちから少し離れた開けた場所に出る。


「よし!投げて決めよう!」
「何を?」

「カナヲがこれから自分の声をよく聞くこと!」


ピィンッと炭治郎が銅貨を指で弾いた。銅貨は高く飛びすぎてしまう。炭治郎はそれに慌てつつも、表が出たらカナヲは心のままに生きる、と言った。隣に座るカナヲちゃんの表情が段々強ばっていく。その様子を見て私も少しずつ心配になってきてしまう。この銅貨で決められてしまうんだ。……カナヲちゃんのこれからが。
炭治郎が銅貨をキャッチすると、こちらに駆け寄ってくる。そして炭治郎の手の甲に乗せられた銅貨の面が開示された。
────『表』
それが、炭治郎の手の甲に乗った銅貨の面の文字だった。


「表だーー!!」


まるで自分の事のように喜ぶ炭治郎。それとは逆にとても不安そうな表情のカナヲちゃん。私はそんなカナヲちゃんがとても心配でしょうがなかった。

「カナヲ、頑張れ!人は心が原動力だから。心はどこまでも強くなれる!」

銅貨を返すのかー…と思われた炭治郎の行動は銅貨を返すものではなく、カナヲちゃんの手を握るものだった。思わずギョッと目を見開く。
まっっっじですか炭治郎さァん!?!?(二度目)
天然人たらしも度が過ぎるとこうなるのか。カナヲちゃんも心なしかいつもより目が大きく見開かれているような気がする。まあそりゃあ驚くよねいきなり手なんか掴まれちゃったらさあ!?な、なんだろう……。よくわかんないけど、一昨日の夜炭治郎に対してあんなにトキメいちゃった自分が馬鹿みたいに思えてきたんですけど!?!?
「じゃ、またいつか!」と言って去っていこうとする炭治郎。あれ、私は?(二度目)
カナヲちゃんはハッとなると、立ち上がって炭治郎に向かって「なんで表をだせたの?」と問いかけた。
──……それは初めて、カナヲちゃんが自ら言葉を発した瞬間。
炭治郎は一瞬固まったあとすぐにいつものような優しい笑顔を浮かべた。


「偶然だよ。それに裏が出ても表が出るまで何度でも投げ続けようと思ってたから」


そう言って今度こそ炭治郎は手を振って走り去ってしまった。残された私とカナヲちゃんは呆然と炭治郎の消えていった方を見つめてぼーっとしてしまう。あれが嵐のような人ってことなのかな…。
カナヲちゃんは炭治郎から渡された銅貨を見つめると、それを手でキュッと優しく包み込む。まるでその姿は恋する乙女のよう。
…………え゙っ。も、もしかしてカナヲちゃん……今ので炭治郎のことを……?
嫌な予感が頭の中を駆け抜ける。スっと、カナヲちゃんが再び縁側に腰掛ける。その視線は依然として銅貨に注がれたまま。
あ、はい、これ完全に炭治郎に惚れましたわカナヲちゃん。
そう勘づいた瞬間、逆にスンッ…と思考回路が冷静になった。
あーはいはい。なるほどね。炭治郎はああやって女の子を落としていくわけね。ふーん。善逸がよく炭治郎に「たらし」って言ってた理由がよーく分かりました。へえ〜〜〜……。
……一昨日の夜あの日の事は全部私の気の迷いでしたッ!!一瞬でも炭治郎のことを好きになったのかと思った自分が馬鹿みたいに!!!
ブチブチィッと堪忍袋の緒が派手に切れた音がした。


「じゃあ、カナヲちゃん私もそろそろ行くね」
「ぁ……」


さすがに長居しすぎたと思い、立ち上がった時、カナヲちゃんの口から小さく言葉が漏れた。私の耳はその小さな音を聞き逃さなかったようで、私は足をピタリと止めた。
そして座っているカナヲちゃんと視線を合わせるためにしゃがみこんでカナヲちゃんと目を合わせる。素早い私の行動にカナヲちゃんはほんの少し肩をビクッと揺らして驚く。
私は「どうしたの、カナヲちゃん?」とできるだけ優しくカナヲちゃんに問いかけた。急かしちゃいけないんだ。カナヲちゃんが、自分から言いたいと思った時に聞いてあげるのが一番いいと思う。きっかけは炭治郎だったかもしれないけど、それなら私はカナヲちゃんと一番よく話す友達になりたい。
カナヲちゃんは視線を宙に彷徨わせると、手に持つ銅貨に視線を置いた状態でゆっくりと話し出す。


「あ、あの……」
「うん」
「名前、あなたの、よ、呼んでも…いい?」
「もちろんだよ!私もカナヲちゃんって呼んでるんだから!」
「ありが、とう……」
「じゃあ私、カナヲって呼び捨てにしてもいいかな?」
「う、うん」


カナヲは一度も銅貨を使わずに頑張って自分の言葉と意思で私と会話をしてくれた。炭治郎のことでムカムカとしていたが、カナヲと話せたことで少しずつ冷静になってきた。カナヲセラピースゴすぎる…。


「…気をつけて、納豆」
「うん!またここに遊びに来るね!」


カナヲに手を振ると、控えめに手を振り返してくれた。あっ、やっばい。撃ち抜かれた。私一生カナヲ担で生きてくわ。何だよあの天使。
荒ぶる心の中の言葉が思わず出そうになったが、そこは私の我慢強さでなんとかした。



その後、私が彼らと合流した時には私以外の人は皆揃っており、伊之助から「おっせえ!!」と怒鳴られてしまったとさ。

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