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炭治郎が列車と融合していた鬼の頸(骨)を完全に断ち切った瞬間、「ギャアアアア!!」と鬼の凄まじい断末魔が聞こえ耳を抑える。そして、列車がまるで鬼がのたうち回るかのようにガタンッと大きく揺れだし、仕舞いにはバウンッと大きく跳ねた。恐らく鬼の肉が列車を包み込んでいるからか、その弾力で跳ねているみたい。……いやでもこれ鬼の肉が無かったら私達一発で終わってるか。
列車が横転する、と悟り近くの物にしがみつく。伊之助が炭治郎に向かって何かを言っているが列車の跳ねる音で良く聞き取れない。また、炭治郎も私達に何かを叫んでいるがそれも聞こえない。
――酷く、嫌な予感がした。
そんな不安な気持ちが現れてしまっていたのか、列車が横転する直前、私と目が合った炭治郎は「大丈夫だよ」と言わんばかりに、優しく微笑んだ。
「炭治郎、大丈夫…!?」
列車が完全に横転し、私は衝撃で外に投げ出された炭治郎の元に走る。後ろから伊之助も追いかけてくる音が聞こえた。うつ伏せの炭治郎をゆっくりと仰向けにすると、炭治郎のお腹周りに回していた手にヌルッとした嫌な感触を覚える。手のひらを見ると、そこには真っ赤な血がベッタリと付着していた。
ギョッとして炭治郎の腹部を確認するとそこからは血がとめどなく溢れだしており、心なしか炭治郎の顔も青白く見えた。
「大…丈夫だ……納豆と…伊之助は…?」
「元気いっぱいだ!風邪も引いてねぇ」
「私も大丈夫だよ……!でも、でも…炭治郎…そのお腹……」
「アイツが権八郎の腹を刺したんだ!!」
伊之助が列車の方を指さすと、そこでは倒れた列車に足を挟まれて動けなくなっている人が居た。恐らく、運転手だろう。
あの人が炭治郎を刺した…?なんで?同じ人なのに?どうして?なんの意味があって??
色んな疑問が頭の中で渦を巻く。それは次第に途方もない怒りへと変わる。
ふつふつと、腹の底から湧き上がってくるかのような怒り。だが、感情任せに声を荒らげることも出来ず、私は自分の手に爪を食い込ませて何とか怒りを和らげようとする。でも一向に怒りは冷めることをしらず、今すぐにでもあの運転手をぶん殴りに行きたかった。
私が怒っていることに匂いで気付いたのか炭治郎は「俺は、本当に…大丈夫だから…」と、言って私の握りしめた拳を上から手で包み込む。だけどそんなことでこの怒りが収まるのなら最初から怒ったりなんてしない。
私から怒りの匂いが収まらないからか、炭治郎は少し悲しそうな表情で「納豆…」と小さく私の名前を呟いた。
「俺はすぐ動けそうにない……他の人を助けてくれ。頸の近くにいた運転手は…」
誰よりも優しい炭治郎は自分を刺してきた相手でさえ気遣う。その神経はさすがに理解できなかった。それは伊之助も私と同じような気持ちだったらしい。
「アイツ死んでもいいと思う!」
「よくないよ……」
「お前の腹刺した奴だろうが。アイツ足が挟まって動けなくなってるぜ。足が潰れてもう歩けねぇ!放っとけば死ぬ!」
「だったらもう十分罰は受けてる。助けてやってくれ」
炭治郎のその言葉に、伊之助は若干不服そうだが仕方なく「子分の頼みだからな!」と言って運転手の方に向かって行った。
あぁ、もう、ほんと意味が分からなすぎる。
「……なんで」
「納豆?」
「なんで自分を刺した人にそんなに優しくできるの……下手したら炭治郎、このまま死んじゃうかも知れないんだよ!?」
「あの人も、鬼に唆されてやった事なんだ。確かにあの人はやってはいけないことをしたけど、その分の罰はもう――」
「罰とかそういうことじゃなくて気持ちの問題なの!!!」
「!」
ついに私の怒りが爆発した。炭治郎は悪くないのに、炭治郎に怒鳴ってしまう。いきなり声を荒らげた私に炭治郎は目を見開いて驚いている。
でも、どうしても許せないんだ。
人を唆してたくさんの人を食ってきた鬼も、炭治郎を刺したあの運転手も、…優しすぎる炭治郎も、全部。全部……苛立ってしょうがない。
「炭治郎は優しすぎるんだよ!!確かに優しいのは炭治郎の長所でもあるけど…でもさすがに今は怒ろうよ!?あの人を助ける助けないは別として、炭治郎は刺されたんだよ…?それなのになんでそれを少しも怒ろうとしないであの人を許そうとするの??……炭治郎のその優しさは、いつか身を滅ぼしかねない。私、そんなの嫌だ。だから、」
――怒ってよ。
そう、続けようとした。
だけどそれよりも炭治郎の手が私の口を塞ぐ方が速かった。
「……ありがとう。でももう本当に良いんだ。あの人を責めるなんて俺には出来ない。俺がこの世で憎むのはただ一人、『鬼舞辻無惨』だけだ。心配してくれてありがとうな。だけど今は、俺よりも乗客達の救護を優先してくれ」
「………………うん」
炭治郎の手によって止められた言葉。
初めて炭治郎に拒絶された。…否、炭治郎からしたらこれは拒絶では無かったかもしれない。でも私には、初めて拒絶されたような気がしたんだ。まるで「そこから先は聞きたくない」と、遠回しに伝えられたかのような。
これ以上言ったら本当に拒絶されてしまいそうで、そんな勇気など無かった私は俯きながら他の乗客達の救護に向かった。
――――もしも、ここで私がこのままこの場所に居続けていたら。
この任務を終えた後、何度もそのことを考えさせられることになるとは、今は思いもしていなかった。