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もしも私に霊をはね除けることができる特別な力が備わっていたら、きっと今頃この危機的状況を意図も容易く打開することができただろう。だが今こうして相変わらずピンチな状況のまま一向に事態が進展しないのは私にそういう類いの能力が無いということだと思う。
普段、霊を寄せ付けやすいという体質を持って過ごしているからか心霊関係のモノとは一切関わりを持ちたくないと断固拒否していたが、今に限り霊をはね除ける力が欲しい。…………なぜこういう時にだけ、人生は都合よくいかないのかな。定期テストで100点取ったとか、そういうのは全くいらないから、私は都合よくいく人生というか生活が欲しいんだ。

「よ、よしかわ?」
「……岩泉、及川を連れて先に家を出て」
「でもお前っ……!」


「大丈夫」


誰から見ても分かりやすい見栄を張ってしまったが、岩泉は躊躇いつつも「悪い」と、一言残して立ち尽くす私を避けて家を出ていった。
────残るは、私と……この生き霊。
この一連の様子を見ていると案外大丈夫なんじゃね?とか思う人もいるかと思うが、全くそんなことない。依然として状況は変わらず、生き霊の体温を感じさせないひんやりとした手が今か今かと私の首をさわさわと撫でている。恐らく動いたら絞められる、といったところ。
この際しつこいぐらいに言うが、どうしてこんなことを引き受けてしまったのだろうか。
いや、後悔なら思うだけタダなのだから私の気持ちの中でぐらい自由にさせてくれ。
しかしどうするかこの絶体絶命のこの状況を。岩泉が戻ってくるとも考えづらいし、もしかして本当に私の人生今日で終わりか?
……いやいやいや、そんなの絶対に無理ヤダ。
何か、何か無いの?一時的にでもコイツを私から離すことのできる鍵となるモノは。
何かにすがるように私は家の中のモノを頭の中で確認していく。そして一つのモノを思い出した。

「お風呂……?」

生き霊対策の為につい先程まで及川を粗塩と日本酒が入っている風呂に入れていたことを思い出す。及川の入浴後に入るってのも嫌だけど……今はそれしかない。そしてここは脱衣場。絶好の位置取り。私は決めるが速いが、思い切り風呂場の中に向かって大きな一歩を踏み出した。そして、その行動と生き霊が私の首を絞めるのは同じタイミングだった。

──バシャンッ

少しずつ吸えなくなっていく酸素に顔をしかめながら、私は頭からお風呂の中に突っ込んだ。途端に首に回されていた手がスルリと離れた。私は水の中で笑みを浮かべ、水の中では私の髪と明らかに私の髪ではない傷んでいる髪が漂っている。

ざ ま ぁ み ろ

何の感情も読み取れない生き霊の瞳をじっ…と見つめながら私はそう口を動かした。









「くそ……っ!」

俺は及川を支えて吉川の家を出た。頭の隅でちらつくのはさっきの明らかに吉川の強がった表情と言葉。本当ならあそこで吉川だけを置いて逃げるべきでは無かった。
なのに、俺は……っ。
手を強く握り締め、自分自身に対する抑えきれない怒りを自分の手に八つ当たりしてしまう。
そのとき、俺の肩に回していた及川の腕にピクリと力が入った。

「ぅうっ……、……あれ、岩ちゃん?」

及川はふらつきながらも俺から離れ、辺りを見回し状況を把握しようとする。


「なにこれ岩ちゃん。どういう状況なのか全く分からないんだけど」
「えーあーなんつーかなー……」
「てゆーかここどこなのさぁ?」
「ここは吉川ん家の前だ」

「えっ、吉川ちゃん家!?」

吉川の家の前だと伝えた途端に目に光が灯る及川。そういえばコイツ、中学の時から無駄に吉川のことを気に入っていたような覚えがある。まあ、あんだけ関わっとけばコイツがそうなっちまうのも仕方がないが。
俺はこの流れで今までの経緯を全て及川に話した。及川は話が進んでいくたびに顔の表情を暗くしていき、今吉川が家の中で一人だと伝えたら及川は顔を真っ青にして「助けにいかなきゃ!」と家の中に戻ろうとしだす。


「バカ野郎ッ、お前がここで戻っちまったら何のために吉川がお前を逃がしたのか分からなくなっちまうじゃねぇか!!」
「でも吉川ちゃんが────」



「……私がなに?」



言い争う俺達を尻目に玄関から現れたのはびしょ濡れになり、不機嫌そうに眉を潜めた吉川だった。


「吉川ちゃん!」
「吉川……無事だったんだな」


お風呂の中から抜け出した私は着替える暇も無く、玄関へと向かいサンダルを履き外に出た。本当は濡れた服や下着が肌に張り付いて気持ち悪いから今すぐにでも着替えたい。そして髪を乾かしたい。それに制服姿のままっていうのも……。岩泉達がいたから着替えなかったけどやっぱり二人が風呂場に言っている間に着替えていればよかった。外には何やら言い争っている岩泉と及川がおり、二人は私の姿を目にすると慌てて駆け寄ってきた。恐らく岩泉は私を置いて行ったことへの罪悪感で、及川は私を巻き込んでしまったことへの申し訳無さで慌てているのだろう。正直、私も今すぐ存分に褒め称えてほしい。


「……って!よ、よよ、吉川ちゃん!?ふっ服が濡れてるから透けてるよ!!」


そんなことを考えていたら及川が今の私の格好を指摘してきた。確かにお風呂に突っ込んだから濡れて透けている。
だがしかし、あれほどまでに怖い体験をしてきた私がそんなことで動揺するはずがないでしょ?むしろサービスショットだと思え……っていうのはまあ冗談として。そこまで下着を見られる抵抗が無いため「あ、そう。」程度の反応しかしない私。好きな人とかに見られたらきっと恥ずかしいと思うんだろうけどそれ以外の人に見られてもねぇ。女子っぽくなくてごめんよ。


「……あぁ、気にしないで」
「いや無理だからね!?」


「一応女の子なんだから羞恥心を持って」と、喚く及川。岩泉は私よりも恥ずかしがっていて、さっきからこちらを見ようとしない。ガッツリ見られてもどういう反応すればいいのか分からないから良いんだけどサ。
とかなんとか言っている内に及川が「もう!」とぶーすか言いながら自分が着ていた青城の制服、白のブレザーを脱ぎだし私に掛けた。


「私白のブレザーとかいやなんだけど」
「文句言わないの! 女の子がそんな姿で外を彷徨いていいわけ無いでしょ。こういうときは素直にありがとう≠セよ、吉川ちゃん」
「ん、分かった。ありがとう〜」


それじゃ遠慮無く、と及川のブレザーに腕を通すとずっとそっぽを向いていた岩泉が「もう見ても大丈夫か…?」と弱々しく尋ねてきたから及川と二人して大笑いした。


「笑ってんじゃねぇよこのクソ川!」
「なんで俺だけなのさ!?」
「ウブだねぇ、岩泉ってばウブだねぇ」
「吉川お前も黙れ!!」


それで二人して叩かれました。(私は弱め)

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