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「私はこれから学校に戻る」
「え、な、なんで!?」


和みつつあった空気を壊すかのように私は二人にそう言った。二人はそれを予想通りの反応で慌て始め、理由を私に問い詰めだす。なぜ私が学校に戻ると言い出したかというと、それはたった今家の中で起こった出来事の中で私は恐らく生き霊の主であろう人に目星をつけたからだ。


「…………俺も吉川ちゃんについてく」
「いや来なくても良いから」
「元は俺らが巻き込んじまった形だからな。及川の言うとおり、俺らも着いていくぞ」


岩泉と及川はそれだけ言うと私に一切の有無を言わせまいと、私の腕を掴み学校方面へと歩きだす。私は引かれるがままに足を動かし連れられる。
どうして及川はわざわざ自らを危険に晒すような方を選んだんだろう?私だったらきっとなにも言わずに「うん。」と言って相手に任せてしまうところだけど。これは私が間違っているのだろうか。
まず私と及川達の間には絶対的な信頼があるわけではないのだ。確かに中学時代にちょっとした事件で関わったことはあった。だが所詮その程度。こんなことを言ってはいけないのかもしれないが、今私にいる友達のことすらそこまで信頼していない。多分だが、相手も同じような気持ちだと思う。それを私は悪いことだとは思わない。人は皆なんだかんだ最後は自分が可愛くって、自分と他人を天秤にかけたら自分に傾くに決まってる。もし、それが他人の方に傾く人がいたら単なるバカかお人好しだろう。自分を守ってくれるのは自分しかいないんだ。それを分かっていてわざわざ他人の為に命を張るなんて馬鹿馬鹿しい。
──……はずだったのに。
今の私は何なんだろう。あれだけ及川達の為に命を掛けるなんてバカみたいとか思っていた筈なのに。表面上でも他人から嫌われるのが怖くって人の喜ぶことをしてきた。だけどそれはあくまで私のできる範囲のことだけで……それなのに、どうも私は及川達が関わってくるといつの間にか自分自身が危険な目にあっているんだ。
絶対それは及川達のせいだなんて一言で言えたら困っていない。私自身、気づくと彼らと私の間に線引きしていた筈の境界線を飛び越えているんだ。


「吉川ちゃん、岩ちゃん、俺のせいでこんなことに巻き込んでごめん」
「んだよいきなり。いざお前に面と向かって言われると鳥肌たつな…」
「ちょっと人が真剣に言ってるのに!」


もしかして私は──……


「吉川ちゃん?」
「……ほんと、バカみたい」


頭の中に浮かんだ一つの答えを忘れるために、頭を左右に振った。













「生き霊の主の目星がついた」

二人に改めてそう言うと、私たちの間に緊迫した空気が流れ、しばらく沈黙の時間が続いた。岩泉はさっきの生き霊の姿を見てしまっているからか少々生き霊の主に会うのが嫌そう。それは及川もそうらしく、自分の体を操っていた生き霊の主にこれから会いに行くだなんて考えたら何とも言えない気分らしい。
だから最初から私一人で行くって言ってるのに。
しかしそれは彼らのプライドが許さないらしくどんなに私が一人で行くと言っても全く耳を貸してくれない。ここまできたらもう好きにしてって感じだからどうでもいいけどさ。
生き霊を飛ばしている主はそれに気づいていないから私達から生き霊とかの話をされても正直ちんぷんかんぷんだと思う。けれど実際にこちらがわに被害が及んでいるのは事実。そして、生き霊の主が及川に想いを寄せているのも事実。あそこまでべっったりとくっついているということは勇気が無くて及川に告白すらできない人の生き霊なのだろうか。
……いや、どちらかというとあの生き霊は及川が好きというか『愛されたい』だけというか。
その対象が偶然良い意味で目立っていた及川になってしまったのかもしれない。極一般の女は選ばない『及川徹』だからこそ、自分が選ばれた、愛された、という優越感に浸りたいのかも。それが回りに回って生き霊となってしまった。


「及川、この際だから先に言っとくけどさ、生き霊の持ち主さんと会うことができたらちゃんと話し合ってあげてね。生き霊っていうのは本人が自覚したからと言って消える訳じゃない。本人が自覚した上で、そのわだかまりというか生き霊となってしまった想いをスッキリさせてあげないとなんだよ」
「そうなんだ……。うん、分かった。ちゃんと話すよ」


よくよく考えると、この生き霊の主はある意味私と同類なのかもしれない。ベクトルは違うかもしれないけど、相手は『愛されたい』私は『嫌われたくない』。
……私はどこか生き霊に親近感を覚えていたのかもしれない。なんだかんだこうしてあんなに怖い思いをさせられたのに恨めないんだから。
こうなったのも及川達のせいかも? ……なんてね。





そして学校に戻った私達は沢山の注目を集めながらもとある一人の女子生徒を呼び出し、全てを話した。彼女は泣きながら話を聞いてくれて「ごめんなさい、ごめんなさい…」と終始そう嘆いていた。どうやら本人も最近違和感を感じていたらしい。
話を聞く限り彼女の両親は幼い頃に無くなっていて、今は親戚の家で預かってもらっているらしい。だが、その親戚と彼女の両親は元々仲が良くなかったらしく、彼女は親戚の人達からネチネチとした嫌がらせを受け続けてきたのだ。
愛されたいと思ったのは小学三年の時。
それを他人に求めだしたのは小学四年の時。
まさかそれが今回このような事態になるとは思わなかったと。まあ、そうだろう。愛されたいと思っただけでその想いが生き霊になって想い人にとり憑いてしまうだなんて誰も想像しないだろう。
泣きながら全てを語る彼女を私はただ見下ろしていた。私と同じような人だと思っていた分、同情の念が強かったから。及川や岩泉は怒らなかった。ただ、及川は「君の気持ちには応えられない」と彼女に伝えていた。彼女はそれに涙ぐんだ目で「はい…っ」と頷いた。
その日から及川は普段の体調を取り戻した。
「迷惑かけんじゃねぇ!」と、及川をシバいている岩泉もどこかホッとしたような表情。まさに阿吽というか、さすが幼なじみってかんじ。
あんなに苦労したのに終わりは案外呆気なかった気がする。けれど、私の枕元にも最近女は現れないし私の機嫌も最高に良い。
……ただ一つ、変わった事といえば────


「もう俺一生吉川ちゃんに着いてく!」
「やめて、まじやめて」
「やめないからね! 俺、本気なんだからっ」
「…………岩泉」
「クソ川テメェ、この期に及んでまた吉川困らせてんじゃねぇよ!!」


及川や岩泉が私のそばにいるようになった。
なつかれてしまったのだろうか。もともと私は『来るもの拒まず去るもの追わず』がモットーなので二人には特になんとも言わない。
勿論及川のファンに嫉妬されないように人がいないときに喋るという感じだが。及川達もその点については徹底しているから心配無用だ。
……以前の私ならここで彼らを突き放していたかもしれない。
だが、今こうして彼らが傍に居ることを許せているのは自分が変わりはじめているからかもしれない。彼らの近くにいたら嘘偽り無い自分がさらけ出せるのかも。
私はそんな期待をしてしまったんだ。

だからしばらくの間はこんな生活も良いかもね?

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