1

ねぇねぇ知ってる?

雨の日にはね、アレがやってくるんだよ。

アレは見つけた子供を捕まえて死ぬまで引きずるんだ。

見つかったら逃げるしかないの。



一度でも捕まったら……



死んじゃうよ?

















「最近雨ばっか降ってるね」
「俺達は室内競技だからセーフだけどね!」
「そういえば及川達ってバレー部だったっけ」
「おう。ちなみにコイツが主将」
「えっ」

屋上へと続く階段の一番上の段に座り込みながら私達はお昼を食べていた。窓から見えるのは空一面を灰色の雲が覆い、大粒の雨が窓ガラスに叩きつけられるように降っている。
ここ最近、日本全国で雨の日が続いている。そのせいで畑や田んぼがなんたら〜とかテレビのニュースで取り上げられていた。
しかもここ、宮城県はこの不思議な雨の降水量が全国で一番多いようだ。だからと言ってどうということでもないが。
ただどうしてだろう。この降り続ける雨がとても不気味に思えるのは私だけだろうか。この先また私達に良くないことがふりかかってくるかのような予感がしてならないんだ。けれどまだこれといった事件は起きていないし、やっぱり私の思い込みすぎなのかもしれない。それにこの二人の前でまた変なことを言って迷惑かけちゃったら嫌だしね。巻き込みたくもないし。あ、巻き込まれたくもない。
とにかく早くこの気味の悪い雨が去りますように──。

……だが次の日の朝、それは動き出してしまった。




『速報です。昨日夜21時頃、一昨日から行方が分からなくなっていた小学二年生の男の子が何者かに殺された状態で発見されました。何かに引きずられた跡があり、全身の皮膚が剥げ、判別しにくい状態でした。男の子は川辺の草むらに放置されていた模様です』





その事件は学校内でも持ちきりだった。なんと殺された男の子が放置されていたという川辺というのは宮城県内にあるらしい。そのせいか朝から教師達はバタバタしており、一週間の部活停止に帰るときは一人で帰らず束になって帰るようにと言われた。残虐性のある殺人、ましてや殺されたのが小学生だったからなのか不審者に会ったときにする対応の指導は厳しかった
……とか、他人事みたいに言っているけど実は私もかなり混乱している。昨日の今日だ。私が昨日なってほしくなかったことが最悪の形で世に出回ってしまった。

『雨の日』『引きずられた体』『子供』

この単語から私が連想したモノがこの事件の犯人の可能性がある。誰しもが一度は聞いたことがあるだろう。『口裂け女』『テケテケ』などの都市伝説と同等に恐れられたもう一つの都市伝説。


「──『ひきこさん』か……」


都市伝説が人を殺した、なんて言ったら周りからはバカにされるのがオチかな。だけどなんとかしないと絶対にまた次の犠牲者が出るだろう。でも残念ながら私には都市伝説なんていう大それたものは倒せません。せいぜいできるのは対面したときの対処位。
そもそも『子供』ってどこまでがラインなんだろう。小学生?中学生?高校生?もしかしたら二十歳になるまでは子供としてカウントされるかもしれない。高校生は本当に微妙なラインだろう。多分ギリギリアウトだと思うけどね。



「吉川ちゃん、ニュース見た!?」
「うん」
「世の中物騒になっちゃったよね……」


今日もようやく訪れたお昼。天気は相変わらず大雨。ひきこさんが出るには絶好の日。
今日も犠牲になった人がでるのかな……。もしもそうなったら警察が全面的に出るのは間違いないだろう。だが都市伝説がその程度で止まるのだろうか。まあまず、都市伝説とか幽霊が犯人ですだなんて言う人がいるわけないしな。

「岩泉は?」
「今日は先生に呼ばれてるから来れないってさ」
「ふ〜ん」

岩泉が来ないなんて、珍しい。
弁当の中身をつつきながら食べたいものを口のなかに入れていく。及川と二人きりのこの状況をみられたら間違いなく私は死ぬな。


「……あのさ吉川ちゃん。変なこと言うようだけど聞いてくれないかな」
「なに?」


「俺さ、あの事件は幽霊が犯人だと思うんだ」


…………いたわ、ここに。
幽霊が犯人ですって言うやつ。



「何言ってんだろう俺って、自分でも思うよ……。……だけどっ、俺……最近天気が崩れてきてこのよく分かんない雨が降りだした日からなんだか凄く不気味で……!」


及川は身振り手振りでその真剣さを伝えようと必死で、今及川の自慢のイケメンフェイスが崩れていることに気づいていないようだ。
本人は真剣なんだろうけど見ているこちらがわからするとなんだか面白い。


「……まさか、及川が気づいてたなんて驚き」
「え? それどういう意味?」
「今回のあの事件に関わってるのは人間じゃなくて『都市伝説』だよ」

「と、都市伝説……?」


ポカンとした表情でこちらを見てくる及川の視線を受けながら、私はお弁当の中のプチトマトを取り口に放り込む。それを咀嚼するとプチトマトの酸味が口一杯に広がり一時の幸せに襲われる。その間にも及川は説明早く、とでも言いたげな顔で私を見つめている。
……及川はこの事件が都市伝説の犯行だと知ったらどうするのだろうか。無いとは思うが、次の犠牲が出ないように見回ったりしないだろうな。いや、するかしないかはご自由にって感じなんだけど……自分が止めなかったせいでクラスメイトが死にましただなんて夢見が悪すぎる。
相手はかつてこの国の人々を震え上がらせた天下の都市伝説様だぞ?本来都市伝説はただの都市伝説。元々この世にその存在は無かったのだ。それをどっかの誰かさんが嘘でもついて本物を見た≠ニか言い出したのがきっかけで、芋づる式に恐怖が恐怖を呼んだのだ。
ではなぜここで都市伝説にしかすぎなかったモノが現れたのか。それはあまり詳しく明らかにはされていないが人の心が集うモノには心が宿る。そして心が宿ったものはその存在が実体化してしまう。それが都市伝説の正体だろう。
きっと弱点なんかがそこらへんにはあるんだろうけど、今の私にはわからない。


「吉川ちゃん……おれ……!」
「変なことに首突っ込もうとか、そんなこと絶対に考えないでよね」
「でも、」
「及川に何ができるの? そもそも私達人間ごときが都市伝説に敵うとでも思ってる? 言っとくけどそんなの無理だからね。人は人が思ってるよりもずっと脆いの。でも都市伝説は違う。人が恐れれば恐れるほど強くなって、その存在を確かなモノにする。だから私達は都市伝説が自らを去るのを待つしかないんだよ」


及川がどんな顔をしていたかは知らない。
ただ及川の顔を見れなかった私はそう言って俯き、この場を去った。

TOP