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「……にしても、本当にいいんですか及川さん。俺達しばらくの間泊まっていても」
「良いに決まってるじゃ〜ん! 可愛い後輩たちが恐怖に怯えてるっていうのに外に放り出すなんてこと、俺がすると思う?」
「「……」」
「何か答えてよ!!」


俺はこのほとぼりが冷めるまでのしばらくの間、金田一と国見ちゃんを家に泊めることにした。勿論、吉川ちゃんには内緒で。バレたらまたきっと怒られる。「厄介なことするな」って。でもそれは吉川ちゃんを巻き込んでしまったらの話だよね。今回は俺達だけでなんとかさせてみせる。吉川ちゃんは巻き込まない。
だったら文句だって言えないでしょ?
前回俺のせいであんなに怖いことに付き合わせてしまったんだ。だから今度も吉川ちゃんを巻き込んで怖い思いをさせたくない。きっとそういう霊関係の知識は吉川ちゃんの方が断然多いんだろうけど、俺達だって無いわけでは無いんだから。それに無ければ調べるまで。
吉川ちゃんならこういうときはまず、情報収集から始めるはず。国見ちゃん達が見たって言うのが本当に都市伝説だとしたら図書室とかにある都市伝説系の本にきっと載ってある。
俺にだってできることはある。無力かもしれないけど自分の後輩ぐらい自分で守り通してやりたい。大切なものは自分で守りたいんだ。
ここに吉川ちゃんが居たら俺になんて言っているのだろうか。バカだとかアホだとか、身の程知らずなんて言葉も出てきそうかも。でも彼女はなんだかんだ最後にこう言いそうな気がするんだ。
「自分をもっと大事にしろ」って。それが一番吉川ちゃんらしいなって思う。
なんで俺、こんなに吉川ちゃんのことばかり考えているんだ。今はもっと別のことに集中しなくちゃいけないっていうのに。確かに吉川ちゃんは女の子の友達の仲ではわりと好きな方ではある。む、向こうは友達とさえも思ってないかもだけど……。でもここ最近の俺の頭のなかに入るのは紛れもなく吉川ちゃん。
もしかしたら俺が自覚していないだけで俺の中で彼女が大事な存在になりつつあるのかもしれないな。そう考えるのが一番妥当な気がする。
こんなこと、本人にも岩ちゃんにも言えないけどさ。
でももし、本当にそうだとしたら俺が彼女に振り向いてもらえることはあるのだろうか。


「及川さん、さっきからなんか変ですよ」
「えっ!? あ、あぁ、ごめん…。考え事してた」
「……そうですか」


それでも頭の中から彼女が消えることは無かった。












「お、久しぶりだな吉川」
「岩泉じゃん。久しぶりー」


事が更に進展しだしたのはこのとき。最近中々会えていなかった岩泉と偶然廊下ですれ違った。お互い及川で苦労しているという繋がりもあってあの生き霊事件から岩泉とはなんだかんだ結構仲良くしている。
そういえばあの日から及川とも話してないな。
別にそれは良いんだけどこの嫌な予感が及川繋がりじゃないといいけど。でも岩泉がこんなに平気そうだったらなんともないよね。多分。


「最近及川はどう? 相変わらずバカみたいに元気してる?」
「あー……体調面とかは全然平気だ。むしろ前よりも健康になったな」
「それはそれで厄介だね。ドンマイ」
「おう。あ、だけどなんか最近あいつ後輩とこそこそしてんだよ。俺にも秘密にして」
「え……?」


ただの『秘密事』だとは到底思えなかった。タイミングがタイミングだし、それに私の第六感が言っているのだ。「逃げられないよ」って。全てが誰かの手の平で踊らされているような感覚になる。さすがにそれは思い過ごしだと思うのだが、及川が今回の事件に首を突っ込もうとしているように感じるのだ。
『後輩』という点も気になる。考えられるのは後輩がひきこさんと出会ってしまいそれを何らかの形で知った及川が後輩を救うべくして動いている、みたいな。てか、もうそれしか考えられない。もしもこれが単なる私の思い過ごしだったら及川に土下座して謝ってやるよ。そのぐらい私には自信があるのだ。
あのお人好しはどこまで自分を犠牲にするつもりなの?部活の後輩の為とはいえ自分の身を懸けるほどそれは大切な後輩達?自分が死んでも守りたいと思えるもの?
私には分からない。だってずっと今まで自分が一番大切で可愛かったから。人は皆誰しもがきっとそうだって思ってた。でも及川は違うの?なんで?どうして他人でしかない人を偽善心だけで助けようとすることができる?
理解ができない。分かり合えない。ある意味同じ人とは思えない。
世の中にはそんな綺麗な人がいるのか。今、私のいる世界の裏側とかじゃなくて、手を伸ばせば捕まえることができてしまうような距離にいたのだ。あいつは単なる珍しいもの好きの周りより顔面偏差値が高いだけの男だと思ってたのに。
なにそれ。……そんなの、私よりもずっと綺麗でマシな人間じゃないか。


「……やめてよ」
「…おい、大丈夫か?」
「……ごめん。ちょっと気分悪いわ」


行く宛もなく私はふらりと歩きだした。




もしもの話だ。例えば私にこのありあまる程の霊感が備わっていなかったら私は及川のように後輩思いのお人好しになれていただろうか。もしも彼に私と同じような霊感が備わっていたら、彼は私のような人柄の人間に成り下がったのだろうか。
答えはどんなに沢山考えても辿り着かないが、今この時間で生きている私は割りと自分の下に見ていた…というよりかは厄介払いしていた相手が自分よりもずっとまともな人間だということに改めて気づいてしまった。こんなこと知りたくも気づきたくも無かった。
いずれは気づかないといけないことだったかもしれないが、こんなタイミングで自覚させてくるなんてあまりにも酷いよなぁ。この年齢になっておいてこんなこと言うのもあれだけどちょっと今私は拗ね気味かもしれない。本当に面倒な人間だよ私は。今更だけど。


「及川は今なにしてんのかなー…」


健気にも自分の可愛い後輩の為に動き回っているのかな。てか、そうにきまってる。及川に教えてあげるべき?都市伝説にはこれといった対処法はないということ。
都市伝説の本とかに書かれているものは全くの事実無根か、逆に相手を刺激するようなことしか書かれていないということを。
でも及川は今回私には頼ってこなかった。私があの日、強めにこの件に関わるなと言ってしまったからだろう。彼は私がこのことに気づいているということに気づいているのだろうか。
まあ、どっちにしろ彼から私に助けを求めてくることは無いだろうな。生き霊の件で私と岩泉を巻き込んでしまったことを彼なりに今でも罪悪感を感じているらしいし。だから私だけではなく岩泉にも内緒にしているのだ。
……いや、違うな。あーもうそんなことを考えたい訳じゃないんだよ。私自身どうしたいかって話なんだ。そりゃ自分の身に危害が及ぶようなことはしたくない。だけどそれは前も同じだった。それなのに私はあの時及川を助けた。それは少なからず及川を助けたいと思ってしまったから。なんでだろう。よくわかんないや。
こうして今こんなに悩んでいるのも及川を助けるか迷っているからだ。私は今回も及川を助けたいのかもしれない。都市伝説を相手にしてでも。私もバカだな。これで私も及川と同じお人好しになれた?
……そんなわけないか。私はいつになったって最低人間なんだ。

「……やってやろーじゃん」

今更乗り掛かった船だ。死んだって怪我したって構うものか。むしろ及川に「ありがとうございます」って言わせてやる。


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