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「おー及川〜。今日遊ぼうぜー」


その日、廊下でマッキーとまっつんにすれ違った。事件が起きてから部活停止になっていたから二人とはここ最近中々会う機会がなかった。でも久しぶりに会った二人は相変わらずの顔をしていて、最近気張りすぎて疲れていた俺の体から力が抜けていくのが分かった。


「あ、マッキーにまっつんじゃん。久しぶりー。部活無いと会う機会が中々無いよねぇ」
「だな〜んで、今日どうよ?」
「及川ん家とかあり?」
「近くで事件があったってのに呑気なもんだね」


二人のあまりの呑気さに苦笑いの俺。狙われていたのはずっと小学生だったから自分とは関係ないと思っているのかもしれない。確かにそう思ってしまうのも仕方がないかもしれないが、今の俺には一瞬たりとも気を抜いてはいけないとわかっている。吉川ちゃんの忠告と国見ちゃんに金田一のことがあったから。
二人にも忠告しておきたいけどそんなこと言ったって信じてもらえないかもしれない。いやでも言わない限りはどうにも判断できないし、言わなかったことによって二人も巻き込まれちゃったら……。あ、でも言ったら言ったで巻き込んだことになるのか?


「だってよ、こんなゴツい高校生襲うやつがいるか?」
「えーいるかもよ?」
「及川お前そんな冗談も身に付けたのかよ!」
「このご時世なにがあるか分からないからね〜二人も気を付けてよ」
「お、おう。なんかちょっと及川が怖いんだけど」
「なんで俺なのさ!?」


なんだかんだで結局は笑い話になってしまうのが俺達。気を許せるっていうか、やっぱり同じチームで仲間だからかな。これからも友達で居たいって思えるんだ。
……そういえば吉川ちゃんはどうしてるかな? 最近は隠し事してるってことを悟られないために避けてたから吉川ちゃんがどうしてるかとか分かんないな。こんな時、吉川ちゃんが居てくれたらな……。
後輩を助けたいという一心ではあるけど、実際都市伝説と向き合ったときに俺にできることといったら何もない。でも吉川ちゃんだったら…何か危機を回避できることをしてくれるかもしれない。何もできないくせに俺ってでしゃばるからな。もしかしたら吉川ちゃんもそれを思ってあんなことを言ったのかも……。考えすぎかな?


「ま、とりあえず今日空けとけよー」
「えっあっ、ちょ!」
「じゃなー」


マッキーとまっつんは手を降って去ってしまった。今日も国見ちゃんと金田一と会うのに。
もうっ、仕方ないな!!













私は今、一年生のとあるクラスの教室に来ている。一年の頃、丁度私もこのクラスだったから久しぶりに入った教室に懐かしさを覚えた。どうして私がこのクラスに訪れたかというと、とある生徒に会いたかったから。


「すみません。国見英くんはいますか?」
「あ、国見ですか。いますよ。呼んでくるのでちょっと待ってて貰えますか?」
「わざわざありがとう。よろしくね」


私が三年生だからか対応してくれた男子生徒くんはちょっと緊張気味で国見英くんの元へと向かっていった。そのさっきから言っている国見英くんとはバレー部の部員で及川の後輩。私が睨むに、この子が今回のひきこさん事件で及川が助けようとしている後輩だと思う。
今は昼休みだが彼はもうお昼ご飯を食べ終わっているのか、机に突っ伏して仮眠をとっている。そんな時に訪ねてしまって悪かったかな……と思いつつも、君達を助けるためだ許してくれと割りきる私。
ちなみに訪ねたい人は国見英くんだけではなく、他クラスにいる金田一勇太郎くんにも会って話を聞きたい。きっとこの二人で合っているはずだ。

「……俺に何の用ですか」

気づくと寝ていた国見英くんが目の前に立っており、さっきの男子生徒くんが連れてきてくれたのだと理解する。実際に国見英くんの背後にはあの男子生徒くんも居たので「ありがとう」と一言言うと頭を下げて友達の所へと駆け足で去っていった。礼儀正しい子だったな。


「いきなり呼んでごめんね。私は三年の吉川納豆です。ここだとアレだからちょっと廊下に出てもらえる?」
「……分かりました」


国見英くんに廊下に出てもらい、辺りに人がいないことを確認して口を開く。


「単刀直入に聞くんだけど、最初にひきこさんを見たのは国見英くんと金田一勇太郎くんどっちなの?」
「は? え、あ、なんで、」
「ごめん。説明は後でするから今は答えてもらえるかな? 最初にひきこさんを見たのはどっちなの?」
「……最初にアイツを見たのは……金田一です」
「……そっか、分かった。ありがとう。一応言っとくと私は及川のともだ……」

『及川の友達だよ』

私は確かにそう言おうとした。だけどその言葉を踏みとどまらせたのは及川にぶつけてしまった私の暴言紛いの言葉と記憶だった。こんな私が及川の友達と言えるのか。そもそも及川は私のとをどのように認識しているのか。全く分からなかった。


「私は及川のクラスメイトだよ。
 ────君達を絶対に助けてみせるから」









『本当に、助けてくれるんですか』
『……もちろん』

確実に助けられると決まった訳じゃないのに。「助けてみせるから」と、私が言った途端に彼の眠そうな目が今にも泣き出しそうに歪むのが分かった。
クラスメイトの前では普段通りにしていたが、本当は彼もかなり追い詰められていたに違いない。近くで事件が起こったと思ったら、今度は自分がえたいの知れないものを見てしまったのだから。もしかしたら次に狙われるのは自分かもしれない。そんな恐怖に怯えながら過ごす日々は苦痛しか生まれなかっただろう。どこに逃げても、どこに居ても、常に感じる視線。それら全てが自分を狙いに来ているヤツのものかもしれない。


「……よく取り乱さずに堪えたね。もう大丈夫だから。私に任せて」
「ありがとう、ございます……っ!」


それから私は国見英くんと一緒に金田一勇太郎君のいる教室に向かった。そして同じ事を彼に言い、最後に「よく頑張ったね」と言ったら金田一勇太郎君は泣きながら「はいッ!」と私に頭を下げてきた。まだまだ若いってのによく堪えたね、二人とも。あとは私に任せてよ。絶対、絶対に、二人を救ってみせるから。そうしたら及川とも仲直りできるかな? 喧嘩って言うほどのこともしてないけどさぁ……。悪いこと、言っちゃったしね。
せめてもの御詫びとして及川の守りたいものを私にも守らせてよ。

私は及川が苦手だったんじゃない。
──及川が羨ましかったんだ。

最初から無意識の内に気づいていた。
『及川徹』という男が、残酷なぐらいに優しく自己犠牲心の高い人間だということに。ただの後輩思いの先輩というだけじゃ説明がつかないのだ。あれほど癖のあるバレー部員達をまとめあげることができる程の統率力を持っている及川。だけど、それが及川の全てではない。
私はそんな及川が羨ましかった。できることなら私も、及川みたいになりたかったな。だからせめて私が及川のような存在に一歩でも近づくために、私は私自身を賭けてでも前に進みたい。それで死んだらそれで終わり。ここで後退りして自分の身を守ったとしても、その瞬間に人として私は死んでしまったも同然。


「金田一勇太郎君、国見英君。少しの間だけどよろしくね。それと及川のことなんだけど……今日三人が集まったときに数分だけ話させてくれるかな?」
「わかりました。伝えておきます」
「ウッス! こちらこそお願いします!」


だったら私は前に進んだ末の死を受け入れるよ。



そして流れるように訪れた放課後。しばらく喋っていなかった及川に話しかけようとした私に訪問者が訪れた。

「吉川」
「あ、岩泉じゃん。どうしたのさ」
「……ちょっといいか?」

扉の所に立っていたのは岩泉。手招きをして私を呼んでいる。一瞬及川をチラッと確認し、及川がまだ席を立っていないことを見てから私は岩泉の元へと向かった。私が岩泉の方を向き直った時に及川が私を見ていたことには気がつかなかった。





「国見と金田一から聞いた。厄介なことにまた巻き込んじまったな。あー……今回の事件が関わってるんだろ? ったく、及川のやつ俺にも秘密で動いてるとはさすがに思わなかったけどな」
「そうだよ。及川は私が関わり始めたことについては知らないかもだけど。これから言うよ。あっ、岩泉は今回関わらなくていいからね? いくら及川がいるからって岩泉も危険な目にあわせる訳にはいかないから」
「なにいってんだよ。俺は及川がいるからってだけで関わりゃしねーよ。及川だけじゃねぇ。国見に金田一。それに吉川、お前もだ。俺ら同じ部活って訳じゃねえけどダチには変わりねえだろ? それに返さなきゃいけない借りもあんだよ。だから俺も加勢させてくれ」
「岩泉……うん、分かった。手伝ってくれると有り難い」
「おう。それでいい」


岩泉は俯いて顔を上げようとしない私の頭をグシャグシャと不器用に二回撫で回した。無造作に乱れていく髪型と、揺さぶられる私。相変わらず岩泉は男前な笑みを浮かべて私の頭を撫で続ける。及川の所に行かないとなんだけどな。
でも、岩泉が手伝ってくれると言ってくれて嬉しかった。前に進みたいのは事実。だけどやっぱり都市伝説と対峙することが怖いのも事実。本当は、誰かが隣で一緒に居て欲しかった。


「んじゃ、及川ん家行くかー」
「そだね〜……って、え?」
「あ、あと俺らと同じ部活の同学年の松川って奴と花巻って奴も及川ん家に遊びに行くらしいから鉢合わすかもだけど良い奴らだから気にすんなよー」
「ちょ、ちょっと待って!及川だったらそこに──っていない!?」
「あいつだったら俺らの居たドアと反対のドアからもう出てったぞ。アイツの家学校からちけーし、そろそろ家に着いてんじゃねーか?」
「まじすか」


予定外のことに項垂れる私をケラケラ笑いながら励ましてくる岩泉。優しすぎる及川にストッパー役の岩泉。本当に相性ピッタリだね。二人が阿吽と言われる理由もよく分かった。
まあ、頑張ろうね岩泉。










──ピーンポーン

「はいはーい、マッキーとまっつんかな?」

それとも国見ちゃんか金田一?にしても、皆来るの速いな〜。今すぐにでも及川さんに会いたかったのかな!
ふんふーんと鼻歌を歌いながら玄関に向かい、ドアを開ける。その先に立ってるのはガタイの良い男……のはずだったのに。

「……久しぶり。及川」
「よー」

立っていたのはここ最近全く喋っていなかった吉川ちゃんと避けていた岩ちゃんの二人だった。いきなりのことにいつもニッコリスマイルの俺の表情筋がピクピクッとひきつった。
どちらとも今は会いたくなかった。会ってしまったら二人に頼ってしまいそうになるから。でも、どちらも俺にとって大切な人達だから巻き込むわけにはいかないじゃん。実際、吉川ちゃんだってそれを望んでいたわけだし……。俺、ずっと迷惑しかかけてこなかったんだからたまには俺一人でなんとかしたい。本当は今すぐにでも泣きつきたい気分だけどさ。

「帰って!」

弱気な俺が悪魔の囁きを始める前に、二人には帰ってもらわなきゃ。ドアノブに手を掛け、勢いよくドアを閉めようとする。だが、閉まりそうになっていたドアを止めたのは吉川ちゃんだった。
思わずこちらが誉めたくなるぐらいの条件反射で足をこちら側に滑り込ませ、ドアが完全に閉まるのを阻止した。しかしその際にかなりの勢いで閉めようとしたため挟まれた吉川ちゃんの足はかなり痛そうだ。……やばい、謝らなきゃ!

「吉川ちゃんごめ──」
「及川」

冷静さを失っていた俺の耳に届いたのは吉川ちゃんの聴き心地の良い、落ち着いた声。もうドアノブを握る手に力を入れていない俺の手をゆっくりとドアノブから離し、閉まりかけていたドアを開いた。その時の彼女は以前までの彼女と違った雰囲気を纏っていた。

──吉川ちゃんをここまで変えたのは、だれ?


「酷いこと言って、冷たく当たってごめん。今更遅いとか思われるかもだけど、私は及川達の助けになりたい。だから今回のひきこさんの件も私達に手伝わせてほしいの。国見英君と金田一勇太郎君とはもう既に会ってる。二人と約束したの。絶対に助けるって。だからお願い。協力させて!」
「おい、クソ川俺にまで秘密にしてんじゃねーよ。お前の事だから巻き込みたくねーとか考えたんだろ。でもお前に変な心配されるのだけはクソムカつくからやめろ。あと俺も協力するからな」


その時の俺には吉川ちゃんも岩ちゃんもどちらも神様のように見えていた。二人共 本当、クソカッコいいよ。





「ありがとう」

祈るように目を瞑っていた私の耳に届いたのは及川の心から安心したかのような声。自分の気持ちに素直になった途端に、及川の声一つでも本当にこの人は凄いんだなと思ってしまうようになった。
言葉一つでここまで人を安心させられることができるんだ。私もいつか、そんな風に──。

「あのーすみませーーん」

私達の沈黙を破ったのはピンク色の髪で、低めのちょっと癖のある声の人。そういえば及川の友達が来るって言ってたよな……。それがこの人達か。ていうか、髪色だけみたら不良のヤツやーん。
そしてそのピンク髪の隣に居た高校生とは思えない顔の人が囁くようなポーズをとりながらもこっちまで聞こえてくる程の大きな声で喋りだす。


「俺達邪魔者? 帰った方が良いの? どうするよ花さんや」
「いやでもここまで来たからには根掘り葉掘り聞かせて貰いたいじゃんか松さんやい」
「あー…吉川ちゃん。このピンクがマッキーでこの高校生に見えない方がまっつんね。マッキーまっつん、この女の子が吉川ちゃんね!」
「「わかった」」
「いいのかそれで」


とりあえず外に居るのはあれなのでということで及川の家の中に招かれた。男子の家って初めてだ。ちなみに国見英君と金田一勇太郎君は今及川の家に泊まっているらしい。だけど今は委員会の会議だとかで丁度二人の所属している委員会だけ残されてしまったようだ。可哀想に。これも霊の仕業とかだったらさすがに笑う。

「で、及川達は何の話をしてたわけ?」

ずっとマッキーとまっつんが疑問に思っていたであろう質問をされ、私達及川岩泉私は顔を見合わせ言うか言わまいかの相談を始める。だが結局はここまで来ておいて秘密にするというのも無理があるので私達は全てを包み隠さず話した。以前にあった生き霊事件も含めて。
話し終えた後の二人の顔はまさに間抜け面。信じては貰えないかと思ったが二人は「及川だけならまだしも、吉川ちゃんと岩泉も言ってんだから本当だろ」と、あっさり信じてくれた。驚きのあまり私はキョトンとしてしまったが及川と岩泉はあまり驚いていなかったから、普段からこの二人はそういう性格の人達なんだろうなと意図も簡単に想像がつく。


「アイツらだけで帰らせたら危なくね?」
「だよな」
「そうなんだけど、先にひきこさんを見たのは金田一君の方らしいの。だとしたら優先的に狙われるのは金田一君の方」


だから一番は金田一君を警戒しておけば良い。それで私達はようやく話がまとまった。





「あ、先輩方!」
「…ちっす」

天気は相変わらず雨模様。よくマッキーまっつんはこの天気のなか及川の家に遊びに来たね。逆に誉めたいくらいだよ。私を除く六人は皆部活が同じだから仲が良い。むしろ仲が良すぎて私がいたたまれないんだが。

「えーと、国見君と金田一君に言わなきゃいけないことがあるんだけど……」

私は二人のことをフルネームで言うのを止めた。長ったらしいんだもの。まあ、それで私が呼び掛けたことで皆の目線が私に集まり、話しづらくもある中でさっきまで私達がしていた話を二人にもした。
言いづらいけどひきこさんは一番最初に見た金田一君を狙ってくると思う。国見君を狙ってくる場合はあんまり無いとは思うけど……なにせ初めて対面するから私にもよくわからないのだ。だけどそれを言うと混乱してしまうだろうからあくまでの話として説明しておこう。


「二つに別れよっか。金田一君チームと国見君チームで。んー…金田一君には私と岩泉がつくね。マッキーとまっつんはよく分かんないだろうから比較的安全な国見君の方で、及川は何か狙われそうだから国見君側ね。岩泉はいざ逃げようってなったときに逃げ足速いだろうからこっち側。もちろん私もね」
「分かったけど……大丈夫なのかよ吉川ちゃんは。そういうのに詳しいとはいえ女子だろ。岩泉は強そうだからなんか安心だけど……」


マッキーが眉を潜めながら不安そうに言ってきた。それに私は「大丈夫」と返す。絶対に助けるって決めたから。金田一君は私が守ってみせるよ!
国見君は自分にはあまり危険は無いと知ったからか最初の時よりかは落ち着いている。問題は金田一君。またひきこさんのあの姿を見なければいけないのかと怖がっているのだろう。まあ普通の人ならそういう反応が当たり前か。

「それじゃあ私達はこっちに行くね〜」
「俺達はこっちなー」

ひらひらと手をふって二手に別れようとした時「まって」と、及川に呼び止められた。


「なに? おいか──」
「信じてるよ。吉川ちゃん」


その言葉を聞いた瞬間ピタリ、と私の動きが止まった。及川の後ろにいるマッキーとまっつんがニヤニヤとしながらこっちを見ていて少し腹がたったけど、いつも以上に真剣な及川のその声に私は放心状態になるしかなかった。
及川達が歩きだして見えなくなった頃、ようやく動けるようになった私。岩泉はやれやれというような表情で私をみていた。金田一君は世話しなく周りを見渡している。きっと上手くいく。大丈夫…。


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