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私達はとにかくひきこさんを誘き出さないことには始まらないと金田一君達がひきこさんを見たという橋まで案内してもらった。ひきこさんは引きずったあとの肉塊を決まった場所に放置する。その場所が恐らくその橋の下だ。だからそこに行けばきっとひきこさんに会うはず。


「最初に言っておくけど、ひきこさんに会ったらとにかく逃げ回るしかないから覚悟しておいてね」
「は、はい!」
「別に逃げ回る事自体は俺ら平気だけどむしろ吉川お前が平気なのかよ」


そんなことを言い出す岩泉にうんうんと首を振って賛同しだす金田一君。


「ちょっと、私を誰だと思ってるの。生まれてこのかた霊という霊に悩まされ続けてきた吉川さんだよ?
体力も逃げ足もあるに決まってるでしょ?」
「「おぉ〜」」


パチパチ…と二人からの拍手を貰い満足して冷静になった私は周りを見渡してから一言ポツリと思ったことを口にだした。


「てかひきこさん出て来ないな」
「そうだな」
「別の子供を狙ってるとか?」
「今は小学校だと生徒は外出禁止になってるし多分中学校も学校から帰った後の不要な外出は禁止されてると思う。それにこのどしゃ降りの中じゃ遊ぼうにも遊べないだろうし、別の子供を狙ってるとは考えにくい」


どういうことだ。狙われるとしたらひきこさんの姿を見た金田一君が優先されるはず。国見君の方に行ってるとかは無いと思うが……。なんでこんなにも姿を表さない。


「……本当に金田一君が先にひきこさんを見たんだよね?」
「は、はい。あっちに向かってあの女がなんかを引きずっていくのを見ました」


そう言って金田一君が指差したのは私達がいる場所とは真逆の方向。つまりはひきこさんが子供を引きずっていく『後ろ姿』を目撃したという訳か。


「……あれ?」
『後ろ姿』…?


とあることに気づいてしまった私の中を嫌な想像が駆け巡っていった。私は恐る恐る金田一君にあることを確認しだした。


「ね、ねぇ、その後ひきこさんは金田一君達の存在に気づいた?」
「はい。こっちを振り向いてきたので多分気づいてると」
「それはさ、まだ国見君がひきこさんの姿を見ていないとき?」
「え? はい……って、あれ? 違い、ます。ひきこさんを最初に見つけたのは俺だけど、すぐに国見に伝えて……国見もそれで振り返って……そしたら国見が手すりの所まで行ってから、ひきこさんがこっちを向きました」


嗚呼、違う。ひきこさんが狙ってるのは金田一君じゃない。
狙ってるのは──国見君の方だ……!!


私はどうやら大きな勘違いをしていたようだ。金田一君が見たのはあくまでひきこさんの後ろ姿。その時点ではまだ金田一君達の存在はひきこさんには認知されていなかった。だが国見君は違う。金田一君の異変に気づいた国見君が振り向き近づいた途端にひきこさんも振り向いた。つまりはひきこさんが金田一君達の存在を認知した瞬間に一番早くひきこさんを見てしまったのは国見君ということになる。

「私のバカ!」

それに気づいた私は身を翻し、国見君達と別れた場所へと走って向う。後ろで岩泉が私を呼び止める声が聞こえたが、私は気にもとめずただひたすら走った。














昼休みに嵐のように俺の元に現れたその先輩はなぜか俺と金田一の体験したあの気味の悪い出来事を知っていて、それを解決してあげると言ってきた。あの時、正直精神的にかなり追い詰められていた俺達は初対面のその先輩の前で思わず泣いてしまうぐらい天から救いの手を差し出されたような気持ちだった。
本当に上手くいくのかとか、この人がそんなことできるような人に見えるか?とか、色々思うことはあったけどそれでもこの救いの手をとりたいと思ったし、心の底からありがたいとも思う。きっとこの人なら救ってくれる、大丈夫だって自分自身に言い聞かせる時間を過ごしながらついに作戦を決行する日になってしまった。
あいつが狙ってくるのは金田一の方だと聞いたときは金田一には悪いけど俺はかなりホッとしてしまった。いや、してしまうだろう。誰しもあんな状況だったら。でもそのせいか、どこか他人事のように思い始めていた俺。だから天罰が当たったのかもしれない。


──「国見ちゃん速く逃げて!」
──「くそっ、なんなんだよコイツ……っ」
──「国見は吉川ちゃんのとこ向かえ!」


視界が大雨のせいで見えにくいなか、己の片足を引きずりながら俺の前に現れたソイツ──ひきこさんに俺は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。金田一の方に現れると聞いていたひきこさんが俺の元に現れたショックとか、目も当てられないほど皮膚が爛れているその顔を直視してしまったこととか色んな気持ちが混じりあう。
そんな俺を見越して俺についていた先輩達が俺を逃がして囮になってくれた。俺の前に躊躇いもなく出てきた先輩達の背中を見て思う。あぁ、俺って仲間に恵まれてたんだなって。残された俺にできることはあの先輩を見つけてくることだけで、自分の無力さを嘆き、雨に打たれながらあの人を求めて走り出した。


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