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時間的に見たらまだ彼らはそう遠くへは行っていないと思うけど、もしもひきこさんが彼らの前に現れたとしたら走っていることは確実。だとしたら彼らはどこに逃げるのだろうか。及川達の性格から見るに、まず国見君のことを逃がして自分達が囮になるだろう。なら国見君も私達の方に向かってきている可能性がある。場合によってはすれ違ってしまうことも……。
さて、どうするか。金田一君は岩泉がついているから(物理的に)大丈夫だとして今国見君が一人だとしたら格好の餌食だ。
いよいよむやみやたらに動き回ることが出来なくなり始めた。ここで国見君と会うことができたら一番良いのだけれど……。まさかそんな都合の良いことは起こらないだろ──

「……っ、ぁ! 吉川先輩!!」

起こったーー! 都合の良いこと起こっちゃったよ!!


「国見君! 良かった…今探しに来てたの。及川達は?」
「お、れの代わりに…っ、囮になって……!」
「分かった。……国見君、悪いんだけど『もうひと踏ん張り』できるかな?」
「……え?」











「あいつ片足引きずってる癖に足はえーんだよ!」
「ちょっとマッキー後ろ見てる暇無いからね!?」
「そういう及川も無駄口叩かねぇで足動かせよ〜」
「まっつんのその余裕なに!?」


どうも及川徹です。可愛い後輩の為に囮になって走り回っている最中です。あんまり突き放すと国見ちゃんの所に行ってしまうかもしれないからギリギリ捕まらず離れすぎない距離を保って走っている。てか、まっつん冷静すぎ!
国見ちゃんは上手く吉川ちゃんと会えたかな。きっと吉川ちゃんのことだからこの異変に察知してくれているはず。普通に見えて実はかなり頭良いからね、あの子は。学力的なのもそうだけど頭の回転が速いんだよ。だから頼りになるんだ。
以前彼女が言っていた。「私に霊を祓うことはできないけど、身を守るために場を凌ぐことはできる」と。それが凄いことだと彼女は理解していない。自分は役に立たないと、誰かを救うことができないと悲観している。だけどそれは違う。現に俺は彼女に救ってもらったじゃないか。……俺はそんな吉川ちゃんになりたいよ。誰かを救える人になりたいな。頼ってばかりじゃなくて頼られる人に。俺の憧れはひそかに吉川ちゃんだったりする。

だってさ、ほら、


「及川!!」


今もこうして助けに来てくれる。










「及川!!」

国見君を連れて走り回った末に見つけた及川達の後ろには相変わらず見た目グロテスクなひきこさんが息を荒くしながらこちらに迫ってきている。いい感じに引き付けてくれていた及川達に感謝だねこれは。


「吉川ちゃ、」
「後は私と国見君に任せて。及川達は岩泉達と合流して及川の家で待機。てか、今日は及川の家に泊まってけよ!」


本来の目的である国見君が再び現れたことによってひきこさんの狙いが及川達から私達へと切り替わった。さっきまで走り回ってたからちょっと苦しいけどやりきって見せるよ。
国見君に手を引かれ、私達の目的の場所≠ワで急いで向かい始める。後ろから「気をつけて!」という及川達の声が聞こえたがもう構っていられないため反応せずに私達は走り出す。
傘を持つことも走るには最早邪魔でしかない。大量の水が服や靴に染み込んでいく不快感を堪えながら国見君と並んで走る。髪の毛から垂れてくる滴も鬱陶しい。それは国見君も同じらしく髪の毛から垂れる水が顔にかかる前に手で拭い取ろうとしている。

「国見君大丈夫?」
「先輩の方こそ平気なんですか!」
「もちろん!」

もうかなり走っている。国見君の体力を確認するが彼も伊達に運動部をやっている訳ではないようで、苦しそうな表情はしていたがまだ余裕はありそうだ。一見ポーカーフェイスのように見える彼もこんな状況になれば表情がころころと変わる。彼もちゃんと子供なんだ。

「こっち」

着いた先は普段私達が使っている駅。いつもなら人で賑わっているのに今日は人気が少ない。これもひきこさんの力なのか、それとも事件があったから出歩く人が少ないのか。原因は定かではないが人が少ないのなら好都合。国見君を引っ張り、Suicaを使い改札機を抜ける。国見君が普段Suicaを使っていることは既に調査済み。そして階段を降り、丁度今発車しようとしていた電車に二人でぎりぎり滑り込んだ。

「ひきこさんは…」

私が閉まった電車の扉の窓から外を見るとひきこさんが丁度階段を降り、こちらに近づいて来ている所だった。そしてドンッという音と共に窓に顔を押し付け、ジッ…と私達を見つめてくる。隣にいる国見君が息を呑むのが分かったがここまでくればもう大丈夫。
やはり人のいない車両のガラガラに空いた席に国見君と一緒に座ると電車が発車しだした。ゆっくりと進み出す電車に着いてこようとひきこさんも動くがその内スピードに追い付けなくなったのかその姿は窓から見えなくなった。




「はぁ…疲れた……」
「お疲れ様、国見君。こんなところまで連れてきちゃってごめんね。協力してくれてありがとう」
「いえ、むしろ俺が解決して貰った側なんですから。…ありがとうございました」
「どーいたしまして」

さて、乗ったは良いがこの電車はどこに行くのだろうか。ひきこさんとは違う別の意味の怖さに襲われるがもうここまできたらいい思い出の一つにしてしまおう。やりきった…という達成感と脱力感がどっと押し寄せてくる。



「あの、ひきこさんって結局なんなんですか」
「……ひきこさんはね、生きていた時に周りから酷いいじめを受けていたらしいの。そのいじめに対する恨みから子供を捕まえて引きずりまわしているんだって。私も本で見ただけだから本当にそうだったのかはしらないけど。そもそもひきこさんが生きていた人間だったのかも分からない。私達人が怖いもの見たさで作り上げた噂とかが纏まってああいう都市伝説とかを作ったのかもしれない。……まあ、どっちにしろ一番怖いのは人間だよねって話になっちゃうんだけどさ」



濡れた足をパタパタさせながらそう言うと、国見君は無言になってしまった。今更こんなことを言い出したって都市伝説が消えるわけではない。人が作り出したものが人を消していくだなんてどんな皮肉だよって話だよ。


「人を不幸にさせるのは人だけどさ、同時に人を幸せにできるのも人な訳だ。難しいんだよね生きるって。自分と同じ人なんて生まれないし、完全に分かり合える人もいない。でも国見君はそんな中であんなに良い人達と巡り会えたことに今は感謝するだけでいいと思うよ」


俯く国見君の顔を覗きこんで微笑みながら言うと、国見君は少し目を見開いてから私に「はい」と笑い返した。

「……!」

彼が笑うところを私は初めてみた。今、私は国見君を幸せにすることができたのかな。それは分からないけど、私にできることは全てやりとげた。


「あ、『────』」

ふいに窓の外を見た国見君の口から漏れでた言葉。
その言葉に私は思わず笑ってしまった。


人が人を不幸にするというのなら、私は人を幸せにしたい。それが偽善だと言われようとも私が思っていることに嘘偽りが無いのは私がよく分かっている。それで充分。
だって偽善だろうとなんだろうと相手が笑ってくれるだけでこんなにも幸せな気持ちになれるんだもの。ほんと、今までのうじうじしてた自分が馬鹿らしいや。



──あ、晴れてる

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