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「おはようございます、吉川先輩」
「おはようございます!」
「あ、国見君に金田一君。二人ともおはよう」


あの日、国見君を連れて行く先も分からない電車に乗った後、なんとか二人の知恵を絞りに絞って私達は私達の住んでいる町に戻ってきた。空は今までのどしゃ降りが嘘だったのかと言いたくなるほどの、雲ひとつ無い晴天。国見君と二人で及川の家に向かうと、家の中からは今にも泣き出してしまいそうなくらい目に涙を溜めた及川が飛び出して私達に飛び付いた。

──『ありがとう…っ! 吉川ちゃん……ありがとう……ッ!!』

及川は何度も何度も「ありがとう」と、私の耳元で呟く。むず痒い気分になったけどそんな及川の後ろで岩泉とマッキーとまっつんがやれやれ、といったように呆れていたがその姿もどこかホッとしているように見えた。まあ、自分の後輩の安否を知らない状態で待機させられてたらそうもなるだろうけど。ちなみに金田一君は国見君の横で「無事だよな!? 怪我とかねぇよな!?」と叫んでいた。
疲れきっていた私はその場で皆に別れを告げ、寄り道せずに家へと真っ直ぐに帰った。まだ周りの人達から事件の恐怖が無くなったわけではないが、ここ宮城であの事件が起こることはしばらくの間無いだろう。そんなこんなで迎えた翌日。
下駄箱の所で偶然会った国見君と金田一君が私に挨拶をしてきたため、私も笑顔で挨拶をし返した。本来ならこの時間帯に会うはずないのだが、事件の影響で朝練が無くなったからこの時間帯での登校らしい。だが無くなっていた部活も今日の放課後からはまた普段通りに始まるそうだ。ま、帰宅部の私には関係ないけどね。


「……そういえば俺ちょっと気になってたんですけど、吉川先輩と及川先輩って付き合ってるんですか?」
「…はあ!?」


全く躊躇わずに放たれた国見君の言葉に思わず声を荒げてしまう。


「私と及川が?? いや、ないでしょ。ないないないないありえない。そもそも及川とは、」
「とりあえず付き合ってないことはわかったので落ち着いてください。俺が悪かったです」
「おい国見……お前そんな女子がするような話って好きだったか?」
「いやむしろ嫌い。でもちょっと確認したかっただけだから。これで吉川先輩と恋ばなしよーきゃっきゃうふふ〜とか考えてないから安心しろ」
「なんか国見君がきゃっきゃうふふとか意外すぎるんだけど。てか似合わなすぎる!!」


いつもよりちょっと騒がしい朝。





国見君と金田一君とは玄関で別れ、私は教室へと向かう。私が登校する時間はわりと遅い方。だから教室に入ると大体の人は既に登校している。どうやら今日はその中に及川も含まれていたようだ。


「あっ、吉川ちゃん! おっはよー!」
「朝からテンション高すぎ。おはよう、及川」
「……」
「え、なに、どうしたのさ」


私が返事を返した途端に目を丸くして黙りこくってしまう及川。急に一変した態度に私は慌ててしまった。


「いや…なんか、今までだったら軽くあしらわれたりとかスルーされたりとか関わるなオーラ全開にされたりとか、そんな感じだったから……。
だから、素直に『おはよう』って言われたのがなんだか嬉しくて…」
「……そういえば、まともに返したこと無かった気がする…。なんかごめん」
「全然大丈夫。今挨拶してくれたことがすっごく嬉しいからさ!!」


そう言って及川は笑顔を浮かべた。前までだったらこの姿を見るのが嫌で嫌で仕方がなかったのに、今では笑ってくれることが嬉しい。自分でさえも自分の変わりように驚く。私も変われたってことかな。及川達のお陰で。


「あ、そうだ吉川ちゃん。来週さ烏野っていう所と練習試合するんだけど見に来ない?」
「練習試合…? あぁ、そういえばバレー部だったね。色々ありすぎて忘れてたよ」
「そっ、そうだね……。まあ、それで? 暇だったら見に来てよ」


少し悩み、来週の何日?と聞くとその日は委員会があるのを思いだし、首を横に振る。


「ごめん、その日委員会だ」
「終わってからでも見に来てよ」
「そんなに来て欲しいの?」
「うん」
「じゃあいくかー」
「やった! 俺頑張っちゃう 待ってるね!」
「へいへい」


だが、そんな及川がその日の放課後の部活で足を捻挫したことを翌日知った私は本人の前で涙を流すくらい盛大に笑ってやったとさ。そんときの及川は恥ずかしさで顔を真っ赤にしていたが、反論もできないため食い縛ることしかできなかったようだ。あ、でもマッキーやまっつん達にも誘われたから行くっちゃ行くよ。
あの一件以来無駄にバレー部の連中と仲良くなってしまった。悪い気はしない。多少女子の視線が刺さるようになったが、普段、私が及川と話す時の冷めた様子を見た女子達は『アイツは大丈夫』と上手く容認してくれたらしくこれといった影響は無かった。けど、一緒にご飯を食べるときとかは見られないようにはしている。

「……変わったな」


自分が、日常が、全てが。

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