2

「──以上で終わります。次回は◯◯日に行います。ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」


委員会を終え、約束通り私はバレー部の居る体育館へと向かう。もうこの時間だと烏野高校は来ている時間かな。ちなみに肝心の及川は病院で足を検査してもらってから来るそうだ。あんなにカッコいい所を私に見せるんだって息巻いていたのに……なんか可哀想だな。


「……あの、すみません」
「ぅおっ!?」


考えながら歩いていたらいつの間にか私の隣に黒のジャージを着た眼鏡美女がいた。髪の毛に艶があって、それにどこか色っぽい。本当に絶世の美女っているんだなぁ。
黒のジャージには『烏野』と書かれており、この美女は烏野のバレー部マネージャーだと悟る。それにしてもそんな人が一体私になんの用だろう。


「は、はい、なんですか?」
「水道の場所を教えて貰えませんか? 場所分からなくて迷っちゃって…」
「分かりました。こっちですよ」
「ありがとうございます!」


良かった、というように微笑んだ彼女の笑顔の綺麗さに思わず息をのむ。女の私ですらこんな状態なのにこれが男だったらどんなことになっていただろうか。青城の男子ってちょっとチャラい人が多いから、この人と会ったのが私で良かった。私は彼女の前を先導して水道まで案内する。

「私、3年の清水潔子です」
「私も3年です。 吉川納豆っていいます」

清水さんは…と声をかけると「潔子でいいよ」と言われたので潔子ちゃんと呼ぶことにした。ついでに私も下の名前で呼んでね、と微笑むと潔子ちゃんは嬉しそうに笑った。水道に着き、お礼を言いながら仕事を始める潔子ちゃんをじっと見ながら私は傍で立ちつくす。


「納豆ちゃんは戻らないの?」
「潔子ちゃん可愛いから。ここから体育館戻るまでに青城の男子に捕まったら大変でしょ? 送るよ。私も丁度バレー部の友達に練習試合見に来ないかって誘われてたから」
「そっか、ありがとう。でも納豆ちゃんの方が可愛いと思うな。……ってあれ、なんで私がバレー部だって…」


不思議そうに首をかしげる潔子ちゃんが可愛いっ、なんて馬鹿なことを考えていたら潔子ちゃんに頭をチョップされてしまった。まさか潔子ちゃんは心の中をよめるのか…? いや、まさかまさか。


「あ、終わった? じゃあ行こっか」
「うん。ありがとう」


潔子ちゃんと並んで今度は体育館に向かおうとしたその時。


「ねぇ納豆ちゃん、ちょっと相談にのってくれない?」
「相談…?」

いきなり切り出されたその言葉に私は間違いがないか潔子ちゃんに確認してしまった。その問いかけに潔子ちゃんは間違いないと言いたげな表情で首を縦に振った。会って間もない私にする相談とは一体なんなのだろう。見た感じ潔子ちゃんはあまり本音をぶちまけるような子じゃないから相談するとなるとかなり困っていることなのか。


「あの…もしかしたら馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないんだけど……」
「人の相談をそんな風には思わないよ」
「ありがとう。じゃあ話すね。あ、でも相談って言っても聞きたいことって言う方が正しいかも」
「うん、なんでも聞いてよ」


私がそう言うと、潔子ちゃんはほんの少し口に出すのを躊躇うかのように視線を游がせた後、ゆっくりとその重たい口を開いた。


「あのさ、青城ここの体育館の入り口にずっと立って中をじっと見てるお爺さんって誰か分かる?」


ピタリと急に足を止めた潔子ちゃんが指を指した先には体育館の入り口に立ち、不自然な位に体育館の中を見つめているお爺さんがいた。

「えっ」

驚いた。
今の私の心境を表すのならこの言葉が一番しっくり当てはまるだろう。何故なら、あそこに立っているお爺さんは……もう既にこの世には存在しない人だからだ。
私がこの青城に入学した時からずっとこのお爺さんはここに立って体育館の中を見ていた。それが体育の時間でも部活の時間でも誰もいない無人の時間でも。365日24時間。
なぜそこにいるのかは私でも分からない。誰かを見守っているにしたって居すぎだろう。
もし、誰かを見守っているとしたら最低でも約3年間はいるということになる。だとしたら誰のことを? 青城の人間であることは確実なんだろうけど。


「最初ここに来たときも驚いたんだけど、誰もあのお爺さんに挨拶もしないし素通りしていたから何だか違和感を感じちゃって…。もしかしたら皆見えてないんじゃ、とか」
「……うん、そりゃ見えないだろうね」


私の言葉に潔子ちゃんは目を見開きながら「何で?」と、弱々しく尋ねてきた。恐らく大体のことは察しがついたんだろうけど確認はしておきたいんだと思う。だから私は迷いもせずありのままのを話した。


「あれは幽霊だからね。霊感が無い人は見えないよ」
「え、幽霊って…じゃあなんで私、」
「多少なりとも霊感があるからだろうね。私も小さい頃から霊関係で悩まされてきたんだ。色んな意味でこれからよろしく」


私は意味ありげに笑った。





「特にこっちから関わらなければ害は無いはずだから大丈夫だよ」
「そ、そっか……ならちょっと安心。でも気になって試合中にちょこちょこ見ちゃうかも」
「あんまり反応示すと面倒なことになるかもだから気をつけてね」
「分かった。話聞いてくれてありがとう」
「どういたしまして」


潔子ちゃんは手を振りながら体育館の中に入っていった。……ちょっとあのお爺さんを避けながらだったけど。潔子ちゃん可愛かったな〜。あ、そういえば私も試合見にきたんだっけ。ギャラリー行かなきゃなぁ。来た道を戻るなんて面倒だな、なんて思いながら踵を返し、ギャラリーへと繋がる階段に向かい始めた。
──実はその時、私の後ろであのお爺さんが今まで絶対に足を踏み入れてこなかった体育館の中に一歩、また一歩と入っていくことに私は気づいていなかった。

TOP