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「へぇ〜…バレーって結構楽しそー」

沢山のギャラリーが居るなか、私はその中でもあまり人気の無い場所を陣取りながらコートの中を行き来するボールを目で追っていた。応援しているのは勿論青城側だが、今私が目を奪われているのは烏野のあの一年コンビだ。あの速攻凄すぎ。めっちゃ速い。近くで見てみたいかも。
てか、マッキーとかまっつんとか国見君とか金田一君とかってレギュラーだったのか。初耳。及川は言わずもがな、岩泉はオーラがエースって感じだったから知ってたけど他は全く知らなかったな。皆うまいねぇ。
ちなみに今は第二セット終盤。第一セットは青城が取ったけど、第二セットは確実に烏野が青城を押していた。
そして烏野はその押せ押せの勢いで第二セットを奪い返し、第三セットへともつれ込んだ。
及川いつ来るの? 検査してからって…。どんだけ時間かかってんのさ。呼んだ本人が試合に出れなかったとかそういうことになったら私は笑うからね?
だが、そんな心配を余所に及川はいつにもましてイラッとくるような登場で現れた。及川が現れたときのギャラリーの女子の盛り上がりようは凄まじかった。本当に。耳が壊れるかと思ったよ。及川ってやっぱりモテるんだねぇ。…というよりはバレー部がモテるのか?

「あ、吉川ちゃんみっけ!」
「げっ……」

ギャラリーの女子達に目を配っていたからか、及川は私を見つけるなり指を指して大声で叫んだ。いつもあれだけ気を付けろと言っているのに。及川の学習能力は猿以下なの?
こんな風に私は思い付く限りの暴言を心の中で吐き続けていた。






「も〜、せっかく誘ったんだから上じゃなくて下で見れば良いのに!」
「駄目でしょ。バレー部じゃないんだから」
「臨時マネージャーとしてだったらOK!」
「臨時マネージャーになった覚えもない!」


ギャラリーから叫ぶ私と下から私に向かって叫ぶ及川という端から見た図はなんとも言えない不思議な光景であろう。
……ほら、周りの女の子も騒ぎ始めちゃったじゃん。


「え、あれ及川さんの彼女さん…!?」
「いやーッ、私達の及川さんなのにー!」


いやいやいや彼女じゃありませんから。……あのね、君達が及川に対してどんな感情を抱いているのかとか私にとっては心底どうでも良いことだけどね? 私に対抗心を燃やすのは止めてくれよ。
騒ぎ始めた女の子の中には過激派もいるようで、隙あらば私のもとに向かってきそうな勢いだ。あの生き霊事件以来、少し大人しくなってたように感じたけど反省してないのかな及川は。


「とーにーかーくー!……こっちおいでよ、吉川ちゃん」
「いや、無駄に良い声で言うなし」


結果、下に戻りました。






「「吉川ちゃ〜ん」」


体育館の入り口付近でマッキーとまっつんが既に待ち伏せしていたらしく、私が降りてきた途端にジリジリ…と私に迫ってきた。それは不審者の挙動にそっくりで、私はつい及川にやるような冷たい視線を二人に投げ掛けてしまった。だがマッキーとまっつんはなぜか嬉しそうな表情をしてお互いの顔を見合わせた。


「え、なんでそんな嬉しそうなの」
「いや〜だってさ、あのひきこさん事件からあんまり関わること無かったじゃん? だからこうやって悪ノリしたときに反応してくれるのが嬉しくてさ〜つい?」
「まあ、つまりはあの日だけの関係にならなくて良かったーてきな? だよな、花さんや?」
「だよな、松さんや」
「……もしかして私と仲良くなりたいの?」


二人の言った言葉から考えて出た結果を口にだして二人に問うと、まるでビシッと空気に亀裂が入ったかのような音と共に固まった。


「なんてゆーか……吉川ちゃんって……」
「素直っていうか……天然っつーか……」
「え? だってそういうことだよね?」


歯切れの悪い二人にトドメを刺すように、私は再び確認をとるかの如く同じ事を念を押しながら問いかけた。なにも意地悪しているわけじゃない。私と仲良くするということは=霊関係に巻き込まれやすくなるということ。だからここで印象を悪くしておけば嫌な人は離れていけるじゃない。
だけどこの二人は────





「お前らァ! 烏野さん待たせてんだから速く来い!」
「うおっ」

まっつんとマッキーが答えようとして口を開いたその時、後ろからバレー部のコーチである溝口先生の怒声が私達の間に流れていた独特の空気を断ち切った。

「やっべ、吉川ちゃんも速く行こうぜ!」
「……あ、うん」

できれば先に答えを聞いておきたかっただなんて、こんなことを思ってしまうのは少々欲張りなのか。彼らが出した答えは何なのかまだ分からないけれど、私に対してこんなにも優しく微笑んでくれるなら彼らの答えは言わずもがな少なからず伝わっていた。
だけど、それを改めて彼らの口からちゃんと聞きたいと思う私は本当の欲張りなんだろうな。




及川がアップから戻ってきた。そのせいで落ち着いていたギャラリーは再びその活気を取り戻してしまう。
応援が悪いこととは言わないけれど、過度な応援は選手に毒というもの。現に口には出さないが及川以外の選手は「うぜえ…」くらいには思っているだろう。私だったらぶちギレてる。
及川も及川で満更でも無さそうだし。あんなんだから手頃な生き霊にとり憑かれるんでしょ?※ 愛憎の乙女よ 参照


「よっしかわちゃーん! 待たせちゃったね、ごめんごめんっ!」
「よっしゃぶっ飛ばす」
「えっ」
「許す」
「えっ」
「サンキュー岩泉」
「えっっ」


謝りながら登場してきた及川に軽く怒りが湧き、思わずぶっ飛ばすと言ってしまったが、それにすかさずコートの中にいる岩泉が許可をしてくれた。それを好機と言わんばかりに拳を構えると及川は顔を青くして私から距離をとった。


「ぼ、暴力はよくない!」
「……確かに」
「だよね!? 吉川ちゃんなら落ち着いて考えれば分かるはずだよ!!」
「うーむ」


とりあえず一度考え直し、及川の意見を聞くことにして振り上げた拳を下ろした。


「よ、良かったぁ」
「とりあえず及川は行ってきたら?」


クイッと親指でコートを指すと及川は「やっべ」という様子で急いでコートに向かっていった。余計なことで烏野の人を待たせてしまったなと自分の行動を後悔していると烏野側のベンチに座っている潔子ちゃんが視界に映った。
反射的に潔子ちゃんに向かって手を振ると、返ってきたのは、手を振り返される行為ではなくて何やら焦っているような表情。潔子ちゃんの恐怖すらも混じっているように見える瞳が見ている方向にいたのは私ではなく──

「え、なんでッ!?」

体育館の入り口に居た筈のお爺さんがコートに近づいている所だった。

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