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お手伝い、ということで私もゴールデンウィーク中はこの合宿所に泊まることになっている。そのせいでたった今、研磨君が尋常じゃないほど魘されだし音駒の人達が騒ぎだした音で私も起きてしまった。部屋が近いわけじゃないから余程うるさく騒がない限りは私までおきることは無いのだが、起きてしまったということはかなりのパニックになっていたということだろう。
ほっとこうにもほっとけなくて、様子を見に行ったらこの有り様。予想外では無かった。むしろ想定内の範囲。私のような厄介事ホイホイ人間がいるところで何も起こらないとか逆に珍しいことだし。因みに音駒の人達は研磨君に集中しすぎて私が来たことに気づいていないようだ。音駒の主将さん……黒尾さんは研磨君を叩き起こそうとしているが研磨君はただ魘されているだけで起きる様子は全く見えない。
まあ、それもそのはず。今の研磨君を普通の人が起こすことはできないのだから。
研磨君に初めて会った時に感じたあの恐怖の正体はこれだった。この部屋全体を包み込むようなドス黒いオーラは『見える人』には気味が悪くてしょうがないだろう。『見える人』には少し気分を悪くする程度だと思うが……このオーラの中心にいる研磨君にはかなりの負担がかかっているはずだ。
早く彼を起こさなければ大変なことになる。

「……どうなさいましたか?」

入り口の近くにいた音駒の人に問い掛けるとその人は真っ青な顔で「研磨さんがいきなり魘されだして…どんなに起こそうとしても起きないんです」と答えてくれた。
研磨君には色々聞かなきゃならないことがあるけど、とりあえず……起こしてあげるか。

「ちょっと良いですか」
「ぁ、吉川さん……」

夕飯の時に私の名前は皆さんに伝えていたからか、私がずんずんと部屋の真ん中にいる研磨君と黒尾さんの所まで進んでいくと他の人達が私の存在に気づきボソリと私の名前を呟いた。第三者の加入により周りの人達は少し落ち着いたらしい。だけど未だに研磨君を起こそうとしている黒尾さんはこんなに近くにいるのにまだ私のことに気づいていない。余程研磨君のことが心配なのか。
ならば急ごう、と魘されている研磨君の横に座り込む。

「お、お姉サン……?」

そこでようやく私に気づいた黒尾さん。
私は黒尾さんの呼び掛けを無視し、研磨君の額に手を乗せる。そして研磨君の耳元に顔を近づけこう呟いた。


「おはよう、研磨君」


──と。



どこか芯のあるような、聞いていて心が揺さぶられるような、そんな声がこの一室の中に溶け込むようにして消えていった。




「…………ぅッ……ぁ、……クロ?」
「研磨!!」

研磨君は少し唸った直後にうっすらと瞼を開き、長い長い睡眠から抜け出した。幸いすぐに目を覚ますことができたので、黒尾さん達に変な不安を与えずに済んだようだ。この後きっと彼らに質問攻めに合うんだろうけど、とりあえず目の前の障害物を越えることができたのでまあ良しとしよう。
「おはよう」なんて言ったけど実はまだ夜中だったりする。本来ならここで私は退散してこの人達を寝かしつけたほうが良いんだろうけど、研磨君はもう眠れないだろうし他の人達もある意味興奮しきっているので、今日はオール確定か。…ま、一息つくことにしよう。夜はまだまだ長いのだから。


「研磨君お目覚めの気分はどうかな?」
「…………さいあく、です」


ため息をつきながらそう言った研磨君はどこか小動物感で溢れていて、思わずふふっと笑ってしまった。
いつの間にかタメ口で話していたことに気づき慌てて口調を直そうとしたが音駒の人達がそのままで良いよ、と言ってくれたので素で話していこうと思う。


「あーえっとまず私にも色々聞きたいことがあると思うけど先に研磨君に質問させてくれるかな?」
「えっ……おれ?」
「おー好きなだけしてもいいぜーお姉サン」
「ちょっ、クロ…」
「こんな大事なことずっと俺に黙ってた罰だ」
「……」


黒尾さんと研磨君は所謂幼馴染みというやつらしく、それを教えてくれた時の黒尾さんが研磨君にうざ絡みした時の研磨君の渋い顔といったら思い出すだけで涙がでそうだ。


「ごほんっ! じゃあまず一つ目。いつからあんな風に魘されるようになったのかな? 今のところその原因は研磨君の『夢』じゃないかなって思ってるんだけど……」
「ぇ、あ、……うん。大体二週間くらい前から……だった気がする。吉川さんの言うとおり、多分原因は夢だと思う……」
「『怖い夢』ってのは時々みっけどそんな魘されるもんなのか? それも二週間続けてとか。研磨、お前どんな夢みてんだよ」
「…………追いかけられる、夢」
「追いかけられるって何にだよ」
「わからない…。でも、本能的に『捕まったら駄目だ』って思う」

研磨君がすっと息を吐く。


「それに、夢が終わらないんだよ……」


そして研磨君から告げられた空白の二週間の夢は、一回では理解し難いような奇っ怪なものだった。


「はあ? 夢が終わらない?」


研磨君の言った言葉を素っ頓狂な声で繰り返した2年生の山本君。彼は女性に対しての免疫が無いらしく喋りかけるのも喋りかけられるのもどちらもまだ無理なようだ。だから私がお出迎えをしたときも遠くから見つめてくるだけだったのかと、納得した。基本的に女性に対してだけなので私と話すときとは一変して研磨君に問い掛ける声は山本君の素の状態だった。


「……始めは、ちょっと怖い夢を見たなって感じだった。でも次の日の夜、その夢の続きを見た」
「次の日も……?」


夜久さんが怪訝そうに顔を歪める。


「俺も、最初は単なる偶然だって思ってた……でも、その次の日もその次の日も……同じ夢を見ては前の日の夢の続きを見る……。自分がどこを走ってるのとか追ってきているのは誰なのかとかそういうのも分からない。ただひたすら暗い空間の中で得たいの知れない者と追っかけっこを繰り返してる。日に日に追いかけてくる人のスピードも速くなってきてるし、夢を見る時間も長くなってきてるし……。いつか、夢の中から出られなくなるんじゃないか、永遠に夢の中で同じ事を繰り返すんじゃないのかなって思うともう全部夢なんじゃないの?って思う。だから、最近じゃあ夢と現実の区別もつかなくて……!」


私のイメージでしか無いが、研磨君は普段日常生活で「疲れた」などの言葉はすぐに口にするタイプではないかと思う。だけど今回のように黙っている時は誰にも対処することができないと知っているんだと思う。だからこそ、周りの人達が心配しないように振る舞う。顔にも出さず、ひたすら胸の内に秘めるのだ。
ある意味国見君の進化版なのかもしれない。


「なーるほど……。まあ、勘づいてるかもしれないけど研磨君、夢の中で君がその『追いかけて来ている人』に捕まったら終わりだよ。もう一生夢から覚めることはできない」
「な、なに言うんだよお姉サン。こんなの単なる夢だろ?」
「うん、勿論夢だよ。……それも最悪の夢」
「じゃあ研磨さんはどうしたらいいんですか!?」


今まで黙っていた1年生の犬岡君と芝山君が今にも泣きそうになりながら私に問い詰めてきた。こんなときに不謹慎だけどめっっちゃ可愛いんですけど。てか音駒可愛い人多くない? 青城は可愛い人少ないよ? 切実に一人くらい分けてほしい。


「なんとかならなくもないと思うんだけど……」
「だけど?」
「ちょっと今回は『お父さん』に確認してみないとだ」


父=最強の助っ人ってね!






<追加設定>

吉川ちゃんパパ 納豆と同じく小さい頃から霊媒体質で苦労してきた。だが幼い頃の幽霊対策が今の納豆にも効いているらしく、納豆が自分で対処しきれないと思ったときにいつも手助けしてくれる優しいパパさん。

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