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「お父さん?」
「あー……私の家族ってさ皆霊感が強くて小さい頃からそういう類いの厄介事に巻き込まれやすくて。人生のセンパイとしてもよく助けて貰ってるんだよね」
「霊感? え、なに、つまりお姉サンって幽霊的なやつが見えるってこと?」
「そういうこと。信じられないと思うけど本当だからね。無理に信じろとは言わないけど」


黒尾さんは半信半疑なのかさっきから本気なのか本気じゃないのか話の合間に挟み挟み聞いてくる。今回の研磨君の件は幽霊とは別物なので確かに信憑性に欠けるのはわかる。普通はこんなこと簡単に信じてもらえない事だって。青城は及川達が特殊だったんだ。そもそもあの時だって岩泉が居たから冗談じゃないって信じてもらえた訳だし。私自身が信じてもらえたわけじゃない。でも良いんだ。あの時はあの時。今はこんなにも信頼できる友達がいる。
──過去の苦い思い出なんて捨て去って、今ある幸せだけを噛み締めろ。


「俺は、信じるよ」
「研磨……」
「だってさっきまで俺があの夢の中から抜け出せずに居たときも、そこは暗い空間だったはずなのに、急に暗闇が散るように無くなって……起きたら吉川…さんがいた。いつ終わるのか分からない夢だけど、明らかにいつもより速く起きれた。多分、吉川さんのおかげ」


そう言って研磨君は笑っているともとれるような表情で私をみた。研磨君はきっと賢い。だから自分に起こっていることが非現実的だということも早々に気づいていた。そんな人から素直に感謝されるとなんだか照れてしまう。自分が認められたような、そんな気がするんだ。


「信じてくれてありがとう、研磨君」
「あ、いや、別に。……助けて貰ったから」
「あなたを抱き締めても良いですか」
「えっ」


あまりの可愛さに真顔で手を広げると研磨君は肩をビクつかせ縮こまってしまった。それもまた可愛い。小動物かな? 猫ちゃんかな?


「あー分かった。俺もお姉サンを信じるよ」
「あら、無理しなくても良いんですよ?」
「なんかムカつくなその言い方……。別に無理なんかしてねーよ。あの人見知りの研磨が信じるっつってんだ。俺も信じるしかねーだろ」


不思議な事に、その時の黒尾さんの姿が一瞬及川と重なって見えた。










「もしもしお父さん?」
『お、納豆か。どうした?』
「一年くらい前にさ、お父さんへの依頼で寝たっきり起きなくなっちゃった人いたでしょ」
『あ〜高橋さんとこの息子さんだな』
「そうそう。その時ってさどうやって対処したの?」
『…………いるのか、そっちに』


陽気だったお父さんの声が一変し、背筋がゾクッとするような低い声になった。見えていなくても今電話の向こうでお父さんがどんな顔をしているのか容易に予想がつく。
──……一年前、私の家にある一家の夫婦が訪れてきた。その夫婦はお父さんの知り合いらしく、家にくるなりリビングに通され、お父さんが真剣になってその夫婦の話を聞いているのを見たことがある。こういうことは何度かあった為、きっとまた霊関係のことなんだろうなと思って幼い頃の私は立ち聞きしていた。どうやらその夫婦の息子さんは数日前から昏睡状態に陥っており、病院に連れていったが原因不明で今も眠っているという。これだけだったらなにも霊関係と結びつけなくてもいいんじゃないかと思うのだが、その息子さんは昏睡状態に陥るより前にその夫婦に向かってこう言ったそうだ。


──『もし、もしも俺になにかあったら母さん達の知り合いの吉川さんとこに訪ねてみて。アイツはもう、そこまできてるんだ……!』


どうしてその時点でなにもしてやらなかったんだろう、そう言って母親の方は泣き出してしまった。当時の私はその母親の泣いている姿がやけに頭から離れなくて、夜も眠れなかった覚えがある。
だけど夫婦が相談に来てから三日程経った頃、学校から帰ってくると家の前であの夫婦とその息子さんらしき人の三人がお父さんに頭を下げてお礼を言っているのを目撃した。どうやら解決したらしい。どうやったのかは全くわからなかったけど。
その日の夜、私はお父さんにこう言ったんだ。

「退治できて良かったね! さすがお父さん!」

だけどお父さんは暗い顔をして私の頭を撫でながら寂しそうに呟いた。

「アイツは消えないよ。一生ね」

『消えないよ』
あの時の言葉の意味はこういうことだったのか。これは人の中を転々と移動して生き続けるモノ。どんな人にも完全に消すことはできない、太刀の悪いものなんだ。


『いいか納豆、それを退治するには退治する側……つまり納豆の介入が必要不可欠なんだ』
「私の介入……?」


『納豆が夢の中に入るんだ』


ゴクリ。
情けなくも私の喉が鳴ってしまった。



「ゆ、夢の中に入る??」
「そうらしいよ」
「そんなことできんのかよ……」
「やったことはないけど極端に霊感の強い人だったらできるみたい。実際お父さんもそうしたらしいしね。やるしかない」


お父さんから告げられた方法を黒尾さん達に話すととても驚かれた。私自身試したことがないから上手くいくかは分からないが、お父さんができると言っていたのだからできるだろう。夢に入るだなんて方法、私も今日初めて聞いたから普段から霊と関係ない彼らがピンとこなくても仕方がない。だけどもう、やるしかない。

「…………無理するんじゃねぇぞ」

黒尾さんの呟くような小さな声が私の耳に届いた。その労りの言葉がなぜか面白くて、普段言いそうにない言葉がこの人から出ているんだと思うと笑いを隠すことはできなかった。


「なんで笑ってんだよ」
「いやぁ…ちょっとキャラじゃないなって……」
「失礼だなおい」
「ごーめんごめん。……ま、でも──」


「遠慮すんなって言ったのは、そっちでしょ」


ここにいる筈のない彼らの姿が、今この場にいる彼らに重なってみえてしまったんだ。





「じゃあ研磨君、心の準備はいいかな」
「…うん」
「それじゃあ……寝てください!!」


ずっと起きていたせいか眠たそうにウトウトしている研磨君を部屋の中央に敷いてある布団に誘導させる。あ、決してここから不純なことが始まる訳じゃないからね? 勘違いしないでね。
研磨君を寝かしつけ、彼がその『悪い夢』を再び見始めるまで待つ。


「なあ、これってお姉サンしか夢の中に入れねえの?」
「え、なんで?」
「いやできるならお姉サンだけじゃなくて俺も研磨の夢の中に入りてえなって思ってさ」
「どうして?」
「……研磨が悩んでることに気づけなかったからだよ。コイツがそういうことを素直に口に出すタイプじゃねえってことは分かってた。けど、結局は頭で分かってただけで研磨を支えられてた訳じゃ無かったんだって。幼なじみなんだから言えよって叱りてぇ気持ちもあるけど多分それは俺のためなんだよな。巻き込まないようにって研磨は思ってたんだと思う」
「……なるほどね」
「だから、そんなバカで不器用なアイツを助けてぇって思ったんだ。……なんか悪ぃかよ」


研磨君も黒尾さんもどっちも尊敬しちゃうよ。お互いにお互いを考えてここまでできちゃうなんて羨ましい。


「……だったらここで待っててあげてよ。私が必ず研磨君を助けるから。

それが終わったら存分に叱ってやってよ」



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