2

交換制度で入れ替わった生徒はその日の授業を体験して感じたことやここが良いと思ったこと、逆に悪いなと思ったことを事前に渡されていた専用の紙に記入しなければならない。その感想が今後に適用されることもあるらしく、結構真面目に書かなければならないのだ。そもそもこの交換制度に選ばれる生徒は授業態度が真面目だったり、成績優秀だったり、周りと溶け込みやすい人だったりと真面目に取り組める人を中心にしている。つまりは、それに選ばれてしまったからには最後までやり遂げないといけないという訳だ。
まあ、そんなことは置いといて。
一時間目のレベルの高い数学の授業を終えた私はノートの隅に軽く数学の授業をやっての感想をメモした。これを毎時間続け、最後にまとめて記入しようと考えている。
ところで隣の牛島くんのことなのだが、彼は私に「牛若野郎」と言われた後顔をしかめるという反応をしてから私の方を一切見ようとはしなかった。授業が始まるからということも関係しているのだろうが、それだけではなくあからさまに避けているようにもとれるその行動に私は疑問を覚えつつあった。
そもそも及川はどうしてそんなにこの牛島くんのことを毛嫌いしているのだろうか。見る限りとても誠実そうな真っ直ぐな人でむしろ好感が持てるのだが。これに関してはきっといくら考えても答えに辿り着きそうにないので考えるのは止めにしておこう。及川本人に聞くのも野暮というもの。


「ね、ねえ……牛島くん?」
「……なんだ」
「牛島くんは及川と知り合いだったりする?」


10分間の休憩時間が訪れたというのに私達の間には沈黙しかなく、耐えかねた私は意を決して彼に問いかけた。ここのバレー部はIHで青城と当たったのだから知っていて当然なんだけどね……。
普段は全くと言って良いほどしない無理矢理な笑みを繕って牛島くんを見つめると、彼は目付きの悪いその目をさらに鋭く細め、射抜くようにして私を見下ろす。

「お前は及川と知り合いなのか」
「え、うん。知り合い……いや、『友達』だよ」

質問に質問で返されたことに戸惑いつつも答えると、牛島くんは少し悩んだ素振りを見せた後に口を開いた。


「俺は及川に嫌われているのだろうか」
「……はい?」
「そして俺は恐らくお前を知っている」
「……はあ?」
「昼休憩の時にもう一度話そう。お前を紹介したい奴等がいる」


急な相談とカミングアウトに私は間抜けにも開いた口を閉じるまでに時間が掛かってしまった。






そしてやってきた昼休憩。無駄に緊張して過ごしていた私は昼休憩になると同時に横目で隣の牛島くんをチラリと盗み見た。牛島くんは四時間目の国語の授業で使った教科書やらノートやらを机にしまっているところだった。
……私はどうしたらいいのだろう。昼休憩でご飯を食べ終わったら職員室に来るようにと言われている為、あまり遅くなってはいけない。しかし用があると分かっているのに居なくなるんなんて感じ悪く思えてしまうだろう。私は途方にくれ、とりあえず牛島くんから何かを切り出されるのを待つことにした。


「悪い、待たせたな」
「あ、いや、大丈夫!」
「食堂に行こう。いつもそこでアイツらと集まっているんだ」
「わ、分かった……」


牛島くんには覚られないように心の隅で安堵した。
その時、教室の後ろの扉がガラッと勢いよく開き、「若利くんまだぁー?」と赤髪の男が陽気な声で牛島くんの事を呼びながらひょっこりと扉から頭を覗かせた。

「あぁ、天童か」
「ヤッホー! …って、アララ……見たことのない女の子がいるね! どちらさま?」

牛島くんとは真逆のタイプといっても過言では無いその男はその大きな目をぱちくりとさせながら私と牛島くんの席に近づき、私をまじまじと上から下までしっかりと見たあとに私にそう問いかけてきた。
な、なんだろう……掴み所の無い人だ。


「吉川納豆、です。交換制度で青城から来ました」
「あーー!! あの面倒なヤツか! そういえば若利くんもセンセイからそれで声かけられてたよネ?」
「ああ。だが部活があるから断った」
「ウンウン! 若利くんはそうだよねー……。あ、それで吉川ちゃんだっけ? 俺は天童覚。ヨロシク!」
「…………よ、よろしく」


私は天童くんの勢いに若干引き気味になりながら頭を下げると、その様子に天童くんは満足したのか満面の笑みを浮かべて私を見た。彼はとても愛嬌のある人物のようだ。私はそんな風に笑うことは少ないからこの際彼の笑顔をこの一週間で参考にしてみようかな……。

「天童、吉川も一緒に連れていく」
「おっ! 若利くんってば珍しいことするね〜」

仏頂面の牛島くんに笑顔の絶えない天童くん。アンバランスなその光景に私は違和感を覚えるしか無かった。それでも私と居るときよりも饒舌になる牛島くんの様子に、やはりこの二人は仲が良いのだと改めてそう思った。






「それにしても吉川ちゃんはクール美人ちゃんだねぇ! 部活には野郎しかいないから目の保養!!」
「……あぁうん、ありがとう天童くん」


牛島くんを挟み、三人で横並びになって廊下を歩く。今は食堂に向かっているらしく、なんでも牛島くんの『紹介したい人』というのは男バレの人達らしい。どうして私に紹介したがっているのかは分からない。唯一の繋がりは及川だけなのに。
休む間もなく牛島くんの向こう側から喋りかけてくるハイテンションの天童くんについていけず若干引き気味になってしまう。
天童くんはなんというか、こう……掴み所がないというか。逆に手玉に取られそうでちょっと怖い。でもいい人には変わり無さそう。


「あっ! 英太くん達みっけ!」


話しているうちに着いた食堂では沢山の人で賑わっており、普段及川達と階段で弁当を食べている私は少し食堂の中に足を踏み入れることに戸惑ってしまう。
さすが県内最難関の高校というか。人の数もさながら建物も中の構想も一般校とは一味違う。
おぉ〜と、食堂の中を見回していると、『えいたくん』という人に駆け寄っていった天童くんが新しい顔触れを三人連れて戻ってきた。


「へー、こいつが及川の?」
「そうそう! 吉川納豆ちゃんだヨ!」
「まさかあの及川に……」
「まあ、想像はしてなかったよな」
「んもー!! 英太くんも隼人くんも獅音も及川及川言い過ぎだよっ。吉川ちゃんは吉川ちゃんなんだから!」


『えいたくん』『はやとくん』『れおん』
それが彼ら三人の名前なのだろう。だがしかし、なんとなく彼ら三人の言葉にどこか引っ掛かった。

『あの及川の』
……日本語とは難しい。それは身に染みてよく分かっている。だが、この言い方ではまるで私が及川と親密な関係のような言い草ではないか。現に、彼らは私を物珍しそうに見つめている。及川と深く関わるようになる前の及川といったら女癖の悪さが目についていた。それらから考えるともしかして彼らが言っているのは──


「いやぁーついに及川にも『彼女』か〜」


あー……はいはい、やっぱりね。


「あのー……何か誤解しているみたいなんですけど……」
「誤解? なにが?」


私がおずおずと口を開くと、私の言葉に天童くんが首を傾げる。天童くんのパッチリとした目がジッ…と私を見つめられていると心の中が筒抜けになったような感覚に襲われるため、中々慣れない。だけど、目をそらすのはわざとらしすぎるし、天童くんが悪いわけではないから私はヒヤヒヤしながらも天童くんの目を見つめ返していた。

「ウンウン、……吉川ちゃんはヤサシー子なんだね」

数秒間見つめあっていたら天童くんが満足そうに頷きながら満面の笑みを浮かべた。私はそんな天童くんの様子に混乱しながらも言わんとしていた言葉の続きを喋りはじめた。


「私、及川の彼女じゃないよ?」


彼らの目が少しずつ見開かれていき、最終的には目と口両方をかっぴらきながら「はああ!?」と、(牛島くん以外の人達が)叫び声をあげた。







今、授業の報告をしに職員室へと向かっている。
先ほど私は彼らの誤解を解くべく、及川とはあくまで友人関係だということを強く訴えていた。すると彼らは「え、でも及川…」や「だってアイツ俺達に…」と、意味深な事を次々と言い出した。純粋に戸惑いをみせる彼らの姿に私は顔をしかめ、「及川が何か言ったの?」と問いかけた。


「前のIHでウチの部員が及川をさ、あー…恋愛ネタっつーのか? それで弄ったんだよ。そしたら及川が『俺の側には吉川納豆ちゃんっていう大事な大事な女の子がいるんです〜!』ってキレてきたからよ……」
「だから俺達はてっきり吉川ちゃんが及川の彼女なんだとばかり思ってた!」


……これは帰ったら尋問だな。
とにかく彼女ではないということを何度も訴え、十回ほど言った辺りで彼らは「も、もうわかったからな!? 落ち着け!」と、興奮する私を必死に宥めだした。それから私達は昼御飯を食べ、職員室に行くからと彼らに別れを告げて今に至る。

本当、及川はなんのつもりなの。
むしろ嫌われてないみたいだからそれは嬉しいけど、そんな言い方するとまるで及川が私のこと好きみたいじゃん。今まで及川を取り巻いていた人達も及川が勘違いさせるような事を言って好きになった子も中にはいるのかも……。
私は及川のことを恋愛対象としては好きじゃない。これで好きになっちゃったらそれこそ他の女子と同じだ。他の女子と同じになっちゃったら、及川達は離れていってしまうのかもしれない。……それが怖いから私は及川を好きになれないのか。






「じゃあ午後の授業も頑張れよ、吉川!」
「はい」


職員室で先生に午前中の報告を済ませ、私は職員室を出た。わりと速く終わったのでグダグダしないで良かった。
時計を確認すると後、10分しないくらいで授業が始まる。時間も微妙なので私はもう教室に行こうと思った。3年3組に向かうために無駄に大きくて長い廊下を歩く。さすが県最難関校って感じだ。
そして曲がり角を曲がったその時、運悪く向こうから歩いてきていた人とドンッと軽くぶつかってしまった。


「すみません!」


反射的に、その人の顔を見上げてしまう。そして、真っ先に目に入ってきたのはぶつかった相手の綺麗な目だった。






「なんで分かってくれねぇんだよ」

「……お前なんてどこにでも行っちまえ」




「……え?」



知らない声が頭の中に響いた。

TOP