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「ねぇ、岩ちゃん?」
「なんだよ」
「岩ちゃんはさ、何かをするにあたって全部にメリットとデメリットを求めていく人?」
「あ?」


部活の時間、及川がボールを手で弄りながら柄にもないことを聞いてきた。たまにコイツは何を考えてんのか分からねぇ顔をしている時があるが、それと今の顔は酷似している。つまりは今、コイツがなにを考えているのか分からねぇ。
大体、行動に一々メリットやらデメリットだかしんねーけどそんなの求めてたらキリがねーだろ。やりたくねぇことはやんねぇし、やりてぇことはやるんだよ。


「知るか」
「はははっ、岩ちゃんらしい答えだね!」
「ったく、なんだよいきなりそんなこと聞いてきてよ」
「えー……どーしよっかなー。聞きたい?」


及川は口の端を面白げにつりあげた。この顔の時の及川は楽しいこととか、興味のあるものを目の前にしたときの表現だ。幼馴染みだからこそ、昔から見てきたから自然と覚えた。
だから、分かるんだ。今の及川は『可笑しい』って。


「んー、まあ今度教えるよ」
「そうかよ」
「拗ねないでよねっ!岩ちゃ──っ!」
「おいっ、及川!?」


いつもの糞みたいな表情に変わったと思った瞬間、及川が足からカクンッと崩れ落ちてしまった。慌てて駆け寄り、及川の表情を確認するために顔を覗きこみ、及川の目を視界に映した。その瞬間、俺は「うおっ!?」と叫び、後退りをしてしまった。
及川の表情はなにやら苦しそうで、そして、及川の目は──焦点が合っていないのか、左右の瞳がグラグラと揺れていたのだ。


「及川!おいっ!」


これはただ事じゃない、そう判断した俺は及川を肩に抱え、保健室に連れていこうとしたその時。俺の腕は、未だに焦点の合っていない目で俺を見てくる及川に振り払われた。


「──……この人に、さわらないで」


その言葉を境にパタリと倒れてしまう。俺の目をじっと見て冷たく言い放った『今の及川』は『元の及川』ではなく、全く別物の何かだと思った。それほど及川のこんなに冷たい声は聞いたことが無かったし、正直俺もたじたじだ。
でもこれだけは何となくわかった。きっと、さっきの質問はこの事と必ず関係がある。なら俺はその答えを見つけにいくしかねぇ。
幼馴染みで主将のコイツを、助けたいと思ったから。

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