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「「よろしくお願いシャース!」」


体育館に入り真っ先に挨拶をする私たち。
他校から注目されるこの感じがちょっと落ち着かない……。もともと目立つのは苦手だしね。
そして他校の監督や顧問達の挨拶が済むと、烏養さんが「じゃあウォーミングアップな」と言い、私達の合宿は本格的に始まった。



「朝霧ーちょっといいかー?」


練習試合が始まるウォーミングアップ中、烏養さんに手招きをされて呼び出される。


「はい。何ですか、烏養さん」
「実はな……」


烏養さんの話を要約すると、この合宿の参加校の1校でもある音駒高校に合宿中だけマネージャーとして行ってほしいとのこと。まじすか。


「でしたら私よりも潔子先輩が行った方が良いのでは……?私はまだマネージャーとしての経験が少ないですし」
「いやー…俺もな最初はそう思ったんだけどよ、音駒さんとこの監督さんがお前をご所望なんだとよ」
「え、私をですか?」
「おう」


これは驚いた。勿論私には音駒の監督さんとの関わりなんてものはない。一体どういう意図で私なのかさっぱり……。
とりあえず拒否する理由もないので私はコクッと一回頷いた。




「──……と、いうわけで」
「合宿中の間皆さんのことをサポートさせて頂く、烏野高校2年の朝霧納豆です。ご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんがよろしくお願いします」
「有り難いことに合宿中だけ烏野のマネージャーを借りれることになった。いいかお前ら、迷惑かけさせんなよ?」
「心配なのはリエーフだけでーす」
「ちょっ、黒尾さん!?」


「そんじゃ解散!」という音駒のコーチの直井さんの言葉で音駒の人達は分散していく。私もドリンクを作ろうと思い、籠を持とうとすると「あっ、ちょっと待って!」と、後ろから呼び止められた。振り向くとそこには今日ここに着いたときに澤村先輩と話していたあの男の人が居た。その更に後ろにはモシモジしながらこちらを見ている虎くん。やっぱり2人は同じ高校だったようだ。


「なにか?」
「あー……俺、主将の黒尾鉄朗。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「朝霧さん?朝霧ちゃん?」
「好きな呼び方でどうぞ」
「じゃあ納豆チャンだぁー」
「……」


気づいた、この人…………食えないタイプの人間だ。
辛気臭い黒尾さんの笑顔を見上げながら、私は心の中で荒ぶっていた。


「それで何の用でしょうか?」
「いやぁ、これといった用は無いんだけどね?俺達も初めてのマネージャーさんだし、お互いキンチョウしてるだろうから仲良くしよーねっていうお誘い」
「はぁ……ありがとうございます……?」
「うんうん。やっぱり後輩は可愛いげが欲しいよネ」


可愛げとは。果たして私には黒尾さんの求めている可愛げが備わっているのか怪しいところ。
一応建前としてお礼は言うが、正直黒尾さんの言いたいことがよく分からない為、少々疑問型になってしまう。ただ単純に仲良くしてくれるのなら、緊張しているこちら側としては凄く嬉しい。変に敵チームのマネージャーだからと言って冷たく当たられると心が折れそうになるから。


「おい黒尾、マネージャーにあんまちょっかい出すなよ」
「えー夜っ久ん厳しいー」
「お前は見た目からもう周りに警戒されてんだからもっと弁えろ!」
「見た目からって何それ理不尽!?俺泣いちゃうよ?」
「ったく……」


夜っ久んさん?の言葉を受けてシクシクと泣き真似をする黒尾さん。夜っ久んさんはもうガン無視の方向で行くそうだ。ため息をついた夜っ久んさんは視線を黒尾さんから私に映しかえると、ニカッと笑い手を出してきた。


「俺は3年の夜久衛輔、よろしくな!」
「よろしくお願いします!!」
「えっと、朝霧さん?」
「ぜひ納豆って呼んでくださいっ」
「じゃあ納豆って呼ぶな。あんま女子の名前呼びとか慣れてねぇから時々名字で呼んじまうかもだけど」
「ぜんっぜん大丈夫です!」


雰囲気がまるでお母さんのような夜久さんの第一印象はかなり良好で、黒尾さんの時と対応の差が出てしまう。それに気づいた黒尾さんは未だに続けていた泣き真似を止め、「対応の差が!」と、はじっこで叫んでいた。それでも私は対応の仕方を変えるつもりはないが、少なからず雰囲気がしょんぼりとしている黒尾さんを放っておくことに罪悪感がでる。まあ、放置してくんですけどネ。
夜久さんに頭を下げながら、私は行こうとしていたドリンク作りに向かった。



水道のところで潔子先輩に「怪我はない?」と、言われ思いきり抱き締められた話はまた今度にでもしようか。







「納豆先輩納豆先輩!」
「仁花ちゃんどうしたの?」
「あのっ、日向と影山くん来ました!」
「あ、本当?良かった」


あと残り少しの試合を残して赤点補修組が来た。龍達はカッコつけんなよとか言いつつも、二人が来たことに安心しているようだ。
そういえば龍のお姉さんが送ってきてくれたらしいが、龍のお姉さんと聞くとかなり気になってくる。どんな性格なのかーとか、どんな顔立ちなのかーとか、似てるのかーとか……。なんとなく想像だと結構ワイルドそうだな……。
潔子先輩達は先に行ってしまったので、ドリンクを持って仁花ちゃんと一緒に体育館へと向かう。扉を開けて中に入ると、影山くんと日向くんが目敏くめざとく私を見つけると、思いきり頭を下げてきた。


「「朝霧先輩シャーッス!」」
「あ、うん、久しぶり?」
「……うっし!」
「やったぁ!朝霧先輩応えてくれた!」


ぴょんぴょんっ、と跳ねる日向くんとガッツポーズをしている影山くん二人の反応に疑問を持ちながら音駒の人達のもとへドリンクを届けに行く。そのとき二人が「なんでソッチなんすか!?」と叫んだのが聞こえたが、他の烏野の人達が教えるだろうと思い、振り向くことはなかった。


「モッテモテだね納豆チャン?」
「別にモテている訳では無いと思いますが」
「あらら、無自覚?」
「あの……言っている意味がちょっと……?」
「だからさぁ、……っとと、やっぱ止めとくわ。お宅の番犬クン達がこっち睨んでるし」


黒尾さんは顎でクイッと私の後ろを指すと、ドリンクありがと、と言って他の人達の所へ行ってしまう。残された私がチラッと後ろを振り向くとそこには、あからさまに黒尾さんを威嚇している夕と龍、そして黒尾さんを睨んでいる潔子先輩がいた。
……番犬ってこの人達のことか。黒尾さんに悪いことしたかな?後で謝っておこっと。
私はそんなことを考えながら音駒の次の対戦相手をチェックし始める。そして、こんな考えをしなければ良かったと後悔するのは夕食後の自主練の時だった──。