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「黒尾さん、実は私の父が重い病に掛かっていて、今からそのお見舞いに行きたいので今日のところは失礼しま」
「現実逃避は止めなさいね?」
「うぃっす」
「にしてもお前軽いなぁー!片手でも持てそうだぜぇっ!」
「さすがに片手は無理かと。そして黒尾さん私をこの人から助けてください」
「え、無理」
「まじすか」


──私は今、ミミズク頭の人に担がれている。


「てかお前って名前何て言うんだ?」
「朝霧納豆です。あなたのお名前は?」
「俺か!?俺は木兎光太郎だ!全国で5本の指に入ってんだぜー!!!」
「なるほど木兎さんですね。下ろしてください」
「冷たいッ、この子冷たいよ!」


あれ、どうして私こうなったんだっけ。私はさっきまでマネージャーさん達と平和に夕御飯を食べていたはずなのに。それが今はどうだろうか。華のマネージャーさん達が周りには居なくて、居るのはむさ苦しい筋肉でできた尊敬すべき先輩方。え?言い方が先輩方を貶してるって?大丈夫、心の中で言ってるから問題ないよ。


「納豆ちゃん変なこと考えてないよね?」
「安心してください。先輩方を貶すようなことは一切考えていませんので。なのでとりあえず下ろして下さい」
「なんか信用ならねぇけど……まあいいや。おい木兎、いい加減下ろしてやれー」
「えぇーせっかく面白かったのにぃ〜」


少なくとも私は面白くねーよ!なんだこの人、なんなんだよ!!いくら女の私だって一応筋肉も胸も贅肉もあるんだから軽いわけ無いからね!?
心の中で荒ぶっていると、木兎さんが不貞腐れながら私をしぶしぶ下におろした。今回ばかりは黒尾さんに感謝。だが疑問なのは担がれていた事だけじゃない。私をどこに運ぼうとしていたのかも疑問だ。私はそれをニヤニヤとしながら私を見ている黒尾さんに問いかけた。


「あー、言わなかったけ。納豆ちゃんさ、俺たちの自主練に付き合ってくれよ」
「別に良いですよ」
「ちなみに拒否権とかねーか、ら……え?」
「良いですよ」
「まじで?」
「えぇ。マネージャーなので。ボール出し位なら全然」
「断られるかと思ったわぁー。ま、同意の上なら問題ねぇよな?」
「良いんじゃ無いですか?」


私の返答を聞くと、黒尾さんと木兎さんはお互い顔を見合わせニヤッと笑った。その笑みの真意が分からなかった私は首を傾げながら二人のことを見上げていた。


「じゃあ、行こっか?」
「え?」


きっとこの瞬間に、私の中の何かが変わったんだ。






「うわっ、黒尾のヤツ本当に納豆のこと連れてきやがった」
「やっくーん、納豆ちゃんにレシーブ教えてあげてヨ」
「え?納豆にか?」
「おー」
「納豆ってバレーできんのかよ」
「いや、初心者だから教えてやってくれ」


私は目の前で話されている内容をポカンと見つめる。夜久さんの所に連れていかれたと思ったらまさかの『私が指導される側』だったなんて。自主練付き合ってくれって言ってたじゃん。なぜに私が指導されるんだい?可笑しい、謎過ぎる。それに私なんかに時間を裂く暇なんて夜久さんには無いだろう。
私は断ろうと思い「あの、」と声をあげた瞬間、夜久さんは大きく頷き「分かった」と言った。


「あ、あの、夜久さん……?」
「今は俺達音駒のマネージャーだしな!後輩の面倒を見るのは先輩の役目だろ?」
「でも、迷惑ですし……」
「迷惑じゃねーよ。バレーに興味を持ってくれんのなら俺も嬉しいしな!」
「お、男前だぁ……!」


腰に手をあてニカッと笑う夜久さんを尊敬の眼差しで見る。そんな私の態度に黒尾さんは「俺と態度が違うっ」と喚いていた。


「黒尾さんの尊敬できるところをまだ見ていないので尊敬に値することはありません。なので尊敬するのはまだ無理です」
「素直だね」
「はい、私の長所ですよそれ」
「おぉっ、ツッキーも中々生意気だけど納豆チャンもなかなかだねぇ」
「あははっ!ありがとうございます!」
「……お前ら結構バチバチしてんなぁ」


笑顔で向き合う私達を見て夜久さんはやれやれ、とため息をついていた。夜久さん、私は悪くないですよ。多分。ってあれ、今更だけど……木兎さん居なくない?


「じゃあ俺、木兎達のとこ行ってくっから、夜っ久んお願いねー」
「おう、任せろ。リエーフとセットで見とく」
「リエーフ……?」
「んじゃあなー」
「え、ちょっ、黒尾さん!?」


そう言ってすたこらさっさと黒尾さんは体育館から出ていってしまう。残された私と夜久さんは一瞬沈黙に包まれるが、夜久さんが「じゃあやるか!」と言ったことによって会話が生まれた。
ところで、リエーフって誰なんだろう。一瞬に教えてもらうってなってるあたりレシーブ下手なのかな?


「最初はアンダーからやるぞ?まず────」


教えてもらうなら失礼のないように本気でやらなきゃな。私は密かに心の中で意気込み、実演してくれている夜久さんに意識を集中させた。


──それから10分後、出会った当初に夕が言っていた私の″才能″とやらがついに発覚するのだった。



「納豆っ!」
「はい!」


私に向かって打たれた、さっきよりも強めのボールを教えてもらったようにアンダーで夜久さんの頭上に上げる。


「ナイスッ!」


夜久さんは完璧に上げられたそのボールを満足そうに見上げながら、私の隣で構えている例のリエーフ君に打つ。


「ゲフゥッ」
「おいこらリエーフぅ!今の納豆と同じ強さだぞ!?現役が取れなくてどうすんだよ!!!」
「うぅ……スミマセンッ」
「もう一本構えろ!」
「ハイッ」
「……」


やっていて分かったことがある。音駒の1年生の彼、灰羽リエーフ君は壊滅的にレシーブができない。私よりもだ。
確かに現役バレー部員が女子マネージャーに技術で劣っていたらそれは夜久さんも怒るだろうに。それにしても、レシーブが苦手なのは分かったけれど、それでもこのくらいのボールが取れないものなのか。

正直、────落とす気がしない。



「にしても、納豆はレシーブ上手いんだなリエーフよりも!」
「うぐっ」
「……さすがにリエーフ君よりかは上手いっぽいですね」
「グハッ!」
「さっきのボール結構強めに打ったんだけど拾えるなんてすげぇじゃねぇか。リエーフにも見習わせたいもんだ」
「夜久さん……辛辣っス……」
「お前がレシーブ下手くそなのが悪いんだぞ」


夜久さんは後輩に厳しいタイプなのか。いや、それとも飴と鞭を使い分けるタイプか。
菅原先輩と似たような雰囲気を纏っている夜久さんはきっと、音駒の方だとお母さんのような存在なのかもしれない。バレー部の中だと低めの身長だが、私からしたら十分高い夜久さんを少し見上げながら私は心の中で一言呟いた。「お母さん」と。


「つ、次っ!俺が打つんで、夜久さんがお手本見せてくださいよー!」
「あ″ぁ″?レシーブできねぇヤツは余計なこと喋らねぇでレシーブ練すんだよ!」
「お願いっス〜。一本!一本だけ!」
「……はぁ、一本だけだかんな」
「よっしゃあ!!」


……なんだかんだやっぱり、夜久さんはリエーフ君に甘いのかもしれない。


「いきますよー」
「おっしゃ、こい!」


構えた夜久さん、ボールを強く強く打ったリエーフ君。
だけどそのボールは──夜久さんの方にではなく、その後ろにいた私の元へと真っ直ぐ向かってきた。



「ばかっ、リエーフ──!」
「やばっ……!朝霧さ──」







────トンッ







うん、やっぱり
落とす気がしないや。





ボールは綺麗に、リエーフ君の頭上に返っていた。