心が泣いていたんだ

私を引き取ってくれたのは、両親ととても仲が良かったという竈門炭十郎さんと竈門葵枝さんの家。既に子供が6人も居るのに、私の親戚達が揉めているのを知り、進んで私の引き取りを申し出たそうだ。しかし実は数年前に竈門炭十郎さんは病気で他界しており、今は6人の子供含む竈門葵枝の7人で暮らしているという。
竈門家の長男の炭治郎さんは今、中学3年生で春から高校生になる。長女の禰豆子さんは今、中学2年生で春からは3年生に。他に竹雄君に花子ちゃん、茂君、そして六太君。六太君はまだ赤ん坊。
……ますます謎だ。どうしてこの人達は自ら私を引き取ると申し出てくれたんだろう。炭治郎さん達においてはもう十分な歳頃だし、今から家族が1人増えますなんて聞かされたら猛反対しても可笑しくないのに。手のかかる中学生なんて引き取りたがるほうが変。いくら両親と仲が良かったからって、不思議な点が多すぎる。
こんな言い方はしたくないが、炭十郎さんは既に他界しているとのことだから稼ぎ手も1人減って、その中で6人の子供を養うってかなり大変なこと。それを更に圧迫してどうするんだろう。勿論、私からも両親の残された遺産を葵枝さんに渡すつもりでいるけど、遺産自体もこれから先のことを見据えてしまうとやはり心もとない金額。
……あぁ、これから私はどうなるんだろう。


「あの…葵枝さん」
「どうしたの、納豆ちゃん?」
「これ両親の遺産が入ってる通帳です。これからお世話になるので、ほんの僅かしかありませんが少しでも生活の足しにしてください。えっと…これからよろしくお願いします」
「納豆ちゃん……」


私は頭を下げて足早にその場を去った。
竈門家は私の住んでいた家から2駅離れた所で、それに伴って私はこっちの方の中学校に転校することになった。時間もなかったのでクラスメイトにちゃんと挨拶も出来ずこっちへと引越ししてしまったのが、少し心残り。
竈門家は家族が多いこともあって結構大きな家で部屋の数も多かったので葵枝さんが私に一人部屋を用意してくれた。気を使わせてばかりで本当に申し訳ない。今日も普通に平日だから炭治郎さんも禰豆子さんも学校があったはずなのに、私を迎えに行くと聞いて「同い年くらいの子が居た方が安心するかもしれないから」と言ってわざわざ学校を休んでまで来てくれたのだ。その優しさが今はとても苦しかった。
ちなみに他の子供たちは普通に学校や保育園に行っているので今はいない。


「納豆ちゃん、いるかな?」


部屋に篭っていたら扉の向こうから禰豆子さんの声が聞こえてきた。


「はい。何でしょうか…?」
「一緒に何かお話したいな〜って!だからちょっと中に入ってもいいかな?」
「あっ、どうぞ!」


慌てて部屋の扉を開けると、禰豆子さんは「ありがとう」と言って部屋の中に入ってきた。どうやら禰豆子さんはお茶とお菓子も持ってきてくれたらしく、手に色々乗せたお盆を持っていた。
そして二人で小さいテーブルを挟んで床に座る。


「納豆ちゃんは何か好きな食べ物とかある?ちなみに私は金平糖が好きなんだ!」
「へぇ〜可愛いですね…!私は……梅おにぎりとかが好きです」
「おにぎりかぁー!それはお米と梅と海苔のどれにこだわるタイプ?」
「お米ですね、断然!」
「なら良かった〜!お兄ちゃんの炊くお米って凄く美味しいから、今日のお昼ご飯はお兄ちゃんの炊いたお米で梅おにぎりを作ろう!」
「え、でも……良いんですか……?」
「良いの良いの。これから一生に暮らすんだから、今日は初日記念に納豆ちゃんの好きな物を食べよう!」
「…ありがとう、ございます」


私がお礼を言うと禰豆子さんは嬉しそうに笑い、次の瞬間扉の方に向かって「お兄ちゃん今日のお昼はおにぎりでお願い!!」と唐突に叫んだ。ギョッと目を見開くと、扉のすぐ傍から「了解ッ!!」という炭治郎さんの声で返事が返ってきた。
もしかして……と私が禰豆子さんの顔色を伺うと、禰豆子さんは私の考えていることが分かったのかフフっと可笑しそうに笑って「あのね」と口を開いた。


「納豆ちゃんを迎えに行く前、お兄ちゃんってばず〜っと『俺はお昼ご飯に納豆ちゃんの好物を作ってあげたいんだ!』って言ってんだよ。だからお兄ちゃんと協力して納豆ちゃんの好物を聞き出すことにしたの」
「そうだったんですね。何か気を使わせてしまってすみません……」
「ううん!気にしないで。私達がやりたくてやったことだから。あ、お兄ちゃんに、好物なら自分で聞いてみれば良いんじゃない?って言ったんだけどそうしたらお兄ちゃんがね――――」


禰豆子さんが色んな話を面白可笑しく話してくれる。私もその話を聞いて自然と笑顔になっていた。とても優しい人達。
だけど優しくされればされるほど、私はやっぱりこの家族とは家族になれないんだなと痛感させられる。顔色を伺う家族なんてそんなの本当の家族じゃない。大好きな両親が居たからこそ分かる。私はこの家族と“笑い合う”ことは出来ても、一緒に“泣くこと”は出来ない立場。喜びは共有できても悲しみは共有されない。簡単な例を挙げると、炭十郎さんが亡くなった悲しみを私が得ることは無いだろうということ。また、私の両親が亡くなったこの悲しみを炭治郎さん達が得ることもない。あくまで引き取られただけだから当たり前のことなんだけどね。
つまり、一時の優しさに溺れすぎてはいけないということだ。いつかはこの家を離れる時も来る。だからその日まで出来るだけいい感じの関係を保ったまま生活していこう。高校生になったら生活費の為にバイトもしてもできるだけお金もこの家に入れよう。大学は…って、まだそこまで考えなくてもいいか。
私が腹の中でこんなことばかり考えていることに、目の前で笑う禰豆子さんは気づいているのだろうか。

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