無知は罪だというけれど

私ではなく耳飾りを見つめる炭治郎さんの目は驚愕と動揺の色で溢れている。そのまま何も言ってこないものだから炭治郎さんが今、何を考えているのか分からない。無意識なのか次第に炭治郎さんの耳飾りを握る力が強くなり、ピンッと耳朶が引っ張られた。


「っ、炭治郎さん痛いッ!」
「……あッ!ごっ、ごめん!!」


このままだと“引きちぎられる”と、直感した私は炭治郎さんの手を掴んで必死に抵抗すると、我に返った炭治郎さんは顔を真っ青にして耳飾りから手を離した。そして物凄い勢いで「本当にごめん!」「俺は最低だ…」とこの2つの言葉を何度も繰り返して言う。私はつい今さっきまで引っ張られていた耳飾りを手で覆いながら炭治郎さんを見つめる。
さっき明らかに炭治郎さんの様子が可笑しかった。まるで何かを思い出してるかのような……。それにこの耳飾りについても何か知っているみたいだったし。一体、何だったんだろう。
何度も頭を下げて謝ってくる炭治郎さんが少しずつ可哀想に見えてきて、私が止めない限りこの人は一生謝り続けるんだろうなと思ったら今回は許してあげようという気持ちになった。それにこれからここでお世話になる訳だし。これくらいのことチャラにできるくらいの心の余裕がなきゃやっていけないよね。
私は普段先生や大人にするみたく口角をグッと上げて笑顔を作り「もう大丈夫ですから」と、炭治郎さんをやんわりと止める。
すると炭治郎さんは下げていた頭をゆっくりと上げた。だけどその表情はどこか物悲しげだ。なんでそんな顔するの?と疑問に思ったとき、炭治郎さんが吐き捨てるかのように言葉だけを残して部屋を去ってしまった。


「今のは全て俺が悪かったよ。でもそんな風に無理に笑われるのも、思ってもないことを言われるのも……心底嫌いだ」
―――それと耳…引っ張ってごめんな。


突き放すような言葉を言ったかと思えば、最後に謝罪して出ていった炭治郎さん。残された私に似合う言葉は“呆然”の文字。まるで嵐だ。急に現れて、荒らして、急に帰っていく。お陰で私の心の中は大荒れ。もしかしたら私は居候させてもらう家の長男さんに嫌われてしまったかもしれない。上手くやろうって決めたのに。早速ヘマしてしまった。いやでも私はそこまでヘマはしていないはず。
……分かりやすすぎるくらいに笑顔が引き攣っていたとか?いやいやいやいや、もう何年大人相手にやってると思ってるの。今更こんなことで引き攣る訳が無い。じゃあまたは声に出てしまっていたとか。…そんなに声に出した覚えも無いんだけどなあ。だけどバレたということは何かしらで本心が現れてしまっていたということだろう。
……あぁ、不味い。もっと上手くやらなきゃ。もっと頑張らないと。ここの人達と上手くやっていくために。こんな所で折れてしまっては駄目だ。私はこの耳飾りとヒノカミ神楽をお父さんから正式に継いだんだから。ここで折れるようじゃ、これらを自分の子供に継ぐことなんて出来やしない。


「……私が頑張らないで誰が頑張るっていうの!」


兄妹のいない一人っ子だって、精一杯頑張ってみせるよ。
ぱちんっ、と両手で頬を叩いた。……よし、気合十分!これからどんどん頑張っていこう!

そんな私は1枚挟んだ扉の向こう側で、炭治郎さんが私の独り言も全て聞いていたことに気づいていなかった。

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