やさしくてあたたかい、おひめさま

炭治郎さんが去ってから5分ほどしたあと、葵枝さんとの用事が終わった禰豆子さんが「待たせてごめんね!」と言って部屋に戻ってきた。禰豆子さんはテーブルの上に置かれているまだ1つも減っていない梅おにぎりを見ると、とても申し訳なさそうな表情をして私に向かって手を合わせる。


「ごめんなさい。待っててくれたんだね」
「あ、いや…………は、はい。そうです」


本当は炭治郎さんとのゴタゴタがあって手を付けられなかっただけなんだけど…という気持ちは隠しておくことにして、私は禰豆子さんの言葉にこくりと頷く。少し時間が経ってしまったおにぎり達は運ばれてきたときよりは冷めてしまったけど、まだほんのりと温かく食べるのには丁度いい温かさ。
梅おにぎりは全部で6つ。炭治郎さんが握ったからか、1つ1つが大きめでこの大きさのおにぎりを3つも食べきることが出来るか不安になる。しかもここ最近はまともに食事もしてなかったので、胃袋も小さくなっていそうだ。でも炭治郎さんとはさっき揉めてしまったし、ここでせっかく作ってくれたご飯を残すようなことはしたくない。
禰豆子さんと一緒に手を合わせて「いただきます」と言っておにぎりを1つ、手に取る。……美味しそう。
あむっとおにぎりのてっぺんの部分にかぶりつくと、海苔がパリパリッと良い音をたててお米と一緒に口の中に入り込む。お米には塩も振りかけられていたようで、その程よい塩味に頬が緩んだ。何よりお米が美味しくて普段食べていたお米とは何か違うような気がした。もう一口、とおにぎりにかぶりつくと今度はお米の中に隠れていた梅に辿り着く。思わず目を細めてしまうほどの酸っぱさ。だがその酸っぱさとお米と海苔と塩のバランスが取れており、禰豆子さんの前だというのにだらしなくもおにぎりにがっついてしまう。
あっという間に1個目を食べ終えてしまい2個目に手を伸ばし、それもまた私の口に放り込まれていく。一旦そばに置かれたお茶を飲んで口の中を潤して最後のおにぎりに手を伸ばす。またおにぎりにかぶりついたとき、禰豆子さんが小さくふふっ、と笑ったのが聞こえた。咀嚼しながら禰豆子さんを見ると、禰豆子さんは食べかけのおにぎりを片手に私を見て笑っていた。


「すみません…がっつきすぎました……」
「ううん。お兄ちゃんが作ったのをそんなに美味しそうに食べてくれるのが嬉しくてずっと見てたんだけど、納豆ちゃんが本当に幸せそうに食べるから凄く可愛くて思わず笑っちゃった」
「そ、そんなに幸せそうに食べてましたか…?」
「うん。凄く。この食べっぷりを見たらお兄ちゃん喜ぶだろうなあ」


炭治郎さんが喜ぶ姿を想像して、また禰豆子さんはふふっと笑うとぱくりとおにぎりを一口食べた。
何となく食べかけのおにぎりに視線を移す。これを炭治郎さんが作ってくれたんだよね。わざわざ禰豆子さんにお願いして私の好物を聞き出したりして。それなのに私、炭治郎さんのこと怒らせちゃった……。あんなに優しくて親切な人なのに、私はそれを恩を仇で返すようなことをしてしまったんだ。
私のおにぎりを食べるスピードが止まったことを不思議に思った禰豆子さんが首を傾げる。


「どうしたの?もしかしてお腹いっぱいになっちゃったかな?」
「いえ!違うんです……ただ…ちょっと……」
「?」


歯切れの悪い私に尚更疑問を抱く禰豆子さん。その様子だと私と炭治郎さんに一悶着あったことは知らないみたい。ここで黙っていてもきっと炭治郎さん経由でバレるんだろうし、しっかり事情を説明してから炭治郎さんに謝るべきだよね…。
覚悟を決めて私は口を開こうとする。
すると、禰豆子さんはそんな私を止めるかのように「まずはちゃんとお腹を満たしてからにしようよ。ね?」と言ってにこにこと微笑んだまま残りのおにぎりを食べ始めた。のんびりとした禰豆子さんの様子を見て、ザワついて仕方がなかった私の心の中が、少しだけ落ち着きを取り戻した。
そして私も残り僅かのおにぎりを口の中に放り込んだ。
…………ごちそうさまでした。












「――――と、言うことがありまして……」
「そうだったんだ……私のいない間にそんなことが…。とりあえず納豆ちゃん、お兄ちゃんがそのお父さんの大事な形見の耳飾りを引っ張ったりしてごめんね。あれ、でもさっきまではその耳飾りしてなかったよね?」
「あ……ちょっと、自分の中で色々と心変わりがありまして…」
「それにしてもどうしてお兄ちゃんがいきなりそんなことをしたのかは私にも分からないけど、お兄ちゃんは普段はそんなこと絶対しないの…。だからお兄ちゃんのこと誤解だけはしないでほしいな……」
「だ、大丈夫です!炭治郎さんが凄く優しい人だということは分かっていますから!私の好物を聞き出してわざわざ作ってくれるような方ですし…」
「うん、ありがとう!じゃあ納豆ちゃんはこれからどうしたい?」
「…出来れば炭治郎さんに謝りたいです」
「よしっ、だったら私も協力するから安心して!弟や妹達が帰ってきちゃうとお兄ちゃんも忙しくなって夜遅くまでちゃんと話せないかもしれないから、謝るなら今のうち!」
「…………分かりました!!私も腹を括ります!」


ご協力お願いします、と頭を下げると禰豆子さんは私の頭を撫でて「別にいいんだよ」と優しい声色で言う。


「新しい家族の為だもの。このくらいさせて欲しいな!」

「新しい……家族…」


優しい言葉の筈なのに、どうしてだか私にはその言葉に違和感しか感じられなかった。

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