お日様の子供

「お兄ちゃんちょっと良いかなー?」
「どうした禰豆子?」


禰豆子さんはきっと私から炭治郎さんを呼び出すのは勇気がいるだろうから、と言って代わりに禰豆子さんが炭治郎さんを呼び出しに行ってくれた。本当は私が行った方が良いんだろうけど、まだそこまでの勇気が出ない私は禰豆子さんに深々と頭を下げてお願いした。
物陰にかくれながら耳に全神経を集中させて炭治郎さんと禰豆子さんの会話に聞き耳を立てる。どうやら呼び出すのは上手くいっているみたい。だけどここからは禰豆子さんのサポート無しで私が炭治郎さんとお話しなければならない。
もし上手くいかなくて益々炭治郎さんを怒らせてしまったらと考えると胃が痛くなる。禰豆子さんは「ちゃんと言えばお兄ちゃんは絶対に許してくれるよ」と言ってくれたけど、やっぱり怖いものは怖い。炭治郎さんが優しい人だということは分かっているんだけど……。普段優しい人って怒ると案外人が変わったりしません?だからちょっと…どんなに大丈夫だよと言われても一切安心できない。
ドキドキする胸を抑えて深呼吸をしていたら、炭治郎さんと話し終えた禰豆子さんが戻ってきた。


「お兄ちゃん来てくれるみたいだよ。納豆ちゃんの部屋でも良いか?って聞いてきたから、良いよって答えちゃったんだけど大丈夫そうかな…?」
「だっ大丈夫です…私の代わりにありがとうございました……!」
「うん、どういたしまして!」


そして私達は再び私の部屋に戻った。
すると禰豆子さんが、いきなりこんなことを言い出してきた。


「じゃあ私は隣の部屋で待機してるから、終わったら呼びに来て!」
「えっ…一緒に居てくれないんですか!?」
「一緒に居てあげたいのは山々なんだけど、お兄ちゃんが納豆ちゃんと二人で色々と話したいって言うから……」
「そ、そんな…」


最後の頼みの綱を失って明らかに凹んだ私の様子に禰豆子さんはおろおろとしていたが、お兄ちゃんがもう来るから…と言って部屋を出ていった。そして1人残された部屋で私は静かにため息をつく。
あーー……めっっっちゃ炭治郎さんに会いたくない…ッ!!!え、色々話したいって何!?私になんの話があるっていうの!?もしかして家出てけとか言われちゃうのかな!?そういえばこの耳飾りに見覚えありそうな感じだったし「その耳飾り寄越せよ」とか言われちゃう……!?!?
頭を抱え込みながら床でのたうち回っていると、頭上から「な、何してるんだ…?」と声が降ってきた。その声の主は紛れもなく炭治郎さんで、私はビシッと硬直する。そしてゆっくり起き上がると、正座をして、部屋の扉付近に立って私を見下ろしている炭治郎さんに向き合う。そんな私を見兼ねて、空気を読んだ炭治郎さんもその場で正座をした。
…………気を使わせてばかりでほんっっとうに申し訳ない……ッ!何より物凄く恥ずかしい……!!子供みたいに床でゴロゴロしてるところを見られてしまった……よりにもよって今険悪な雰囲気になってる炭治郎さんに…。
顔から火が出る思いってこんな感じなのか…と、初めてその言葉の意味を身をもって理解する。


「……急にお呼び出ししてすみません」
「あ、いや、うん…。大丈夫…です?」


炭治郎さんは今、どんなテンションで話せばいいのか分からず、戸惑いながら私の言葉に答える。
そして次の瞬間、私は炭治郎さんに向かって勢いよく頭を下げた。ゴッと鈍い音をたてて私の額と床がぶつかり合う。そう、所謂土下座というものを私は炭治郎さんにしている。


「あの、私…さっきのこと炭治郎さんに謝りたくて……。炭治郎さんに不快な思いをさせてしまって本当にごめんなさい!!」


シーン…と沈黙が走る。炭治郎さんからの応答がない。やっぱり許して貰えないのかな……と泣きそうになったとき、ようやく炭治郎さんが「…頭を上げてくれ」と言ってきた。なので私はその言葉に従って素直に頭をあげた。
ヒリヒリとした痛みを額に感じる。恐らく炭治郎さんから見たら私の額は赤くなっていたのだろう。炭治郎さんは私の額に手を伸ばし、優しく触れてきた。
ヒンヤリとした炭治郎さんの手の温度にビクッと体を揺らす。さっきまで水仕事をしていたのかな。だったらお手伝いしに行けば良かった…。
私よりも背の高い炭治郎さんは当然私よりも座高も高く、お互い正座しているのに目線は炭治郎さんの方が上だ。だから炭治郎さんの目を見ようとすれば自然と上を見る形になる。これが世に言う『上目遣い』ってやつ?まあ、私がやったところで漫画みたいに綺麗に可愛く出来るわけないんだけどね…。でも確かに、相手との視線の高さが違うというのはちょっと良いかもしれない。クラスの女子が騒ぐ理由が分かった。
……あれ、炭治郎さんの瞳はよく見ると赤みがかっている。すごく、綺麗。でも炭治郎さんの両親はどちらも日本人なのに…不思議なこともあるなあ。
ぽけ〜と炭治郎さんの瞳を見つめていたら、不意に炭治郎さんが「ふ…っ」と小さく笑った。そこで私は自分が固まっていたことに気付き、視線を炭治郎さんの瞳から外す。口元を片手で隠して控えめに笑う炭治郎さんは絵になる。また見惚れてしまいそうになるが、直前でハッ!と気を取り戻した。


「ここ、赤くなってしまったな……。後でちゃんと冷やそうな」
「は、はい…」
「……それと俺の方こそごめん。納豆ちゃんの耳飾りを引っ張った挙句、あんな混乱させてしまうようなことを言ってしまって……。ただ、納豆ちゃんは下手に俺と揉めたくないと思っただけなんだよな。冷静になって考えたらすぐに分かることだったのに…あの時の俺は冷静さを欠いていた」


炭治郎さんの私の赤くなった額を撫でる手がするり、と頬に移動する。炭治郎さん目が伏せられ、「あ、この人、落ち込んでるんだ」と気づく。
炭治郎さんが自分責めるのはお門違いだと思った私は、頬に添えられている炭治郎さんの手を掴み「それは違います」と言う。
炭治郎の目が驚いたかのように見開かれる。


「あれは誤解させてしまうようなことをした私が悪かったんです。だから、炭治郎さんは気にしないでください。そんな表情をする炭治郎さんは、私、見たくないです」


思えば、かなり大胆なことを口走っていた。
だが、私の言葉に「ありがとう」と言って嬉しそうに笑う炭治郎さんを見ていたら、羞恥心なんてものは吹き飛んでしまったのだ。

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