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ポタ、ポタリ、と目尻から零れ落ちる涙が机に落ちて小さな水溜まりを作っていく。
――確かに私はサッカーが好き。その気持ちだけは今も昔も、全く変わることは無かった。
だけど四年前、両親が事故で亡くなったあの日から私はサッカーをすることを辞めた。小さい頃から手には必ずサッカーボールがあって、遊ぶ友達は大抵男の子。やる遊びは言わずもがなサッカーの一択。周りの男の子達もサッカーが好きで、その中でも特に私がサッカーへの愛が大きかった。
初めの頃はお父さんもお母さんもニコニコしながらサッカーをする私を応援してくれていたのに、何の変哲もないいつもと全く変わらない日に、突拍子もなく両親は変わってしまった。悲しそうな表情をして、私の手からサッカーボールを取り上げ、「…ごめんね。」と一言。

当時は両親の行動が全く理解できず、そう簡単にサッカーを諦めることも出来なかったから両親の目を掻い潜って友達のボールでサッカーをしていた。私が親の目の届かないところで密かにサッカーをやっていると、どこからか情報を入手した両親は一度だけ私を叱ったことがある。だけど私はそんな両親に向かって「私はサッカーがしたいのっ!」と、怒鳴った。ギッと睨みつけてくる我が子を見て両親は何を思ったのだろうか。
あの時、先に折れたのはお父さんでお母さんの肩にポンと手を置いて「納豆にサッカーを返してあげよう。この子はサッカーが一番好きなんだから。」と言った。お母さんも諦めた様子のお父さんを見て、すっかり折れてしまったらしくハア…とため息をつくと困り果てたかのように力無い笑みを浮かべて「……そうね。」と小さく声をもらした。
その出来事から私には再びサッカー漬けの日々が訪れた。でも両親は私が友達と公園でサッカーをするのは許してくれたけど、サッカークラブに入るのは断固許さない。ちょっとだけ不満はあったけど、サッカーが出来るのならと私は両親に文句を言わなかったけれど。

だけど今なら分かる。両親はあの頃、私を《何か》から守ろうとしていた。その《何か》は今も分からない。
そして、四年前の両親を襲った事故。警察は不運な事故だと言っていたけれど、なんとなくあれは《不運な事故》では無いような気がするの。もしもあの事故が事故では無いのなら――間違いなく、両親が狙われた原因は私にある。
その考えに行き着いた時、途方もない絶望感に襲われ、あの頃何がなんでも両親が私から取り上げようとしていたサッカーが《怖い》と感じるようになってしまった。
サッカーは好き。……でも、サッカーをしようとすると両親を思い出してしまい、ボールが蹴れない。だから私はこの四年間、サッカーに関わらないで生きてきたんだ。

――だけどそれが、その生活が今、こうして壊れようとしている。全く関わったことの無い人の言葉によって。
そもそも何故久遠さんは私のことを知っているのだろう。私が過去にサッカークラブに所属していたとかならまだ分かるけど、私は友達と公園でサッカーをするくらいのことしかしていない。ましてや、世界大会という自分とは縁のない物との接点となる物なんて私には無いのだ。

「どうして久遠さんは私のことを知っているんですか? そして何故、私をマネージャーに……?」

知りたい。このまま何も知らない状態で生きていくなんて、私には出来ない。
久遠さんに問いかける声が僅かに震えてしまう。こんなに混乱している私の様子に久遠さんは気づいているのかな。
ほんの少しの沈黙が流れ、久遠さんの息遣いが聞こえた。

『……俺はお前の両親と接点があった。』
「……っ!」
『だから俺はお前の両親のことも知っているし、お前がサッカーを好きだということも知っている。そして今、お前がサッカーから離れつつあることも。』
「そう、だったんですね…。」

両親の……知り合い。確かに、それなら私のことを知っているのも納得出来る。そして久遠さんは私の両親が亡くなっていることも知っているらしい。

『…お前がサッカーから離れたくなる気持ちも分かる。だが、それもいつかは限界が来るということにお前自身気づいているんだろ。』
「……はい。」
『サッカーが好きなお前が、いつまでもサッカーから離れたままでいられる訳が無い。だったらどうだろうか。これを機会に、サッカーと再び関わっていかないか?』

――そうだ。私がいつまでもサッカーから離れられるわけない。だって私がサッカー馬鹿なこと位、自分がよく分かっていたでしょう? そしてそれは私の両親も然り。
最後にお母さんはあんなことを行ってきたけれど、きっとお母さんもお父さんも分かっていたはず。私がサッカーから完全に離れられる日は一生来ないことを。
だとしたら、私がすることはただ一つ。


「――久遠さん。」
『なんだ。』
「私、やります。否、やらせてください。イナズマジャパンのマネージャー……!」
『……そうか。分かった、感謝する。明後日の○○時に雷門中に集合だ。遅刻はするなよ。』
「はいッ!」

もうとっくに、涙は乾いていた。




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