Moon Fragrance

あの夢と同じに



 しとしとと雨が降りしきる季節に入った。もう何日、晴れ間を見ていないのかわからない。学園祭に向けて練習は着々と進められていっている。セリフの暗記、大道具や小道具の作成、衣装のための採寸。どこまで大がかりにするのだろうと思っていたら、服飾関係へ進むデザイナー志望のクラスメイトが採算度外視で本気で作るらしい。
 ルーファウスくんは生徒会の方が忙しいらしく、あまり練習に来られないでいる。覚えたセリフを合わせるにも、全然関係ないクラスメイトが代わりに読んでくれたのを相手に練習していた。だけどルーファウス君は既にセリフが完璧に頭に入っていて、顔を見せて練習するたびに王子様度が上がっていっていた。
 私はと言うと、朝から下駄箱の中に1通の便せんが入っていた。
【今日の放課後、練習前に学園の時計塔の下へ来てください。】
 それ以上の詳細も、名前も書かれていなかった。ちょっと不気味だと思ったけれど、少しだけだと思ってわざわざ傘を差して時計塔の下へと向かう。でもこの学園の時計塔には、本当か嘘かも分からない伝説があるので、少し期待しなかった訳じゃなかった。

「あのー。誰か、いませんかー? 来たんですけど……」

 控えめな声で私を呼び出した相手を探しながら辺りを見回す。時計塔の裏や、柱の裏などを覗いてみるけど、誰かがいる気配がない。もう練習だから戻らないと。
 小さな声で戻りますねーと宣言して教室へと戻った。
 
――16歳の誕生日。本当はお姫様だと告げられて大きなお城へと向かう。16歳まで無事に育った美しいお姫様。お城では盛大な誕生パーティが開かれる予定だった。
姫:『声が聞こえてくるわ。誰かが私を呼んでいるの。どこからかしら。』
――夕暮れ時、赤い西日が部屋の窓から差し込んでくる。まるで炎のような日差しは時計塔の階段を上へ、上へと照らした。お姫様は静かだけれどはっきり聞こえてくる声に誘われて時計塔を登っていく。
姫:『あれは何かしら。初めて見る物だわ。とても不思議。なにをする物なのかしら。』
――さあ触るがいい。不気味な声に抗えない。糸紡ぎを見たことが無かったお姫様は、好奇心に負けて針に触れてしまった。
姫:『うっ……。』
――お姫様は永遠の眠りについた。彼女を救えるのは王子様の真実の愛だけ。

「なまえ、どこへ行っていた?」
「少し、用事があって。ごめんね、忙しいのに待たせちゃって」
「それは構わないが。何かあったら言ってくれ」 

 教室に戻ると今日はルーファウスくんがいた。何日ぶりかに2人で練習をする。遅くなった私を咎めることはせず、優しくも心配してくれた。
 声の聞こえる方をもう少し探してみた方がいい、や糸紡ぎの針に触れるところは、本当にそこにあるように見えるから素晴らしいなど的確なアドバイスをルーファウスくんにもらいながら進める。今日は王子様というより演出家のようだった。
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