Moon Fragrance

あの夢と同じに



 季節は夏へと移り変わった。ジリジリと照りつける日差しに辟易しながら学園へと向かう。外に出ただけで汗が噴き出てきそうなのに、私の練習相手は今日も涼しげだ。
 夏休みに入っても練習だけは欠かさない。勉強と両立させる方法が悩ましくなってきた。休みの曜日も設けられているけれど、正直いま頭がセリフでパンパンだった。休み明けにはテストも控えているのに、私を悩ませているのはそれだけではなかった。
 月曜日と木曜日の朝には必ず下駄箱に例の便せんが入っているのだ。

――眠りについたお姫様を助けるため、3人の妖精達は隣の国の王子様の元へと向かった。
王子:『なに? お姫様が……? そうかわかった。友好のある国だ。必ず助けると誓おう。』
――王子様は勇敢にも1頭の白い愛馬に乗り、颯爽と隣国のお城へと向かっていく。
王子:『なんだこれは。なぜこんな物が』
――お城へはもう1歩。あと少しなのだ。だが王子様は悪い魔女が城中に張り巡らせた茨に行く手を阻まれる。
王子:『こんな物に怯んでいる暇はない』
――服や体が傷つくことも厭わずに茨を斬り進んだ。

 練習が終わって私は自分の机で大きな溜め息をつく。便せんの存在が悩ましすぎる。あれから幾度か呼び出されるままに学園の時計塔の下へと行ったけれど、いつも誰もいない。
 私が行くのが遅いのかな? それとも呼び出したけど恥ずかしくなって来られなかった? でも何のために呼び出そうとしているのかも書かれていない。

「大きな溜め息だ」
「えっあっ、ルーファウスくん!」

 声をかけられて見上げると、生徒会へ行ったはずのルーファウスくんが立っていた。
 少しどもってお疲れと言うと優しくお疲れと返してくれて、当たり前のような動作で私の目の前の席に座って向かい合った。

「何かあったのか?」
「な、なにもないよ……」

 もう隠しても遅いのに便せんを机の中へとしまう。そのまま顔を背けて窓の向こうへ視線を移した。
 目の覚めるほどの真っ青な空と、大きくて真っ白な入道雲が続いている。学園の門の付近には陽炎が揺らめいていた。

「ラブレターか?」

 外の暑そうな空気とは打って変わって、低くも爽やかな声が疑問を口にした。弾けるようにルーファウスくんの顔を見やる。私の様子を窺うような綺麗な目が私を射貫いていた。私の机に頬杖をついてこちらの顔を覗き込んでくるから思わず見とれてしまう。
 これも彼の人気な部分なんだろう。自然な動きで女性を仕留めるのが上手だ。きっと私じゃなくても、こうやって気にかけてくれているんだろう。

「で? どうなんだ?」
「そんないいものじゃないよ」
「何かあったら言ってくれ、と言ったが話せないか?」

 そうだけど。ただ手紙が入っていて時計塔の下に呼び出されるだけで、それ以外に実害は出ていない。何か、に当てはまっているのかな。

「なまえ。悩んでいるのは何かあるのと変わらない」

 そう、か。そうだよね。だって家に帰っても悩んじゃって勉強が手に付かないんだもん。

「実はね……」

 深呼吸するように息を吸って便せんを見せながら経緯を話した。この間、練習に遅刻した日から不思議な手紙が届くこと。行っても誰もいないこと。定期的にこの手紙が届くこと。
 ルーファウスくんはふむと考えて、行かなくてもいいのではないか? と静かに言った。

「呼び出しておいて、現れもしない不実なやつを相手にする必要はない」
「そうだけど、なにか気になっちゃって」
「なら調べておいてやろう」
「い、いいよいいよ」

 私は慌てて頭を振った。何かされたわけじゃないし、大丈夫でしょ。そんな楽観的に考えていると、午後の鐘が鳴った。学校にいていいのは午前中までだからもう帰らないと。

「ルーファウスくん、話を聞いてくれてありがとう。もう帰らなくちゃ、だね」

 便せんをポケットにしまおうとして、ルーファウスくんの綺麗な指がその便せんをすっと取った。それを胸ポケットへとしまうとルーファウスくんが立ち上がって、送っていこうと言われればきょどってしまう。その様子をおかしそうに見ながら、優しい目で口元に弧を描いた。
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