Moon Fragrance

あの夢と同じに



 夏休みが終わって、大道具も小道具も、衣装も出来上がってとうとう明日は文化祭当日だった。そして今日も下駄箱には便せんが入っていた。
【明日は必ずお待ちしています。14時に時計塔の上でお会いしましょう。】
 明日で最後……。やっと正体が分かるのだろうか。一体誰なんだろう。夏休み中にも私の下駄箱に便せんを入れ続けていた人がすごく気になる。私たちの出番は15時半からだ。14時なら着替えてからで間に合うだろう。

――王子様は茨を斬り進んだ先に、ドラゴンの姿をした魔女を見据えた。
王子:『お前を倒せば姫へとたどり着けるのだな。』
――ドラゴンが咆哮を上げる。炎を吐きながら王子様を襲ってくる。
王子:『ここを通してもらおう。私は姫の元へと向かわなければならない。』
――王子様は卓越された技でドラゴンの攻撃をかわし、その手に携えた剣をドラゴンの心臓へと突き立てた。
王子:『これで終わりだ』
――ドラゴンは耳をつんざくような悲鳴を上げながら崩れ落ちていく。魔女の姿に戻り、灰のように消えていくそれを見届けて、王子様は城の中へと踏み込んだ。

 今日は最後の練習だ。ステージの上で本番と同じように衣装を着て、大道具を動かし、小道具を持ち、照明も練習通りに照らす。いわゆるゲネプロと呼ばれる最終リハーサル。
 やっとここまで来た。最初は羨ましがっていたクラスメイト達も、いつしかアンタ以外に適役はいないと言ってくれるまでになっていた。
 出来上がったドレスはアクアブルーのサテン生地で、照明の光がなめらかに反射されている。王子役の衣装は、白を基調にとてもルーファウスくんに似合っていた。
 くすぐったかったけれど、似合っているとお互いを褒め合ったし、クラスメイトも口を揃えて褒めてくれた。
 初めて立つステージの上は熱い。暑いじゃなくて、熱い。上から照りつける照明でしっかりと着付けられた衣装は自前のサウナのようだ。舞台袖へはけるたびに化粧が落ちないように汗を拭って水分をとる。
 ラストシーンのダンスの練習。何度も練習を重ねたけれど、やっぱり未だに緊張する。しかもこれを大勢の人の前で踊るのだ。足がもつれそう。でもルーファウスくんは難なく踊る。エスコートだってバッチリだ。本番で足を踏んでしまわないだろうか……なんて心配していると、腰に回った手にぐっと引き寄せられる。

「もっと近い方が踊りやすくなる。カウントを取るな、曲を聴け。そして下を見るな」

 耳に近い場所で言われて息を止めた。下を見るなと言われたとおり、上を、ルーファウスくんの顔を見るとバチリと視線が合った。それでいいと言うように彼の目が細まる。引き寄せられた体はルーファウスくんに合わせて自然と踊った。足も絡まることなくすんなりと動く。

「すごい……」
「とてもよくなった。これで本番も大丈夫そうだ」

 踊りながら2人でこっそり笑い合う。曲が終わって客席の方を向き、手を繋いだまま一礼する。舞台袖から他の役者が出てきて全員揃って礼をしたら、緞帳が下りて片付けてリハーサルはおしまい。
 なんとか形になってよかった。後は明日の本番しっかりとやるのみだった。
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