Moon Fragrance

それは雨の日だった。
01



 それは雨の日だった。
 亡くなったプレジデント社長との代替わりで、ご子息であるルーファウス神羅が社長になった1週間後のこと。社内が、といより部内がざわついている。
 私がいるのは兵器開発部門のメンテナンス課。今日も相変わらず機械油まみれになりながら大型兵器のメンテナンスをしている。メンテナンス……、いやもはや修理とすらも言えない。
 アバランチとかいうテロ組織が倒したらしいハンドレッドガンナーが無残な姿で運ばれてきたときは血の気が引いたし、ここから使える部分を取り外して次へ回せと言われた時はその場で卒倒するかと思った。というより今、死にそう。
 メンテナンス場の奥の方に位置する床に直に座って主砲のコアの数値と睨めっこしていると、入り口の方でうちの課では数少ない女性整備士数人がキャアキャアと盛り上がっている。
 さっさと仕事しろよ、アンタら今日何したよ?と思いながら耳をそば立ててみると、どうやら社内の様子を伺うために新社長が各フロアを視察して回っているらしい。それで今日の午後はここへ来るらしいけれど、関係ないや。目の前には主砲。私の後ろにはたくさんの機銃たちとキャタピラ、そしてカメラやセンサーが文字通り山積みになっている。これを早くどうにかしないと、他のメンテナスが滞っていた。
 あぐらをかいた膝に肘をついて頭を支えながらモニターを見ていたら、先ほどより大きな黄色い悲鳴が上がった。来たのか、どうせ入り口から見ておしまいでしょ、と考えて頭を持ち上げた。

「やっぱ安定しないなー。仕方ない廃棄するか」

 どうやら主砲の砲口にも幾度も攻撃を受けたようで、コアの見た目は綺麗でもダメージは大きかったようだ。波動砲をあと1発でも撃てば自爆しただろう。結構ギリギリのラインで負けたようだ。
 どこから外せば楽に取り出せるかと、主砲を四つん這いで覗き込みながら手探りでスパナを探す。

「欲しいのはこれか?」
「ああ、これこれ。ありがと……う?」

 手渡されたスパナをチラッと見て聞き慣れない声だと頭に疑問符が浮かんだ。この場に似つかわしくない綺麗な白いヒラヒラも目の端に見えたような……。
 四つん這いのまま恐る恐る振り返ると真っ白い布に包まれた脚が目に止まる。そのままゆっくりと視線を上げたら端正な顔立ちでこちらを見下ろすルーファウス新社長がいた。

「うわ!」

 私は失礼とか考える暇もなく、予想外の展開に思わず女らしからぬ声を上げて主砲の中にペタンと座り込んだ。
 いや待てだって、社長とかってわざわざこんな奥にある鉄くずの裏側まで来ないでしょ普通!?
 まさかの対面にかろうじて絞り出した声で社長だ……と呟くと、後ろに控えていたルーファウス社長の服とは対称的なほど真っ黒なスーツを着た男性がやれやれと首を振っていた。
 はたと気づいていつまでも座り込んでる訳にはと思い、立ち上がると砲口の縁で頭の天辺をぶつける。

「痛っ!!」

 揺れる視界にそのまま頭を押さえて私は再び座り込んだ。

「っこの、鉄くず……っ」

 小さく悪態をつくと笑いを噛み殺したような声が聞こえた。

「随分な損害だな」
「あ、え、ええと、あの。はい、ほとんど使い物には……ならないかと」

 今度こそ主砲から出て立ち上がると、私は涙目で口ごもりながらなんとかそう伝えた。周りの整備士、特に女性陣から睨まれている気がする。

「新しく生産するのと、使えるものを転用すること。君はどちらにパフォーマンス性があると思う?」
「それは技術の宣伝としてでしょうか、それともコストや時間の面でしょうか」
「後者だ」
「それならば生産し直した方がいいかと思います。時間も人件費も無駄かと……転用するにもせめて溶かしてしまった方が楽で……」

 と言ったところで思い出して小さく呟いた。

「ぁ……私だけか……」

 小さく俯いて思考が飛びそうになると視線を感じて顔を上げた。宝石のような青い目がじっとこちらを見て微かに笑った。

「この、“鉄くず”を誰が転用しろと命じた?」
「ええ、と……」

 口をついて出そうになった名前にあれ?それ、言っちゃっていいのか?と一瞬ためらう。命じたのは笑い声が甲高い赤いドレスを着たうちの統括じゃない。
 わざわざ私の言った悪態を流用する社長の顔はよく観察しないと分からないくらいの表情で楽しんでいるように見えた。
 じっと見つめられる視線が痛い。答えないわけにもいかず、指示を仰ぐように近くで様子を見ていた課長に目線を送ったら諦めたように首を振った。

「あの……」
「どうした」
「治安維持部門のハイデッカー統括、です……」

 消え入りそうな声でそう答える。絶対的権力にあまり言いたくなかった報告をして、ここで仕事ができなくなりそうだという考えが頭をよぎった。

「転用して出来た兵器をウータイへ……戦力はスイーパーにすら届かない……」

 辞表を出してしまった方が楽か、今日中に書くかと再び思考が飛んで、いやでもこの鉄くずの処理を押し付けられたのは私だし、スイーパーで思い出したけど弾を不発する奴のメンテがまだ終わってないな等と考えているうちに言葉が尻すぼみになって行く。
 女性陣がほっとかないほどカッコいい社長を目の前にしておいて、思考があっちこっちと落ち着かない。自分でも変人だとは思っているが、癖だから仕方がない。複数のことを同時に考えるから、言葉が1番に疎かになる。
 目の前の人物がそんな私を見て口元に弧を描いていることなど私は知らない。

「……い。おい」
「あっ! すみません……」

 呼び掛けられた低い声にハッと我に帰った。
 周りの女性陣が信じられない、やっぱり変な子などとヒソヒソ言っているのが聞こえる。明らかに社長の耳にも聞こえているだろう。

「ええと、その……なんのはなし……」
「名前は」
「へっ?」

 これまた予想外の質問に私は素っ頓狂な声を上げた。周りの視線が突き刺さる。射殺されそうだ。

「キミの名前だ」
「マックハインです」

 なぜ名前を聞かれたのか分からず、そこら辺にいる名前よりかは分かりやすいだろうととりあえずファミリーネームを名乗る。社長は少し考えるように視線を一瞬横へずらすとまあいいかと呟いた。
 続けてこの鉄くずは廃棄しろと命じて去っていった。

「なにが、まあいいか……?」

 そのあとが忙しかった。大急ぎで廃棄に回す手続きの処理をして、滞っていた自分のメンテ担当機に着手できたと思ったら夕方ごろにハイデッカーが乗り込んできた。
 部長と課長がなんとか宥めようとしているが、社長と会話をしてなおかつ名前まで聞かれた私をよく思わなかった女性整備士が私の名前を漏らしやがった。
 ハイデッカーは社長とは大違いの品のない下卑た笑みを浮かべながらドカドカと私のところまで歩いてくる。

「キサマか。あの若造にいらんことを言ったのは」
「聞かれたことを素直に答えたまでです」

 普通にクビになればいい方かと思ったら肝が座ってしまった。淡々と答えた私にハイデッカーの額に青筋が浮かぶ。
 ハイデッカーが目の前で何やら大声で喚いているが、辞表はどうやって書くのか後で課長に教えてもらおうとかすぐに辞めさせてもらえるんだっけ?とかまた思考が飛んだ。退職金は貰えなさそうだなと考えたところで言いたいことを言い終えたらしいデカブツは「覚えていろ」と吐き捨てて、子分の神羅兵を連れてドカドカと出て行った。

「……くん。マックハイン君!」
「……! はい。課長、なんでしょう」

 ハイデッカーが去った後もその場で立ち尽くしていた私に部長と課長が心配そうに声をかけた。
 また同僚たちが遠巻きに私を見ている。チラッと入り口の方を見たらチクった整備士がニヤニヤしていた。

「心配いらない。キミをクビにはさせない。うちの部で1番優秀だからね」
「ええ。マックハイン君がいなくなったら困る」
「いえ、大丈夫です! 何も気にしていないので」

 辞表の書き方を教えて欲しいなんて言えない空気にヤケになってあしらう様に答えてしまった。でも2人は気にしていない様でほっとした様子で頑張ってくれなんて言いながら帰っていく。
 私は時間を無駄にしたと急ピッチでメンテナンスを進めた。集中していたらいつの間にかフロアの明かりが薄暗くなっていた。同僚たちはもう残っていないみたいだ。

「帰るか……明日は休みだ」

 呟いてのそっと立ち上がると更衣室に行ってラフな格好に着替える。お世辞にもお洒落とは言えない無地のパーカーにジーンズ。制服がツナギである整備士に許された私服通勤は楽ではあるけど、考えるのは面倒くさい。
 まあでも週に2、3日は泊まりこんでるからいいかと考えながら指先を念入りに洗う。もう落ちない黒い油汚れ。女の手じゃないと笑う者もいたが気にしない。自分なりに仕事を頑張っている証だ。ついでに顔を洗って、これまたお洒落なものなんて一切入っていない鞄を引っ掴んでロビーへと向かった。
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