ささやかすぎる我儘
「さて、なら私から1つずつ聞いていこう。ピアスはどうした」
いきなり核心に触れられてドキッとする。そうだよね。大切にすると言ったのに、私はいまピアスをつけていない。
「なにか言われたか?」
「……似合ってないから外せと……」
「あの秘書はそんなことまで言っていたのか。私はよく似合っていると言ったはずだが、キミはどちらの言葉を信じるんだ」
「だ……」
だってあの人はこのピアスのことを知っていました、と言おうとして私はまた口を閉じた。すぐに口を噤む自分に嫌気がさす。それが原因でこんなことになっているのに。
私が言ったことで、誰かがどうかなるなんて嫌だ。私が黙れば何も、周りは何も変わらずに済む。
話したいと言ったのは自分なのに、守れない。
「リク」
俯いたままの私の名前を呼ぶ社長の声は怒っているようだ。
「私の大切な恋人を傷つけることは許さない。たとえキミ自身でもな」
俯くなと言って社長は私の頬に触れた。真っ直ぐな目には優しさが映っている。
「人のことを考えて抑え込まなくていい、自分のことを考えろ。今の私は社長じゃなくてキミの恋人だ」
私を抱き寄せて、聞かせてくれるな? と言った言葉は社長から感じる体温のようにとても暖かかった。
今日のことで頑なに話そうとしない私を見て、この人は私からなんとしてでも聞き出そうとするだろう。話すしかない。
「……あの人、なんでアンタがそのピアスをつけてるの? って言いました。私が、ルーから貰ったって知ってるみたいに……」
驚いたように社長はまさか、と言った。一瞬何かを考えて口を開く。
「1度、会社の机に入れたことがあったが、軽率だったな。私がキミを一方的に避けた日だ。私の机まで探っているのか」
すまないという呟きはとても苦しそうだった。私まで胸が苦しくて社長のナイトウェアの胸元をぎゅっと握る。
社長が新しいものにと言い出して、私は慌てて首を振った。
大人になって初めて人から貰ったプレゼント。村を出てから祝われることがなくなった誕生日やクリスマスみたいな日が、一早く来たみたいでとても嬉しかった。
「そのピアスは、そこらでも売ってそうなほどシンプルだが、キミのために作らせたものだ。青い石も色が濃く、色の変化が分かり易いものを選んだ。他の誰でもない、リクに渡すためだけに用意した」
ハイデッカーが言い放つ小娘という嫌味が似合うようなちんちくりんの女に、本当にとんでもないものをプレゼントしてくれたと思う。それを簡単に新しいものに変えようと言うのだから驚く。
「私、このピアスがいいです。他のじゃ嫌です。1人になってから初めてプレゼントを貰って、プレゼントを貰うってこんなに嬉しいんだって思いました」
震えた声で噛み締めるようにもう一度これがいいです、と言うと抱きしめる腕の力が強くなった。
やっぱり私はこのピアスをつけていたい。好きな人からもらった、素敵な色のピアス。
「ルー、もう一度つけてくれませんか?」
「わかった」
私はルームウェアのポケットに入れ直していた、ハンカチに包んだピアスを社長に渡した。
優しい手つきでそれを受け取った社長が私の耳に触れる。くすぐったくて身をよじると、あの日と同じように笑いながら動くなと嗜められた。
「よく似合っている」
そう言われて嬉しくてニコッと笑った目から、一粒だけ涙が落ちた。社長が泣かなくていいと親指でその涙を拭う。
社長の言葉だけでスッと胸のトゲが抜けた。まるで魔法みたいだ。
「他には? まだあるんだろう?」
「そう、見えますか?」
「ああ。キミが何か言いたいときは少し口を尖らせる」
そう言って社長が私の唇に指を滑らせた。
え……そんな癖知らない! もしかしてずっと!?
「あの、それ、いつから……」
「子供の頃からだ」
「う、そ……」
「嘘じゃない。初めて会った日も、キミはお母さんに挨拶を促されて、言えずに口を尖らせていた。慣れて話せるようになったのに、帰り際も何か言いたそうに口を尖らせていた」
私は唖然として目をパチパチさせた。社長は思い出すように目線を少しずらして続ける。
「たしか会社のロビーで辞表のことを考えていたときも、キミは口を尖らせていたな。だから何かあると思って調べさせたらハイデッカー君の件だった」
ほらまた口が尖っていると言われて初めて気づいた。確かに私は今、言いたいというか聞きたいことを思い出したからだ。
「そ、その調べさせたらとは誰に……」
「タークスだが」
他にも人がいるんだと思うんだけど、ツォンさんとかが……?
「総務部調査課、通称タークス。諜報などを仕事にしている部署だ」
「いま、少し濁しました……?」
「リクが知らなくていいこともして来ているからな」
「……」
「別にキミを見張らせたり、調べさせたりはしていないから安心してくれ。今日の昼の件はたまたまその1人が見かけて報告をあげてきただけだ」
ツォンさんに送ってもらった時、監視されているような気になったのは、あれは仕事の癖でよく人を見ていたからか……。
「さあ、今日はリクの言いたいことをとことん聞こう」
社長が少し座る態勢を整えて、まず一つ目は? と促した。
また俯く私の顎をすくい上げる。
「……服を、選んで欲しいです」
「買って欲しいじゃなくてか?」
ぎょっとして私は大きく頭を振った。買って欲しいなんてそこまで望んでない。私はただ社長が誘ってくれたときに答えられるように普段着を自分で買いに行きたいだけだ。
社長の好みを知りたいだけで……。
「自分で買います! 選んで欲しいだけです。ルーの、好きそうな服……普段着に……」
「好きな服か。リクは動きやすいのがいいんだろう? 少し考えさせてくれ。際どくならないように配慮する必要がある」
ふむ、と考えながら軽々と口にした言葉に戸惑う。
……えっと、際どいって、いったいどんな服を私に着せるつもりなのだろうか……。
「次は?」
「次は……ルーとその、1日でいいので一緒に出かけたいです」
「ずっと我慢していたのか?」
社長が驚いて目を瞬かせている。本当は電話やメールだけじゃなくて、すごく会いたかったし買い物とかどこかに行ったりとかしてみたかった。でも最近、社長は出張が多いから疲れてるだろうと何も言えなかった。
「いつも忙しそうだったので……」
「わかった。ちょうどいいから明日服も見にいこう」
「そんな! 急に大丈夫なんですか?」
「もともと明日は空けてあった。キミを甘やかすためにな」
ふっと笑う顔に胸が跳ねる。なんでこういちいち色っぽいんだろう。照明が暗いせいかな。
ぼーっと社長を眺めていると、他には? と聞かれて静かに首をふった。
「もうないのか。ささやかすぎる我儘だ。もっと困らせてくれて構わないのだが」
そんなこと言われてもないものはない。今はもうこの時点で社長を独り占めできてしまっているし。
うーんと少し長めに考えて出てきた言葉が、ルーはないんですか? だった。
「いいのか?」
「へ?」
この顔はちょっと、ダメ……。なんで何か企んでいるような笑みを浮かべているんだろうか。
私はなにかを察知してすっと身を引こうとした。それを社長が腰に回した手で阻止する。
「なぜ逃げる?」
「何か、たくらんで……」
「ああ。私はリクが欲しい」
その低い声だけで腰にふわりとした感覚が芽生えた。
私は社長の恋人、だから……欲しいってあれ?
「まだひとつ貰っていないものがある」
そういうこと、だよね。
楽しんでいるように社長の口角が上がった。
「男の家に連れてこられて、抱かれるかもしれないとは考えなかったのか?」
私は声もなく頷くことしか出来ない。
さっきまで泣いてて、嫉妬で気分が沈んでて、まさかなんの気なしに聞いたことでこんな雰囲気に持ち込まれるなんてまったくもって考えていなかった。
「それは残念だったな。私は今日、キミの全てを貰うつもりだ」
私に対して残念だったなという口調には、全く哀れみや共感性を感じない。
朝まで離してやるつもりはないから覚悟しろ、と囁かれてベッドに押し倒された。なるべく優しくはしてやると付け足されて、なんで私はここで思い出すかな。過去に恋人がいたかなんて疑問……。
ぎゅっと目を瞑った事で私の体をまさぐろうとしていた社長の手が止まった。
拒んだわけじゃないけれど、社長の体温が少し離れた。
「リク?」
私を呼ぶ社長の声に少しだけ動揺が混じっている。拒まれたと思ったんだ。
違う。拒んだわけじゃ、ない。
「ごめんなさい、ただの嫉妬です」
「言ってみなさい」
「ルーが、まっすぐ言葉をくれるので、その……前のこ……」
「いない」
前の恋人にもまっすぐ言葉を伝えていたのかと言おうとしたら、すぐに遮られた。
「特定の相手などいなかった」
「あ、そんでは……」
「そこを突かれると痛いな。本番前の練習だと思ってくれ」
ちなみに愛人というものには反吐が出る、と呟いた社長の目には一瞬だけど悲しみが見えた気がした。何があったかなんて恐れ多くて聞けないけれど、すぐに私を見つめる目に熱がこもったので流されてしまった。
「オレがずっと欲しかったのはリクだけだ」
「っ」
突然の素に心臓が止まりそうになった。
「言っただろう。リクを見つけたから遊ぶ理由はなくなったと。これ以上お預けを喰らうのは厳しいのだが、他に聞くことは?」
私は社長の顔をぼーっと見つめてフルフルと首を振った。振るしかなかった。
覚悟を決めて目を瞑ると、それを合図に社長は私の唇を塞ぐ。
後は、何も考えられなかった。- 23 -*前 次#
Moon Fragrance