名前を呼ぶ声
嫌な予感のままエレベーターに乗り込んでフロアに着くとミンスがいた。飛び出すとぶつかりそうになって支えられた。
「お前どうしたんだよ。いきなり出て行ったと思ったら」
「今話してる時間ない!」
「ちょっと待てって、いま社長が来ててお前のこと……」
「えっ!? ……やばい」
整備場に社長が来てるのはもっとやばい。なにも起こりません様にと祈りながら廊下を走り出した。
それをミンスが追いかけてくる。
「なにかあったのか?」
「モススラッシャーのパネルの中が弄られてた。何をされたか確認しないと」
「おいそれって……手伝う!」
「助かる!」
整備場に入っても足を止めなかった。社長は騒がしく入ってきた私に気づいたみたいで声を掛けられそうになったが構っていられなかった。
ごめんなさいとだけ言い放って一直線に自分の作業スペースへと走る。
「ない!」
机の中を引っ掻き回すが見つからない。機械兵器は雷に弱い。大型兵器の緊急停止用にコアを叩き壊すための高圧電磁ロッドがどこを探してもない。
「ミンス! 電磁ロッド貸して!」
「おう!」
投げ渡されたロッドを受け取ってモススラッシャーに取り付けた足場に登る。
パネルを覗き込もうとした時、コアが光った。どうなってるのか確認しても間に合わないと悟って電磁ロッドをコアに突き立てようと振り下ろしたが一足遅かった。
コアにロッドが届く前にモススラッシャーの刃が回転を始める。死が頭をよぎった私は恐怖でうまく力が入らなくてコアを壊せなかった。
各整備士が悲鳴をあげて逃げ惑う。逃げて!と叫ぶのが精一杯で自分が逃げる暇もなく刃によって足場は切り刻まれ、体当たりを受けた。私は崩れ落ちるそこから硬いコンクリート床へ放り出された。
「リク!」
ミンスとは違う低い声が私の名前を呼んだ気がする。
私が床に叩きつけられるまではスローモーションに感じた。私のデスク前にいたミンスは何とか避けられたみたいだ。ほっとした束の間、頭はかろうじて守ったけど肩と背中を床で強打した。痛みで丸まる私の腰や背中に足場の細い鉄骨がトドメのように数本落ちてくる。
「った……やば……」
痛みに堪えてなんとか上体を起こせはしたけど、腰が抜けて立ち上がれない。顔を上げるとモススラッシャーがこちらを向いていた。明らかに今の標的は私だ。だめ元で電磁ロッドを探すが落ちた衝撃で床を滑ったらしく遠くの方に転がっていた。
目を離さずに後ずさるが、距離を詰めてくる相手にもうダメだと硬く目を閉じると、銃声と耳を劈くような金属音が聞こえて体がふわっと浮くように立ち上がった。
「大丈夫か?」
耳元で聞こえる声に目を開けると社長の腕の中で支えられていた。顔を見上げて声も上げられずに頷くと安心したように目が細められた。
社長の片手にはショットガンが握られている。まさかと思ったがそれ以上を考えているいつもの余裕は流石になかった。
「社長!」
ダークスーツを着た男性が社長を呼ぶと、社長はモススラッシャーの硬さに舌打ちをした。
距離が離れただけでまだモススラッシャーの刃は回っている。相手もこちらを伺っているようだ。さすが神羅のAI、と思ったが感心している場合じゃない。
ケータイ端末を取り出して目の前のモススラッシャーにアクセスしようとするが拒否される。
「非常停止信号が受け付けられない……」
「なにがあった?」
「私に嫌がらせをしたくて制御パネルをいじられたみたいです」
「耳を塞いでいろ」
社長はそう言って私の耳に手を当てるとジリジリと近づいてくるモススラッシャーに発砲するが、回る刃にほとんどが弾かれる。
「さすが我が社の兵器だ。感心するほど厄介だな」
「社長。モススラッシャーの頭部の裏を狙えますか? そこに電気系統を制御するパネルがあります。それを壊せばモーターへの電力供給が止まります」
ケータイ端末でモススラッシャーの構造を見せると、私の言葉を聞いて社長が不敵に微笑んだ。
「私を誰だと思っている。リク、目を離さずにちゃんと見ていろ。ツォン、彼女を頼んだ」
社長はそう言って驚くほどの早さでモススラッシャーへと向かっていく。
「怪我は?」
気がつくといつのまにか隣にはツォンと呼ばれたダークスーツの男性が立っていた。
体の心配をされるが今は不思議とほとんど痛みがない。これ後からくるやつだと察する。
「平気です。打った背中が少し痛いくらいで……。あの! 頼んでおいてアレなんですけど、助け呼ばないと……!」
「問題ない。社長はそこらのソルジャーよりは強い」
「え……」
社長の方へ目を向けると、コインを指で跳ね上げたと思ったら、それを撃ち抜き赤い閃光となってモススラッシャーに当たる。先ほどの耳を劈くような金属音はこのコインショットかと気づく。
モススラッシャーが少し怯んだ隙に、床面に発砲するとその反動でモススラッシャーの背後に回り頭部のパネルを撃ち抜いた。人間離れした動きに唖然とする。
モススラッシャーが崩れ落ちたのを見て、見惚れていたことに慌てて私は電磁ロッドを拾って走り出した。次は仕留めないと。
モススラッシャーの動作制御パネルの中にあるコアに電磁ロッドの出力を最大にして力の限り突き立てた。
「ごめん!」
バチンッと音が鳴って眩しく光るとモススラッシャーが完全に沈黙する。
私はヘナヘナとその場にへたり込んだ。電磁ロッドを抜いてコアが割れていることを確認した。見える限りではどうやら指示を送るための制御盤のコードが切断されているようだった。
「これ始末書何枚分よ……」
「気にするのはそこか?」
声を上げて笑いながら私の横に片膝をついて私の顔を覗き込む社長は紛れもなくヒーローというか王子様だ。
「ご迷惑をお掛けしました」
「かまわん。楽しかった」
思わぬ回答に訝しげに社長の顔を見ると本当に楽しそうだった。
「立てるか?」
「はい。ありがとうございます」
手を差し出されてその好意に素直に甘えるとなんとか足腰に力を入れて立ち上がった。
映像に映っていた件の犯人。この期に及んでまだ私を睨んでいる。私の中で何かがプツンと切れた。
私の腰を支えてくれてる社長の手をするりと抜けて、ズカズカと犯人の元へ歩いていくと女の頬を思いっきり引っ叩いた。
女は痛みと衝撃でよろけて転けた。
「なにすんのよ!」
徐々に赤く腫れ上がっていく頬を手で覆って、女は金切り声のような抗議の声を上げたが私はかまわず大声で怒鳴りつける。
「なにすんのよはこっちのセリフだ!」
それだけで女は少し怯んだが、私はカメラ映像のコピーを見せてそのまま捲し立てた。
「工具も部品も電磁ロッドも隠して、困るのが私だけならアンタの嫉妬はまだ可愛かった! でもアンタは私だけじゃなくて同僚やルーファウス社長も巻き込んで、なおかつ命を危険に晒したの。わかる!? これで関係ない誰かが死んでたらどうするつもりだったんだ!」
女の瞳が溜まった涙で揺れてる。こんなことになるなんて思わなかったと小さい声で呟いたものだから、余計に私の怒りのボルテージが上がった。
「こんなことになるとは思わなかった!? アンタ整備士でしょ! 普段触らない機械弄って安全なわけあるか!! アンタが考えずに切断したのはAIに人的指示を送るための制御盤に繋がるコード! 私たちが扱ってるのは兵器だ! だからこそ細心の注意がいる。そんなガキみたいな嫉妬心で弄っていい代もんじゃない! アンタは整備士失格だ!」
そこまで言い切ると普段あまり喋ったり大声を出さない私は一気に酸欠になった。
頭がクラクラする。
目を見開いて絶句している女を見ると本当になんのコードか分かっていなかったらしい。小さく分割されたパーツしか触ったことがないから無理もない。
ふーっふーっと肩で息をしながらまた怒りで殴りかかりそうになる私を社長が制した。後ろに立って私の腰に手を回し、もう片方の手で私の目を塞ぐ。どさくさに紛れてなにをしているんだこの人は。
「マックハイン、落ち着け」
社長が私の腰に手を回し目を塞いで耳元で囁くなんて余計なことをするから妙に冷静になって呼吸が落ち着いた。
「これ以上の処分はキミの仕事じゃない」
社長がどんな顔をしているのか目を塞がれているからわからないが、それでも静かな冷たい声色で相当怒っていることが想像できた。
「連れて行け」
通報を受けて兵士が数人来ていたようだった。私は目を覆う社長の手に触れて退けてもらうと、拘束されふらふらと連れていかれる女が目に入った。
大量にアドレナリンが出たらしく誰が見てもわかるほど手も足も震えている。もう社長にはバレているはずだけど、それでも震えを隠したくて社長の手を振り解いて走り去った。
後ろで名前を呼ぶ声が聞こえた。- 4 -*前 次#
Moon Fragrance