決意と悲しみ
こんなところで休んでる場合じゃないと思いだして、力の抜けた自分の足を叱咤する。ハイウィンドのシステムを書き換えないと。バレてはいけないと、当日まで何も出来なかったのだ。
急いでハイウィンドに乗り込むとシド兄がいた。
「こんな危ないところになんで来た!」
「シド兄どいて! 話してる暇ない!」
「あ?」
シド兄を押し退けてハイウィンドのコンピューターを起動させると、システムを書き換えていく。神羅の制御下からセキュリティを外していった。
「お前、何してやがる!」
私が何をしているのか理解したようでシド兄が声を荒げた。でもそれを聞いている時間などない。
「リク、お前がそんなことしたら……」
「いいの! 私が決めたことだから」
シド兄が折れねえ目だなと言って頭をかいた。システムを書き換え終わってコンピューターを再起動させる。顔を上げてシド兄に向き直った。
「シド兄、あとは任せた。メテオもウェポンも、星も」
「それを任せるのはルーファウスじゃなくていいのか?」
「社長ももちろん信じてるよ。神羅の技術だって知ってる。さっきもウェポンを一体倒した。でも、保険って必要でしょ? 神羅の技術でどうにもならなかったとき、シド兄達ならなんとかしてくれるかなって」
「危険な旅かも知れねえが、来ねえか?」
ケット・シーにも同じことを言われた。嬉しいけれど、私のしたいことは星を救うことじゃない。アバランチの人達みたいに大きなことじゃない。たった一人の男に対する個人的な感情なのだ。この先、星が救われたとき、平和になった世界で彼が心穏やかに生きてくれればそれだけで十分だった。
静かに首を振ってじゃあねと言う。シド兄が小さくそうかと言った。
「またな」
「またね」
たった三文字に心配も決意もこれからの希望も全て込めた。シド兄はちゃんと分かっている。
私はブリッジをあとにする。ハイウィンドを降りて大きな機体を見つめた。空にメテオが見えるのは頂けなかったけれど、濃紺の海にどこまでも続く青空と真っ白な雲。その前に悠然とプロペラを回すハイウィンドはとても映えた。いつかこの景色をメテオの消え去った平和な世界で見られたら心躍るだろう。
話し声に振り返るとケット・シー達がいた。
「準備は大丈夫です」
「ホンマにええんですか?」
私はその問いかけにしっかりと頷いた。バレットさんがどういうことだ、という顔をしている。きっと何も教えられていないのだろう。それなら私から言うことはない。
「ほな、行きましょか」
「説明しやがれケット・シー!」
「話はあとや! では、リクさんお元気で!」
ケット・シーは手をちょいちょいと動かして私を呼んだ。顔を近づけると、何かあれば私を頼ってくださいと言われた。それはきっと統括自身の言葉なのだと思った。
「ありがとうございます。さあ、急いでください」
「おおきに」
ケット・シー達がハイウィンドに乗り込むのを見届けた。少し離れると、プロペラの回転が速さを増していく。私は自分の帽子をハイウィンドに向かって大きく振った。ハイウィンドが静かに高度を上げて、ティファさんが捕らわれている処刑場の方へと進んでいった。私は敬礼をしながらそれを見つめる。
建物の方からハイウィンドが飛び立ったことにワラワラと神羅兵さんたちが出てくる。発砲する者もいたけれど、そんなことで傷つく飛空挺じゃない。私はハイウィンドの姿が見えなくなるまで構わず敬礼を続けた。
ハイウィンドに向けられていた銃口が私へと向けられる。
「手を上げろ!」
叫ばれる声に大人しく手を上げた。軍は加減を知らないと聞く。手を上げても撃たれるときは撃たれるのだ。覚悟は決まっている。ハイウィンドの飛び去った方を見つめながら、どうされるのかを静かに待った。
動けないからどうしたのかは知らない。でも私の後ろがざわつきだした。
「銃を下ろせ」
「ですが社長……!」
「下ろせと言っているのが聞こえないのか」
社長の不機嫌な声に、反論した兵士さんが怯んだのを感じた。
情報の伝達だけは本当に早い。私が手引きしたと伝わったから彼がわざわざここまでやって来たのだろう。私でなければ撃ち殺せと命令していたのだろうか。それとも何時間も取り調べされるのだろうか。
「ハイウィンド奪取の手引きをしたのは本当にキミか? マックハイン」
私は彼に背を向けたまま首を縦に振った。それに小さく溜め息が聞こえた。社長は兵士さん達に持ち場に戻れと命令する。彼らは渋々だがそれに従い、散り散りに持ち場へと帰っていった。
「リク。手を下ろしていい」
落胆した声でそう言われ、私は従った。その声の理由は無理もないだろう。どこまで知っているのだろうか。
彼が私の腕を掴み、振り返らせた。
「私の目を見ろ」
「っ……」
彼が私の顎を指で掬いあげて無理矢理に視線を合わせた。いつものように真っ直ぐ私を映しているけれど、どことなく悲しげに見えた。
「やつらに脅されたのか?」
「……いいえ」
「庇っているのか?」
「違います」
深く息を吸って答える。嘘はつかないと決めた。いや、ついてもすぐにバレるだろう。脅されてやったと言ってほしかったらしい彼が息をのんだ。
「私が自分の意志でやりました」
「なぜだ」
「言えません」
彼の目がスッと細められる。初めて私に向けられた冷たい目だった。瞳の色によく似た氷のような目。純粋に怖いと思った。
頭の芯が冷えていく。彼は何も知らず、私への想いは薄れる。それでいい。これで処分しやすいはずだ。
「何を隠している」
「なにも、隠していません」
「そうか、わかった」
体が恐怖で震えそうなほど、声すら冷え切っていた。来るんだと言って私の手を掴み無理矢理に引っ張っていく。その手は力強くて痛かった。
痛みに耐えながらついて行く。私の力じゃ抵抗したところで無駄だ。どこへ連れて行かれるのか、どう処分されるのか。怖くないわけじゃないけれど、なるようになるしかない。
連れてこられたところは事務机と椅子が置かれた、それ以外には何もない殺風景な小部屋だった。窓もないその部屋に押し込まれる。でも決して乱暴ではなかった。
「ここにいろ。出ようなどと考えるな」
冷たい声で言い放ち、私のツナギのポケットからケータイ端末を抜き取ると私を残して出て行った。扉には電子ロックがかけられたようだ。ケータイは解析にでもかけるのだろうか。ケータイでのやりとりは一切していないから期待するもの何も出てこないだろう。
事務椅子の背もたれにもたれかかって、足を投げ出して天井をぼーっと眺めた。灯りをつけてもどことなく薄暗い。ケータイ端末を取られたので時間がわからない。それが意図していることなんだろう。
薄暗さも、殺風景な狭い部屋も、窓がなく時間の感覚が分からなくなることも、人間にとっては苦痛だ。そして何をされるか分からない恐怖。人の心の扱い方はさすが世界を統べる大企業のトップと言えるだろう。こんなことでも彼の凄さを思い知るなんて思わなかった。
不安に駆られて、私が話すことを望んでいる。それが私に分かる唯一の情報だ。でも幸い、頭の中にはいくつか書籍を丸暗記しているから暇つぶしには困らなかった。好きで何度も読み返したものばかりだけど。
何時間経ったのかは分からない。危機感もなく頭の中で次はどの話を思い出そうかと考えながらうとうとし始めたとき、ドアの方から電子ロックが解錠される音がした。ドアを向くと彼が私をここに閉じ込めたときと変わらない苦い顔で私を見ていた。
「話す気になったか?」
「いいえ」
わかりきった問いかけに、口元に笑みを浮かべて答える。それに彼がギリっと奥歯を噛んだ。
ドンっと鈍い音が鳴ったときには椅子から立たされ、事務机に腰掛ける形で壁に押しつけられていた。
「処刑場にも細工がされていたと報告が入ったが、それもキミか?」
「はい」
「なぜだ」
自分から彼の目を見据え笑みを崩すことなくその質問には答えない。許してもらおうなどとは考えていないから、話すことは何もない。
「リク!」
彼の険しい目と大きな声に体がビクッとなる。目の前にいるのは私より大きく、背の高い男の人だ。怖くないはずがない。しかも人形のように整っている顔とガラス玉のような透き通った青い瞳は恐怖を助長させた。それでも私は真っ直ぐ彼を見た。
彼の眉間に深く皺が刻まれて私の二の腕を力強く掴み、部屋の外へと連れ出される。私の腕を引っ張りながらずんずんと廊下を進んでいった。痛みに私の顔が歪む。
その痛みに耐えながら引っ張られるままに、前のめりになる形でついて行った。連れて行かれた場所は、私たちが宿泊している支社ホテルの部屋だ。中に入った瞬間、力任せにドアに貼り付けられるように自由を奪われた。
怒りと悲しみの混ざった目。どうするつもりなのかは理解できた。- 39 -*前 次#
Moon Fragrance