決意と悲しみ
2人の処刑が決まるまでに、やるなら早くやらなければ。ティファさんと言う人がいつ目が覚めるのかわからない。今日かもしれないし明日かもしれない。決行するにはきっとティファさんが目を覚ましてからだろう。
「いいですか? リクさん。何かあったら全部やめて逃げてください。ボクらは全力であなたを守るさかい」
昼間は皆、思い思いに仕事をしている。特に社長や統括は会議を重ねているから気づかれにくい。
「これは神羅兵の制服とセキュリティのアルゴリズムや。リクさんなら解けるやろ?」
ケット・シーに神羅兵の制服を借りて処刑場として使われる部屋に忍び込む。
鍵のセキュリティは古いタイプだったから、言われた通り難なく開けられた。
「ショック受ける部屋かもしれんけど、頼みます」
悪趣味にも何故こんなものを用意しているのか、広い部屋の奥には小さな小部屋と拘束椅子……。
パイプ椅子をいくつか並べているあたり、報道や見物人を呼ぶつもりなのだろう。ここでもしかしたら数日以内に非人道的なことが行われると思うとゾッとする。震え出す手を握りしめた。
「奥のタンクの裏にバルブコックがあります。それを左に回してください。毒ガスが外へと排出されます」
毒ガス……。どんな薬品なのかは化学には精通していないからわからない。でもきっと、とても苦しいには違いない。自分で嫌な想像をして大きなため息が出た。
バルブコックを捻ると、勢いよくガスが屋外へと吐き出された。全部なくなるまで約10分。その時間がとても長く感じた。
「ガスが全部排出されたら、バルブコックを真ん中に合わせる。そしたらすぐ横にあるガス注入用の弁を開けられるようになります」
プシューという排出音が聞こえなくなってバルブコックを真ん中まで捻る。注入用の弁は……あった、これだ。
そこへ“ただの空気”を注入していく。
「最後やけど、念のためこれを奥にあるタンクに混ぜてください。それでガスの中和が出来ます」
タンクの横にある小さな蓋を開けてその中に言われた通りの薬品を流し込んだ。最後にバルコックを元の右の位置へ捻って、毒ガスの処理は完了。
次に小部屋の方の拘束椅子。こちらは鍵が開きやすくなるように簡単に細工しておくだけ。万が一開けられなくても、ティファさんやバレットさんが毒ガスで死ぬことはない。
全ての工程をやり終えて私はこそこそと部屋を出た。近くの女子トイレに入って神羅兵の制服を脱ぐ。それを紙袋に入れてダクトに隠した。
妙に脱力感がある。あとは当日に担当の神羅兵さんをスタンガンで気絶させて……、って私に出来るのかな。訓練を重ねた人たちだから心配だった。
ティファさんが目を覚ましたとケット・シーから連絡が来たのは、その二日後だった。すぐに処刑場の部屋へと移されるらしく、大急ぎでトイレのダクトに隠してあった神羅兵の制服を着る。すぐに兵士の待機部屋へと直行した。頑張って低い声を出して新人だと偽る。先輩の仕事ぶりを見てこいと言われたと伝えれば、誇らしそうについてこいと私に言って背を向けたところにスタンガンを首元に当てた。あまり電圧は上げてないから少しの間気絶する程度だ。バチンと弾ける音が鳴って神羅兵は崩れ落ちた。緊張で少し荒くなったのなんとか落ち着ける。
外に出て簡単には開かないように細工した。あとはスカーレット統括が来るのを待って後ろについて入るだけだ。
「あら、今日のお供はあなた? 随分と小さいのね。ま、いいわ」
処刑部屋の前で私を見たスカーレット統括が少し訝しげな顔をしたけれど、それ以上は深く追求しなかった。仕事をこなせばなんでもいいのだろう。そういうところは少し雑だなと思った。
統括が先導して悠々とドアをくぐった。ステージの前に立つ彼女から少し離れた場所でことを見守る。テレビカメラまで用意させて本当に悪趣味な人だ。緊張で息が少し早くなる。さりげなく深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けようとすると、10分もしないうちに彼らが来た。
すらっとほっそりしているのに、私と同じ女性だとは思えないくらいの大きなお胸。格闘家のような身軽そうな服装と、しなやかについた筋肉を持った彼女はきっとティファさんだ。
その後ろにいるのは、ハイウィンドの中で気絶しているティファさんを抱きかかえていた右腕が中の男の人だ。彼がバレットさんだろう。後ろ手に縛られたその大きな体躯はとても窮屈そうだった。
スカーレット統括は彼らが入ってきたのを至極楽しそうに見て口を開いた。
「みなさんお集まりになった? この者たちが世界をこんな混乱に貶めた張本人たちよ!」
「何だこいつらは?」
「あなたたちの無様な死にざまをテレビで全国中継するのよ」
テレビカメラに向かってとてもにこやかな顔と声色でそう告げる。本当は違うのに、やはりそういう理由で処刑するのだ。もっとも、統括にとっては理由なんてどうでもいいのだろうけれど。
「スカーレットさん。なぜ今回はこのような公開処刑を?」
「メテオで混乱した民衆をまとめるには誰か一人、悪者をつくるのがベストなのよね」
「悪趣味」
そう言ったティファさんの言葉には大いに賛同できた。それを聞いてスカーレット統括が続ける。
「口には出さないけど、みんな本当はこういうのが大好きなのよ! さ、まずはこの娘からよ」
「やるんならまずオレからやれ!」
「ほらほら、カメラさん、こっち! こういうお涙ちょうだい芝居が最高にウケるのよね!」
バレットさんが体を大きく揺らしながら、騒ぎ出す。本当に悪趣味なことにカメラをそちらへ向かせて、スカーレット統括は私に合図をした。いよいよだった。上手くいきますようにと念じながら、ティファさんを先導してガス室の中へと入る。
私の後ろで突き飛ばされたティファさんが抗議の声を上げた。しっかりとした声は気の強さを感じさせた。
「何するのよ!」
「私の特製ガスルームよ。じっくり時間をかけて思う存分苦しんでちょうだいね」
大丈夫。ガスの中はただの空気だ。たとえ新しい物が注入されていても、中和剤がなんとかしてくれるだろう。ケット・シーを信じるしかない。
私はティファさんの縄を解きながら彼女の手に小さなメモを渡した。
――助けます。心配しないで。
驚いた顔をして私をチラッと見たけれど、すぐに前を向いた。私が横にずれると、スカーレット統括はティファさんを突き飛ばして椅子へと座らせた。彼女の手を椅子の枷に固定するには手が震えた。でも枷の細工も上手くいっているようだ。
睨んだティファさんをスカーレット統括が生意気ね! とぶって部屋を先に出て行った。私はそれを見届けて、わざとティファさんの前に枷の鍵を落とした。こちらを見た気がしたけれど、目を合わせること無く私も続いて部屋を出た。
「さ、楽しいショウが始まるわよ」
カメラに向かって高らかに宣言して、いつもの甲高い笑い声を上げた。その瞬間、ジュノン全体に緊急警報が鳴り響く。
『ウェポン襲来! 総員戦闘配備』
誰かがウェポンが来た、逃げろと騒ぎ出した。記者やカメラマン達が逃げていく。その混乱に紛れて私もその部屋を出て行く。ウェポンの襲来は想定外で怖かったけれど、正直どうやって出て行こうか悩んでいたから助かった。ジュノンは要塞だ。兵器や機銃、大砲、それに要塞の真ん中にはシスター・レイという大型キャノン砲がある。きっとなんとかなるだろう、そう信じてもう必要なくなった神羅兵の制服を脱ぎ捨てた。
あの部屋にルーがいなくてよかった。変装して神羅兵のヘルメットを被っていても、彼なら私だとすぐに見破っただろう。今のところは上手くいっている。後はケット・シー達に任せるだけだ。ティファさん、バレットさん、どうか無事で……!
ハイウィンドのあるエアポートの方へ行こうとすると、大きな爆発音とともに建物が揺れた。どうやらキャノン砲が使われたらしい。ウェポンは倒せたのだろうかと考えると、他の兵器が使われる発砲音がした。
「まさか、シスター・レイが効かなかったの!?」
確かシスター・レイは大きすぎるが故に、次弾装填までにいくらか時間を要したはず。あの巨大なモンスターを通常兵器でどうにか出来るものなの? この間も外から砲撃の音が聞こえてくる。
大砲が撃たれるたびに床が揺れるので、壁に手をつきながらでも思うように前へと進めない。やっとエアポートへの出入り口が見えたところで電話が鳴った。ディスプレイを見るとルーだ。軽く深呼吸して電話に出る。
『リク、どこにいる?』
「エアポートの出入り口付近です」
『建物から出るな。いいな? また連絡する』
切羽詰まったような固い声でそれだけ告げると電話が切れた。外では相変わらず砲撃の音が聞こえる。その音に混じって微かだけれどゴーッという地鳴りのような音が聞こえた。なんの音? 明らかに攻撃している音じゃない。
何が起こっているのかと一度出入り口から顔を出してみようか考えたら、シスター・レイの砲撃時とは違う衝撃が建物に加わった。体を支えるのに壁に手をついていただけの私は大きな揺れに耐えられずその場で転けた。その後にザバーンという水が打ち寄せた様な音も聞こえて、もしかしてあのウェポンとかいう巨大モンスターが建物にぶつかった衝撃なのではないだろうかと思った。
「あーもう! ハイウィンドのところへ行かないといけないのに!」
揺れが収まりなんとか体を起こすと、投げやりにドアの外へと出た。こちらには被害は来ていないようだ。そのまま走り抜けて、兵器エレベーターに乗り上昇させる。また走り出したところで、粒子砲を扱うような電子音が聞こえて音のする方を振り返った。
青いモンスター、ウェポンが口からビームを放っている。そのビームは先ほどまで私がいた部屋の背壁に亀裂を作った。
「ティファさん!」
あそこにはまだティファさんたちがいるはずだ。そしてウェポンは2発目を放とうとっしているのか、口の中に光が集まりだしている。ウェポンの向いた先はシスター・レイ……。待って……あそこの下の部屋には彼が、ルーがいる!
「やめて!」
意味もなく叫んでぎゅっと目を瞑る。見ていられなかった。あそこにいればよかったと頭をよぎったとき、ドォーンという一際大きなシスター・レイの砲撃音が聞こえた。その全身に響き渡る音に驚いて顔を上げると、ウェポンが海へと沈んでいくところだった。キャノン砲の次弾装填が間に合ったらしい。
私はへなへなとその場にへたり込んだ。とても生きた心地がしなかった。
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Moon Fragrance