Moon Fragrance

安心に包まれて
01



 処刑の失敗や、ハイウィンド奪取の手引きをしてから5日が経った。その間ずっと私は罪滅ぼしなのだと思い込んで、彼の気が済むまでと無理矢理に抱いてくる彼を受け入れ続けた。
 気が済めば、失望してくれれば私を処分しやすいはずだと信じていた。でも彼は違った。私がしたことに怒っていたわけではなかった。
 彼らを庇い、処分を受けると決めつけて私自身を蔑ろにしているのが許せなかったと。譫言でも謝れば許すつもりだったと言われたときには、少し戸惑ってしまった。
 お互いが違う意図で誤解し、すれ違っていた。誤解の糸が解けたとき、お互いが欲しくなって仕方がなくて。ルーがどれだけ強く私を想ってくれていたか、知ってしまった。彼はずっと、ずっと想い続けてくれていた。それを知ったとき、涙が止まらなくなった。
 2人で確かめ合って、寝てしまう。そしてふと夜中に目が覚めた。ここ数日、まともに眠れなかったから癖になってしまったみたいだ。時計を見るとまだ1時だった。
 ふかふかしていて暖かいのは、ベッドの中にいるからで。隣には私を抱き枕のようにきつく抱きしめて寝ているルーがいる。昨日、ソファーで……、ルーの上で寝てしまってベッドまで運んでくれたみたいだ。肌のベタつきもスッキリしているのはたぶん……。
 なんだか大胆なことをしすぎて、今になって恥ずかしさが込み上げきた。
 カーテンが開け放たれている窓からは、柔らかい月明かりと要塞のような建物を照らす灯りが差し込んでくる。そして、メテオの彗星のような炎に包まれた尾が見える。
 私だけじゃなくて、ルーも内心焦っているのかな。それをおくびにも出さないのは、彼の性格なのか、プライドがそうさせているのか。でも胸中がどうであれそんな彼は、間違いなく世界の先導者だ。

「……リク」
「はい」

 私の名前を呼ぶ微かな声が聞こえて、返事をする。

「ルー?」

 次の言葉が返ってこなくて、呼びかけてみたけれど返事がない。どうやら寝言だったみたいだ。寝言で私の名前を呼んでくれるなんてどんな夢を見ているんだろう。
 ルーがもぞもぞと動いて、私を抱きしめる力が強くなった。少し苦しかったけれど、心が温かくなって満たされた。私もルーの背中に片腕を回して密着する。
 素肌が触れ合うのが温かく気持ちよくて、またうとうとし始めた。安心感に包まれて眠ってしまう。
 次に目が覚めたときには、日はとうに昇りきっていた。

「んー……」

 寝起きの気の抜けた声を漏らしながら目を開ける。目の前には彼の白く厚い胸板が見えた。夜中に目が覚めた時よりもはっきりと見えて、顔が熱くなった。
 目をパッチリを開けて、困惑気味に固まる私を見てルーがクスクスと笑っている。

「お、おはようございます……」
「おはよう。体の具合は?」
「だ、大丈夫です。ぐっすり眠れたので」
「それならよかった」

 久しぶりに見た優しい笑みが嬉しくて、私もそれににこりと返す。ん? でも、あれ? なにかが可笑しいと気づく。目をしぱしぱさせて、少し思考が飛ぶ。ルーがそれを見逃さずに、口の端が上がった。

「あ、あの、今、何時でしょうか」

 窓を見る限り早朝、ではないはず。それなのにルーがここにいる。

「11時だ」
「へっ!? し、仕事はどうしたんですか……」

 変な声をあげる私の頬をくすぐりながらルーが目を細めた。

「今日はリクの側にいると決めた」
「で、でも……いいんですか?」
「オレも休まないとな」

 随分と心配そうな顔をしていたらしい。ルーが私の額に口付けて、大丈夫だと優しく言う。

「今、スカーレットくんが考えがあるからと準備している最中だ。1日でなにか変わるなら、人類はそれまでだったということだ」

 ルーがそう言うからには、今は待つ時期なんだろう。まだ心配か? と言って、私の頭を撫でる。それに不安が和らいでいくから不思議だ。静かに首を振って、彼にすり寄った。それを優しく引き寄せてくれる。
 ルーが思い出したように、そういえばと言った。なんだろうと彼を見上げる。

「夜中に起きたのか?」
「起きました、けど。どうして、ですか?」
「珍しく腕がオレの背中に回っていた」
「あ……その……」

 相変わらず布団で顔を隠そうとする私の手をルーがそっと引き止める。

「その?」
「ルーの腕に力が入ったので、温かくて嬉しくて……」

 そこまで言うと、引き止めていた私の手を掴んで背中へと回させた。体が密着して顔が熱くなる。でも彼に触れられることが嬉しくて、そのまま大人しく彼の背中に手を置いた。
 男の人の背中は広いと実感する。それにルーの体は筋肉質で締まっているから、少し固く感じた。
 ルーはそれに満足したようで、私を抱きしめる腕に力を込める。

「リク、愛している」
「〜〜! 私も、愛してます……」

 耳元で響いた甘く低い声に鼓動が速くなる。それを抑えるように目をぎゅっと瞑って応えるけれど、どうしても語尾が小さくなってしまった。

「知っている」

 深呼吸するような深くうっとりとした声でそう言って、私の襟足に触れた指先が愛おしそうにくすぐっている。
 彼にピタッとくっついて、背中に回した腕に思い出した。

「あ……」
「ん?」
「昨日の夜、どんな夢を見ていたんですか?」
「夢?」

 彼の顔を見上げると、少し考えるようにルーの目線が横へとずれる。でも思い当たらないようで、少し困ったような顔で私を見た。

「寝言でも聞いたか?」
「名前を呼んでくださったので、気になったんです……」
「そうか。リクの名前を呼んだのに覚えていないのが残念だな」

 次は覚えておけるといいがと言ったところで、私のお腹が珍しく鳴った……。確かにここ数日まともに食べていなかったけど、普段は仕事にかまけてご飯を抜いても鳴らないのになんで今なの。みるみるうちに顔が熱くなっていく。
 ルーに絶対聞こえたと思っているとまた鳴るお腹……。ルーが肩を震わせている。ガバッと彼から離れて、今度こそ布団で顔を隠した。

「ルーは、なにも、聞いてない、です……」
「まったく……!」
「ちょ、まっ、んぅ……」

 私の被る布団を剥がして私の上に跨がると唇を重ねられる。何度もそっと喰まれた。もしかしてこの状態で襲われるのではないかと身構えた蹴れと、少しずつ力が抜けてくる。でもやっぱりお腹は空いてるみたいで、また音が鳴ってルーの唇が離れた。クツクツと笑いながら可愛いなと言って私の胸元に痕をつけて体も離れた。

「シャワーを浴びてくるといい。昼食を頼んでおいてやる。あと、今日は一日どうしたいか考えておけ」
「わかりました」

 私は布団を肩にかけて纏ってベッドの縁に座ると、辺りをキョロキョロと見回す。なにか脱衣所まで羽織れる物は……と探していたら、本来ルーの着るはずのルームウェアを手渡される。ルームウェアはいつも清潔に畳まれた新しい物が届けられてベッドの上に置かれている物だ。この約一週間はまあ、そのままだったのだけれど……。
 それをありがとうございますとお礼を言って受け取った。腕を通してボタンを締めて立ち上がる。

「ちょっと行ってきますね」
「ああ」
 
 自分のリュックから下着と服を取り出して脱衣所へと足を向けた。
 衣類を置いて、ルームウェアを脱ぐと浴室に入る。コックを捻って熱いシャワーを頭から被った。シャンプーを泡立てながら、髪を洗っていく。
 今日1日、やりたいことかぁ。外も見たいけれど、ルーにはゆっくりしてほしい。彼がここ数日の間、休めていないのは知っている。そしてたぶんこの先も休めない。ゆっくりするなら今日だけに限られる。
 ゆっくりするにも、部屋の中では出来ることが限られてるし。せっかく2人でいるのにお互い本を読むわけにもいかない。ボードやカードゲーム? そもそも私には知識がないし、それでルーは楽しめるのかな? ゆっくりできる?

『リク……?』
「は、はい!」

 いつのまにか髪を洗う手まで止めてボーッと思考を飛ばしていたら、脱衣所の方から心配そうな声が聞こえてきた。

『具合でも悪いのか?』
「い、いえ! 大丈夫です! 少し考えごとを……」
『ならいいが』
「すぐ戻ります……!」

 何もないならゆっくりでいいと言われたけれど、急いで頭の泡を洗い流して体も洗う。
 ハンドタオルである程度の水気を拭って、脱衣所へと出た。バスタオルで体を拭いたけれど髪の毛はおざなりだ。
 衣服を身につけて、そこで改めて髪を拭きながら脱衣所を出た。

「お待たせしました。すみません」

 そう言いながらルーの元へ行くと、呆れ顔で私を見ている。ゆっくりでいいと言ったはずだが? と言いながら私からバスタオルを掻っ攫って髪の毛を拭いてくれた。ゆったりとしたラフな格好をしている彼に鼓動が少し早くなる。あまり見ることができない姿は貴重だ。

「あ、あの……」
「じっとしていろ。ちゃんと乾かさないと風邪をひく」

 小さくお礼を言って、言われた通りにじっとする。拭いてくれる手つきが優しくてくすぐったい。
 ちらっと見上げると透き通ったブルーの瞳と目が合う。恥ずかしくて思わず逸らしてしまうと、ふっと笑った息が聞こえた。
 ルーがこれでいいと言って私の頬を包んで、額に口付けた。バスタオルを私に返して、手櫛で髪を整えてくれる。

「ありがとうございます」
「ああ。置いてこい。食事にしよう」

 はいと返して脱衣所にバスタオルを戻しに行く。すでに窓際近くのテーブルには食事が用意されていた。
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