Moon Fragrance

寄る辺ない感情
02



 ここ数日でいろいろ乗ることができて、場違いにも神羅カンパニーで働く選択をしてよかったと思った。当初の私とは正反対のことを考え始めている。どれだけ自分を偽っていたのか思わず笑いそうになった。
 ロケット村へと着いてまっすぐに神羅26号へと足を向けた。ロケットの下に来て見上げると自然と深呼吸をする。子供の頃、近寄らせてももらえなかったこれを、私が整備する。人が乗るわけじゃないけれど、神羅26号が飛ぶ。目の前にあるこの子には用途が違って申し訳ないが、仕事をしてもらわないと。

「さ、晴れ舞台のために、ちゃんと診ないとね」
「リク!」
「おっちゃん……」

 足場の上から声をかけられてそちらを向くと、うちの工場の専務だったおっちゃんが立っていた。他の従業員も数人見える。今回のことで技術者として駆り出されたみたいだ。

「みんな、手伝ってくれるの?」
「夢見た宇宙開拓じゃねえが、星のためにこいつが飛ぶんだ。手伝わないわけがないだろ」
「ありがと!」
「リク、指示をよこせ」

 え? 指示? 私が!? なんで私が……。ロケットのことはおっちゃんたちが1番よく知っている。私が指示を出すことなんてなにもないはずなのに。戸惑っている私を見下ろして皆が、さあ早くとでも言うように笑いかけてきた。

「お前しかいないだろ。神羅26号のために、こいつの先の未来のために技術が欲しかったんだろ。そしてこいつのために戻ってきた。じゃあやれ」

 むちゃくちゃだなぁと思いつつ、私は力強く頷いた。彼らもこんな小娘の技術を信じてくれるみたいだ。なら自分も信じなくては。

「うちの第1ラインにいたおじさんたちは固体ロケットブースター1号機、第2ラインにいた兄ちゃんたちは2号機、第3ラインの人たちは3号機、第4ライン……じっちゃんたち大丈夫?」

 かなりの歳のはずなのに、おう! と心強い返事が返ってきたから4号機を任せることにする。

「おっちゃんは私と第1段エンジンを!」
「わかった。だが第2段エンジンはどうする」
「今回は切り離しはさせない。メテオにぶつけるならそれなりの衝撃になる質量が欲しい。夜までには仕上げて第2段エンジンを使わないようにシステムを書き換える」

 そこまで言い切ると後ろから、それなら私がやるわと声をかけられた。振り返ると本当に頼もしい技術者だ。私が姉のように慕っているシエラお姉ちゃんがそこにいた。

「シエラお姉ちゃん! オートパイロット装置の修理は?」
「それなら大丈夫。もう検討はついているから。だから任せて」
「ありがとう!」
「リク、第2段エンジンの燃料はどうするんだ?」
「できるだけ満タンに積んで。ぶつかったときに爆発の足しになるはずだから。あとは皆、終わり次第に機体全体の強度確認をお願い。人の命を乗せるものにたったの誤差なんて存在しねえ。職人なら技術と指先に命を賭けろ!」
「「応!」」

 揃った返事に頷いて各自持ち場につく。
 人の命……実際に乗せるわけじゃない。でも気持ちは変わらない。それこそ人類の命がかかっている。ぶつけるまでに失敗させるわけにはいかないのだ。そんなの論外である。
 誰も昼食など気にせずに点検を進めていく。涼しい気候なのに、集中を切らさないで点検していくと緊張も相まってか、じんわりと汗ばんでくる。タオルを首に巻いて、時折額の汗を拭き取りながらの確認はかなり神経をすり減らした。
 錆びてはいるものの、風雨による欠けや摩耗はない。1度エンジンは点火されていたから熱による焦げ付きはあったが、強度的にも人を乗せずに単体で飛ばすには問題なかった。
 陽が落ち始めた頃、それぞれのエンジンの点検が終わって報告を受ける。数値や状態を見る限りはエンジンの点火も十分いけると確信した。
 あとは機体だ。先に点検に手を付けていた従業員と確認をとりながら、1人1人加わっていく。陽はすっかりと落ちて、煌々と光る野外ライトに照らされて夜中まで点検を続けた。やっと終わる頃には日付を跨ぐ直前だった。
 皆、疲れ果てて足場を降りると地面に寝転がる。

「みんな、おつかれ!」
「「おつかれさまです!」」

 一仕事終えた私たちは全員、スッキリとした顔で自然と声を上げて笑い出す。大型兵器のメンテを終えたときよりも達成感があるのはきっと、自分の産まれた場所でずっと憧れていた場所に入れたからだろう。
 あまり寝ていないのにまったく眠く感じないのは興奮しているからか。宙に向かって手を伸ばす。目の前にそびえ立つ神羅26号。すでに宇宙の中にいるような輝く無数の星。でも本当の宇宙ではどんなふうに見えるのだろう。この星はどうなっているんだろう。誰も知らないし、これからも誰も知り得ない。それは少し残念だけれど、少しでも明日に繋がりますように。
 この傾いたロケットとも、もうお別れだ。ああ、ずっと見ていたいけれど、いくら眠くなくても寝てしまわないうちに家に戻らないと。少し重く感じる体をむくりと起こして緩慢に立ち上がる。
 シエラお姉ちゃんに夕食とお風呂は用意してあると伝えられているから、みんなもちゃんと休んでと伝えてシド兄の家へと行った。ご飯を食べてゆっくり湯船へと浸かると、一気に眠気が押し寄せてくる。ここで寝ないように気をつけて、自分の家へと戻った。部屋のベッドに雑に寝転ぶと、そのまますぐに寝てしまった。
 夢を見た。あの神羅26号にちゃんとパイロットが乗って飛び立っていく夢を。そして宇宙開拓のために降り立てそうな星を見つけて無事に帰ってくる夢を。
 そんなことあり得ないのに、いつかまたこの星の外を目指して、人類が夢見ることができたらいいなと漠然とそんなことを思いながら、一筋の涙を流して目が覚めた。肩口の袖でそれを拭って起き上がる。
 昨日、ルーがしてくれたように預かった香水を頭の上からワンプッシュして、シド兄の家に顔を洗いに行かせてもらう。シエラお姉ちゃんはもうロケットのところにいるみたいだ。優しくも書き置きとともに朝食を用意してくれていた。ありがたく食べさせてもらって私も行かないと。
 外の最終確認は専務のおっちゃんたちに任せて、私はヒュージマテリアの格納庫の確認をする。といっても内部からロケット先端部分の部屋に入って、ロックできるかどうかだけなんだけれど。

「……いいか?」
「ひえっ!?」
「……すまない」

 昼頃に来る予定だったルードさんが気づいたら後ろに立っていて驚いてしまう。私の驚いた声を聞いて、バツが悪そうな顔でサングラスのずれを直した。

「……これを」
「わかりました。早いですね」
「……少し予定が早まりそうでな」
「そうなんですね。わかりました。外側はもう大丈夫ですよ。あとはシエラお姉ちゃんがオートパイロット装置を修理するだけです」

 静かにわかったと言って私の動きを見ている。ヒュージマテリアを格納してロックをかける。これでいいですか? と確認してもらうと少しいじった後にしっかりと頷いた。
 ルードさんは外で護衛のために待機していると言ってロケットを降りた。私もシエラお姉ちゃんのところに行って様子を見てこよう。

「シエラお姉ちゃん、大丈夫?」
「うん。あともう少しよ」
「ここで見てていい?」
「もちろん」

 十数分ほどシエラお姉ちゃんの作業を見守っていると、なんだか外が騒がしくなってきた。何が起こっているのかと思っているとパルマーさんが乗り込んできた。
 私たちの周りをちょこまかと動きながら見ている。

「あの、パルマーさん、なにかあったんですか?」
「うひょ! シドちゃんたちが乗ってきたんだよ」
「シド兄が?」
「リクちゃん修理が終わったわ。急いで降りて!」
「え、だってシド兄が……」

 いいから降りなさいと珍しく強い言葉で私の背中を押しながらロケットの外へと出す。

「ちょっと!」
「タークスさん、リクちゃんをお願いします!」
「シエラお姉ちゃん……!」

 傷だらけになっていたルードさんが頷いたあと、私の腕を掴んでロケットから離れさせる。抵抗するけれど体躯のいいルードさんには力が敵わない。ロケットを振り返りながら、泣きながら何度もシエラお姉ちゃんを呼ぶ。村の方まで離れたころ、パルマーさんがロケットから出てきた影が見えて神羅26号のエンジンに点火された。
 待って。シエラお姉ちゃんどころか、シド兄も出てきてない!

「ルードさん放して! シエラお姉ちゃん! シド兄!!」

 5機のエンジンの熱と爆風が村の中のいたる物を吹き飛ばしながら宙へと上がっていく。轟音を立てて、徐々に地面を、星を離れていく神羅26号。
 彼らが心配だ。だって、人を乗せる強度の計算はしていない。それにオートパイロット装置はシエラお姉ちゃんが切り替えられないようにロックを掛けていた。もうアレは止められない。ウソ、でしょ……。
 神羅26号が飛び立って30分後、切り離された脱出ポッドが海に漂流していると連絡を受けてほっとしてまた泣いた。シエラお姉ちゃんもシド兄も無事だった。そしてアバランチのメンバーが2人乗っていて、彼らも無事だったらしい。
 そしてその何時間かあと、予定通りにメテオにぶつかったらしく、昼過ぎに空を激しい光が包んだ。だけれど、表面を削っただけでメテオを壊すことはできなかった。
 それでもいいと思ってしまった。ロケットが、おとうとおかあの悲願だった神羅26号が飛んだのだ。乗っていったシエラお姉ちゃんたちは無事だったし、それだけで言いようのないたくさんの感情が私を占めた。
 飛んだことが嬉しいのと、両親に見せられなかった悲しさと、発射台からなくなってしまった寂しさ、関わることができた喜び、もうなんの感情かわからないぐちゃぐちゃとしたもので、もっと涙が止まらなくなった。
 ロケット村からジュノンへ戻っても情緒は不安定のままだった。ルーは次の作戦を考えるために支社内に泊まり込みで会議を続けている。寄る辺のないどうしようもない感情は常に私を支配して、ぐずぐずしたり、わんわん声をあげたりして泣き続けた。ちびちびとご飯を食べていても、ぼーっとしていても、泣き疲れて眠っても思い出したようにハッとしては真っ赤な目でまた泣く。彼から預かった香水も、心が落ち着いたのは香りが強い間だけだった。
 一向に泣きやまない私に、社長の命令でついてくれたレノさんとルードさんはずっと戸惑っていた。美味いもん食いに行こうぜとか、散歩がてら買い物に行こうぜとかいろいろ気を使ってくれたが泣くこと以外はほぼ何もできなかった。
 ロケットが飛んでから3日後、日付が変わる頃にジュノンへと帰ってきたルーが私を見て驚いていた。
 レノさんとルードさんがまだ泣いている私を気まずそうに見て部屋から出ていくと、入れ替わりで彼が入ってくる。ベッドの上で泣き続け、涙でぐずぐずの顔と泣き腫らした目の私を見て直ぐに抱きしめてくれた。

「ずっと泣いていたのか。1人にしてすまない」

 体に伝わるルーの温もりと自分から香る彼の甘い香水の香りで少し落ち着く。私なんかよりずっと疲れているはずの彼にこんな状態を見せたくなかったのに、抱きしめられていると自分の中で大きな気持ちがむくむくと湧き上がってきた。
 ルーが1度私を離すと、ジャケットを脱いでワイシャツの袖のボタンを外し、ベッドへ腰掛けた。ネクタイを少し緩めるその仕草を見て我慢できなくなった。抱いてほしい。何もわからなくなる程めちゃくちゃにしてほしい。
 私はのそりとした動きで近づき、膝立ちでルーと目線を合わせて彼の頬を両手で包み込んだ。そのまま目を瞑ってルーの唇に自分の唇を押しつけたのだ。彼が驚いて一瞬戸惑ったのがわかった。それでも私を拒まなかった。
 唇を離すと蚊の鳴くような声で抱いてほしいのだと口をついて出た。それだけでルーは私が今どんな状態なのか察したようだった。
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