Moon Fragrance

寄る辺ない感情
01



 ――ああ、わかった。やはり邪魔をされたか。

 意識の遠くから固い声が聞こえてくる。瞼は閉じていても、窓から差し込んでくるらしい朱い夕陽が目に入ってきた。目を開けようとするけれど、眩しいから嫌だと脳が少し拒否していた。仕方がないから窓から顔を背けるように、のそりと起き上がる。隣にいたはずの温もりはなく、窓の方から話し声が聞こえた。

「奪い返している時間が惜しい」

 まだ眩しがっている目をうっすらと開けて声のする方を見ると、電話をしている彼と目が合った。眩しいのだと気づいてくれたのか、陽が最も差し込んでいる場所だけカーテンを閉めてくれた。そのおかげでようやく目が慣れてくると、固い話し声と仕事の表情の中に一瞬だけ優しい目が見えた。

「仕方がない。その1つだけはなんとしてでも奴らに渡すな」

 スカーレット統括が準備をしているとは聞いたけれど、なにかあったのだろうか。邪魔をしてはいけないからと、ベッドの上に三角座りをして、電話が終わるのを静かに待つ。彼はゆっくりとこちらに歩いてきてベッドの縁に腰掛けると、私の頭に優しく手を置いた。

「その件に関してはこちらに任せろ。ああ、残りの作業を頼んだ」

 そう言ったのを最後に沈痛な面持ちで電話を切った。ルーが切り替えるようにひとつ息を吐いた。

「すまない。起こしたな」
「いえ、起きないと夜も眠れなくなりますから。あの……」

 何かあったんですか? と問おうとしたら、ルーが少し困ったような顔をする。ということは機密事項だよね。軽率に聞かない方がいいのだと今更ながらに気づく。ごめんなさいと謝ると、私に頼むのが忍びないことなのだと言った。
 真っ直ぐに私を見つめる青い瞳が、真剣な仕事の話なのだと物語っている。

「私にできることなら言ってください」

 しっかりと彼を見据えて伝える。もう悩むことはない。彼の成し遂げようとすることに私が必要ならば、私はそれに応えてみせる。
 優しかったルーの顔が仕事の顔に切り替わった。

「神羅26号の整備をしてくれ」
「え……」

 いま、なんて……。聞き間違いじゃ、ないんだよね……? だって神羅26号は用済みとして扱われていたのに。
 ルーの目が固まるを私を推し量るように見ている。そして私は目をパチパチとさせて彼を見た。

「なぜ、いま……?」
「本来は人を乗せて宇宙を開拓するつもりだったあれを、メテオにぶつける」
「メテオに……」

 あれでメテオを壊すつもりなんだ。2度と飛ぶことがないと思っていた神羅26号。私が生まれる前から試作を重ねてようやくたどり着いた最後の1機。小さい頃から宙とともに見上げて、飛ぼうとさせようとしたときに失敗し、日に日に傾き続けていくだけだった苔と錆だらけになっていた神羅26号が飛ぶかもしれない。
 用途は違えど、私がそれに関われる。嬉しさで震え出しそうな体を自分でぎゅっと抱きしめる。
 彼が黙り込む私を静かな声でリク? と呼びかけた。ハッとして顔を上げると心配そうな顔で私を覗き込んでいる。

「ショックな話で……」
「違います。嬉しいんです」
「うれしい……?」
「はい」

 訝しげな顔で私に聞き返す。それはそうだろう。私が1人になったのは、他でもない神羅26号の件のせいだ。きっと誰に聞いてもそう答えるに違いないし、ルーもそれをわかっているから、私がロケットの整備をしたくないと思ってしまうのも無理はない。でも私は……。

「人間が宇宙に行くためじゃなくても、神羅26号が飛ぶことが嬉しいんです。そして、その手伝いができることが」
「そう言ってもらえてよかった」
「あ、でも……」

 でもひとつだけ心配がある。私は先日、とんでもないことをしでかしたばかりだ。そんな私に任せてもいいのだろうか。これは大事な仕事だ。

「リクだから任せる」

 私の顎を掬い上げて真っ直ぐな視線を私に向ける。透き通った宝石のような青い瞳は私を捕らえて離さない。

「いいんですか?」
「キミの技術が確かなのはこの目で見た」
「わかりました。やります。やらせてください」

 しっかりと彼の顔を見据えてそう答える。こんな状況で不謹慎だけれど、どんな理由であれ、わくわくして顔が今にもにやけそうだ。
 それに対してルーが頼んだと満足そうに頷いた。

「でも、ルー。神羅26号だけでどうにかなるんですか?」
「それにヒュージマテリアを積むつもりだ」

 ヒュージマテリアってなんなのだろう。普通のマテリアとどう違うのだろう。普通のマテリアを使うのには魔力が必要だ。そのヒュージマテリアマテリアには魔力は……。
 目をパチパチとさせまた俯き加減に考え始める。それを見たルーが可笑しそうに口元に拳を当てて笑った。

「気になることなら、考え込まずに聞いてくれ。目の前にいるんだ」
「あ、そうか……」
「気になることはヒュージマテリアか?」

 はいと頷くと、ちゃんと話しておかないとなと言って仕事の顔に戻った。

「ミッドガルだけではなく、世界各地に魔晄炉があるのは知っているな?」
「はい」

 確かコレル、コンドルフォート、海底、ニブルヘイム、ええと……使えるものも、使えないものも含めてまだあったと思うけれど。

「そのヒュージマテリアが、魔晄炉に……?」
「その通りだ。魔晄炉内で魔晄エネルギーが圧縮されて生成された特別なマテリアだ。そこから引き出されるエネルギーは、通常のマテリアの300倍以上だと言われている」
「それをロケットに積むんですか?」
「そして、それと一緒にメテオにぶつける」

 メテオに……。私は窓から見える赤い火球を見た。夕陽は沈んで尾を引いたメテオがハッキリと目に入る。

「勝算はあるんですか?」

 彼が押し黙った。五分五分、いや、メテオすらイレギュラーなんだ、答えは未知数なんだろう。そもそも、そのヒュージマテリアも、本来のマテリアから計算によって導き出されたエネルギー量のはず。今の人類にとって、やれることはなんでも試すしかないのだ。私の質問が悪かった。
 確実に近づいてきている大きすぎる隕石。ああ……どれぐらいの速度で、あれがこの星へと近づいているのか、計算したくもない。

「……いつ、行けばいいですか?」

 私はルーを振り返って、質問を変える。彼がやろうとしているのだ、それなら答えは簡単。私もやるだけだ。

「明日の朝だ。明後日の昼にはヒュージマテリアがロケット村に着く。ルードから受け取ってくれ。リクの仕事はヒュージマテリアの格納とエンジン、機体の点検だ。シエラくんにはオートパイロット装置の修理を頼んでいる」
「わかりました」

 そうか、人が乗れないからそうするしかない。でも肝心のオートパイロット装置は、使う予定もなくなっていたからそこまでメンテナンスなどしていない。壊れているのは無理もないのか。
 私の頬を優しく包み込んで微笑む。

「私は行けないのと、すべてにおいて急だがすまない」
「宇宙開発部門も動いているんですよね?」
「ああ」
「それなら大丈夫ですよ。仕事は必ずやり遂げます」
「頼もしい。私の好きな目だ」

 私の頬を撫でて、突然入れ込まれる言葉に思わず顔ごと背ける。仕事の話をしていた最中にこれは頭が混乱してしまう。

「し、仕事の話……」
「もう終わった」

 楽しそうに私をからかう彼に、私は一生慣れることはないだろう。
 夕食を頂いて、先に入浴をさせてもらう。彼が入浴をしている間に神羅26号の仕様書を思い出す。本社の資料室にあったものと、本当は読んじゃいけなかったのに子供の頃に夜な夜な自分の部屋を抜け出して工場内の事務所に置かれていたもの。
 昼間にルーとチェスをした机の椅子に座って、両手の指先をすべて合わせて人差し指を唇に当てた。全部思い出すには少し時間がかかりそうだ。きっとシド兄の家にあるだろうけれど、急ぎの仕事だから読んでいる暇はないだろう。せめて読むにしてもある程度は思い出しておかないと。
 ルーはもう入浴し終わって戻ってきていたけれど、邪魔することなくベッドに腰掛けて膝に載せたPCに視線を落としている。彼だってメテオやセフィロスの件だけじゃなくて、会社の経営など考えなければならないことが沢山ある。私たちの専門は違う。適材適所。お互いそれをわかり合って、必要なときには邪魔をしないというのは心地のいいことだった。
 私が寝たのは深夜を過ぎた頃どころか明け方近くだった。先に寝てくださいと伝えていたのに、ルーはそれに応じてくれなかった。私に仕事を頼んだのだから気にするなと言って私と同じ頃にベッドへと入った。ルーは意外とすんなりと眠ったみたいだけれど、私はまるで出かけるのが楽しみ過ぎて眠れない子供のように目が冴えていた。寝付けたのは結局、ベッドに入って1,2時間ほど経ってからだった。
 普段は遅く寝れば寝るほど起きるのがつらいけれど、アラームもなくすんなりと予定していた時間より少し前に目が覚めた。そしてまた頭の中で仕様書を確認する。なんせずっと放置されていたんだ。メテオにぶつけるより前に、飛び立てるだけの強度が残っているのかが心配だった。それを点検するのは私自身の目なのだけれど。
 正直、ここで心配したところで仕方がない。やるかやらないかで言えばやるしかないし、あの機体やエンジンの外装を作ったのはうちの工場なのだ。作り直している暇など到底ないから、おとうや当時のうちの従業員たちの技術を信じるしかない。
 起きる時間のアラームが鳴って思考が途切れる。突然の大きな音に驚いて体が跳ねた。それを起きていたらしいルーに見られて笑われる。もうそろそろ支度をしなきゃ……。
 2人でベッドを出て顔を洗いに行ったり、着替えたりと思い思いに支度を始める。朝食を食べて部屋を出た。

「頼んだ」
「任せてください」

 仕事の硬い表情だったけれど、口の端をつり上げて微笑む様子は、それだけの短い会話で私の腕を信頼してくれているのがわかる。

「あの、ルーの香水を私にかけてくれませんか?」
「わかった」

 帽子を脱いで目を閉じると、ポケットから出した香水を頭の少し上からワンプッシュしてくれた。そのまま持って行けばいいと瓶をくれる。お礼を言って受け取ると帽子を目深に被って笑い返した。頑張る気力がわいてきた。
 支社に入ったロビーで分かれて私はエアポートへと向かう。急ぎの仕事だから巡航船でもヘリでもなく、空軍の使用する飛空艇ゲルニカでロケット村へと向かった。
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