Moon Fragrance

やらなければならないこと
01



 まるで水の中にいるような重たい意識が私を包んでいる。瞼が開かない。
 髪に触れる微かな温もりがとても心地いい。なんとか意識を浮上させて目を開けると、朝の日差しが差し込む部屋でルーの優しい青い目が私を見つめていた。

「ルー……」
「かなり目が腫れているな」
「恥ずかしいので見ないでください……」

 私は布団を引き寄せて顔を隠した。

「出てきなさい。ほら水を飲め。声が枯れている」

 そう言ってミネラルウォーターのボトルを手渡してくれた。お礼を言って飲んでいるとルーが私の頭を引き寄せて、優しく撫でてくれる。

「いつものリクだな」
「なんだか、その、嬉しいのと、悲しいのと、寂しいのがぐちゃぐちゃになって、頭が一杯になって訳が分からなくなってました」
「ああ、わかっていた。落ち着いたようでよかった」
「は、ずかしい……ありがとうございました」
「たまにはこういうのもいい」

 ルーの目がほくそ笑むようにスッと細まった。恥ずかしすぎてなにも言えなくてコクンと頷くことしか出来ない。クククと喉を鳴らして笑いながら、それはなによりだと呟いた。

「上だけでいい服を着ろ」

 ドアの方を一瞬見てそう言うと、私にシーツを掛けなおして自分のワイシャツを拾い上げ手渡した。
 言われるままにルーのシワになっている黒いワイシャツに腕を通してボタンを閉める。少し昨日の夜のことを思い出して、顔が熱くなった。
 ボタンを最後までとめ終わると、タイミングを見計らったようにドアからノックが聞こえた。

「入れ」

 部下に対する堅い声を発して促すとレノさんとルードさんが入ってきた。サングラスをかけていてもわかるほどにルードさんは気まずそうに視線をずらしている。
 レノさんは苦笑いで私たちを見た。

「盛りすぎだぞ、と」

 う、そ、でしょ!? まさか部屋越しにまで聞こえてた!?

「アンタの善がり声で眠れやしねえ。社長、どうしてくれんだ、と」

 それを聞いた私はガバッと頭までシーツを被った。信じられない! え、もう顔を合わせられないんだけど!?
 ルーが私の腰を抱き寄せて、その腕から彼が笑っている振動が伝わってくる。

「ふっ、自分で処理しろ。どうせ最後までリクの声を聞いたんだろう? こっちは聴取料を取りたいぐらいだ」

 ルーがあっけらかんと答えて、シーツの中で唖然とする。
 レノさんはケッと言って、独占欲の塊は大変だぁと付け加えた。きっと私の首に付いている痕が見えてそう言ったに違いない。

「してくれと言われたなら、応えないと男が廃るだろう」

 私の反応を面白がっているのは薄々気づいているけれど、バラす!? なんでバラしちゃうの!?

「もっと他になかったのかよ。姉ちゃん、連れてくんだろ、と」

 ルーとレノさんが憎まれ口を楽しそうに叩きあってるが血の気が引いていく。連れてく? どこに? こんな痕つけて!?

「社長もそろそろ支度してくれよ、と」

 そう言ってレノさんとルードさんは部屋の外へと出て行った。
 頭の上に疑問符を浮かべながら布団から顔を出す。ルーの方を見ると苦笑いをした。

「あの状態だったから言うのをやめたんだ。悪いが今日の会議に出てくれ」
「それは、いいんですけれど……」
「ああ、やりすぎたな」

 私が言おうとしていることがわかったのか、ルーが私の首の痕を触って自嘲気味に笑った。
 室内で首にタオル……は不自然だよね。だからってマフラーもスヌードも持ってないし、会議にってことはすごく失礼にあたる……。うーん。
 あ! 薬局で湿布を買って、首が痛いフリして張っておこうかな……。

「あの、会議は何時からでしょうか?」
「10時からだが、何をするつもりだ?」
「薬局に湿布を……」

 それを聞いて彼が吹き出したあとに、すまないと言った。あまりにも可笑しそうに笑うこの顔は、絶対すまないなんて思ってない。頼んだのは私だけれど、痕は誰のせいなのと思いながらちょっとムッとした。確実にルーは愉しんでいたみたいで、私の頭を引き寄せてまだ笑っていた。

「湿布ならレノが持っているはずだ。アイツはよく怪我をするからな。部屋を出るときにもらおう」
「はい……」
「そうむくれないでくれ」

 そう言いながらベッドを出る彼。もちろん服など身につけていないので、慌てて目を覆う。シャワーを浴びてくると言って、そのまま脱衣所へと向かう気配を感じてほっとした。私もその辺りに散らばっている下着とルームウェアとして来ていたTシャツ、短パンを拾って身につけた。
 シャワーを浴びてきたルーと入れ違いに私もシャワーを浴びに行く。脱衣所の鏡で全身を見回してまたここでも絶句した。前だけではなく、背中の方まで痕だらけだった。こんなになって鏡で知るまで気づかないなんて、どれだけ頭の中は混乱していたのか。恥ずかしさを振り払うように頭を振って、浴室に入りシャワーを浴びた。
 いつものように熱いシャワーでスッキリして部屋へと戻る。目の腫れはなんとか落ち着いたけれど、新しいツナギを鞄から出して着るとやはり襟元からは痕が見えた。私がシャワーを浴びている間にもらってきてくれたらしい湿布を、ルーがその場所に貼ってくれた。

「私は、首を、痛めただけです!」
「わかった」

 強調して言う私に、ここでも彼は笑っていた。
 軽めの朝食を食べ終えて、部屋を後にする。私の首元に貼られた湿布を見て、レノさんもお腹を抱えて笑った。

「湿布、ありがとうございました」
「持っててよかったぞ、と」

 素直にお礼を言ったのに、まだケラケラと笑い飛ばすレノさんにムッとしながら、ルーと支社の方へ向かった。
 気にしなくていいと言われたけれど、なんとなく社長である彼と時間差で会議室に入る。予定の時間はまだだけれど、もう既にスカーレット統括とハイデッカー……統括がいた。
 スカーレット統括に座りなさいと促されて、端の椅子に縮こまって腰掛ける。そしてなんの前置きもなく私に話し出した。

「ねえ、あのキャノン砲をミッドガルに移設しようと計画を立てているの」
「はぁ……」
「もうわかっているわよね?」

 私はスカーレット統括の顔と、会議室の大きな窓から見えるシスター・レイを交互に何度か見て、諦めるように頷いた。

「わかり、ました。ですがあれを、ミッドガルのどこに配置するおつもりですか?」
「ビルから八番街方面だ」

 私の前で珍しく社長として口を開いた。目は鋭く真っ直ぐに私を見据え、異論は認めないという表情だ。

「北の大空洞へ向かけて設置する。移設する際にあれを実弾砲ではなく、8機の魔晄炉よりエネルギーを吸い上げ収束させ、それを魔晄砲として放てるように改造するつもりだ」
「8機の魔晄炉から、ですか?」
「ええ、そうよ。吸い上げられるだけ、すべて」

 私は戸惑ってしまう。この計画が嫌という訳ではなく、吸い上げられるだけすべて、なんてそんなことをしたら……。

「ミッドガルの機能が数日停止しますよ」
「そんなことは言われんでもわかっている!」

 いらつきながら食い気味に返してくるハイデッカー統括。それならビルは?

「それだけ高密度のエネルギーを発射すれば、反動でビルも崩壊する危険性があります」
「かまわん」

 即座に返答する彼に、聞くまでもなく本気なのだと理解した。壊れた物は直せるのなら、直せばいい。そういうことなのだ。これが、折れない目というやつだ。
 窓の外に見えるシスター・レイの砲身を見る限り、ロケットよりは細いけれど砲弾自動装填の装置を考えても重さはとんとんのはず。ロケットで約275トン。あれを支えていた支柱は一脚約1000トン。でもシスター・レイを魔晄キャノン砲に改造するならその機構を付け加えなければならない。となれば反動をなるべく吸収し、その上吸収しきれなかった反動に耐えうる強度の土台も必要になる。
 分割してミッドガルへ移送して今の土台と新たな支柱を組み合わせ、魔晄エネルギーの収集機構の作成および取り付け……分割したものを再建造。

「考え込んでいるところ悪いのだけれど、工期の予定はどれくらいになるかしら?」

 思考を引き戻されて弾けるように顔を上げる。

「工期……1ヶ月は……」
「遅いわ」

 ああ、これですよ。言うと思ってました。
 世界の終末。迫り来るメテオに、北の大空洞のセフィロス、現れたウェポン。砲身と使える支柱の移設、足りない支柱の作成、8機の魔晄炉からのエネルギーを吸い上げるための新たな機構の設計と組み立て。現実を、見ていないのは一体どちらなのだろうか。頭が痛い。

「では、お望みの工期は……?」

 まさかの工期に耳を疑う。言われた短期間で何が出来るのだろうかと思うほど、現実味がなかった。ただこれをやれというのだから……頭が痛い? いや、もう知恵熱が出そうだった。

「突貫工事になりますよ!? 強度だって――」

 思わず声を荒げてしまう。

「あなたならわかるでしょう? あのお空のメテオが、この星にぶつかるまでの残り時間が」

 わかってる。わかっているけれど……緊急事態とはいえ、工期を急かせば急かすほどエンジニアへの負担が大きくなっていく。だからと言って人数を増やせば統率が難しい。それに加えてこの短期間での移設。少し迷って奥に座る社長の顔を見た。もちろん彼の表情は変わらない。

「……どれだけの労働力を割いて下さるおつもりですか?」
「キミが必要と思うのなら好きにすればいい」
「それなら、私には魔晄技術の知識がありません。都市開発部門に協力要請をお願いしたいです」
「わかった」
「あと……」

 言いかけて消えた言葉に3人が私を見る。
 そう、あと信頼できる確かな技術が欲しい。先日のヘリの部品のような不備があっては困る。設置するときに高さが合わない、嵌まらないなど話にならない。

「言ってみろ」
「うちの元従業員を使わせてください」
「あら、なぜよ?」
「時間がないなら人数が多くなる分、指示をする上で確かな信頼が欲しいと思っただけです」
「いいだろう」

 まさかの二つ返事に驚いてしまう。却下されると思っていた。口元が自然と綻んでしまう。これならまだ……。
 ロケットの支柱のように、シスター・レイの支柱は彼らに任せれば問題ない。解体移設はメンテナンス課が確実だろう。魔晄エネルギーの収束機構の設計作成は先ほどの通り、都市開発部門とうちの部門の開発課に頼めば問題ない。組み立てはそれぞれの部門、課からリーダ含めて十数人ずついればいけるはずだ。
 会議が終わったときに今のシスター・レイの構造書をもらう。それを頭に叩き込みつつ、ゲルニカを手配してもらってすぐにロケット村へと向かった。その後はミッドガルに行かないと。
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