Moon Fragrance

やらなければならないこと
02



「おっちゃん!」
「なんだリク。血相を変えてどうした?」
「みんなにお願いがあるの!」

 私は叫ぶようにそう言うと、おっちゃんは待ってろと言って元従業員たちを呼びに行ってくれる。なんだなんだと騒ぎながらも私のところに集まってくれた。
 先ほどの会議のことを皆に話す。わかってはいたけれどいい顔はしない。エアポートで彼にも言われた。

『キミのところの元従業員を、集められるのか? 我々のことをよく思っていないだろう』
『それでも、間に合わせるには必要なんです。会議でも言いましたけど、指示をする上で確かな信頼が欲しいです。技術にも、相手にも、私にも』
『ああ、上に立つ人間には必要な物だ』
『速さと技術を両立するには、必要な人たちです。大丈夫です。なんとかします』

 ルーは私の頭にぽんと手を優しく置いてしっかりと、頼むと言ってくれた。信じてくれたのだから、言葉の通りにするだけだ。
 
「皆がうちの工場のことで神羅カンパニーをよく思ってないのは知ってます! でも、速く確実にこなすには皆の技術が欲しい。お願いします。手伝って下さい!」

 私は勢いよく頭を下げる。頭の上からざわめきが聞こえた。皆が口々にどうする? と囁き合っているのが聞こえる。やっぱり、ダメだろうか。少しずつ不安になってくる。

「なあリクよ。無理難題だってわかてんだろ? その日数でやれなんて……」

 専務のおっちゃんが私にそう問いかける。わかってる。あの場で反論できなかった私が一番よくわかっている。
 おっちゃんがふーっと溜め息をついた。

「だから俺たちに頼みに来たのか?」
「そう! おっちゃんたちならロケットの支柱の知識と技術がある。ある程度の作業工程の確認を飛ばせる。なるべく無理のないように予定も組む! 社長が、みんなの労働報酬も保険も確約してくれた。だから……!」
「わかった! わかったよ。このまま何もせずに死ねねえもんな。ロケットも飛ばせてもらえたし、俺は手伝ってやる。なあ、お前たちどうする?」

 私は驚いて下げっぱなしだった顔を上げる。おっちゃんが、後ろにいる皆を振り返って聞いた。他の皆は、それぞれの顔を窺いながらまだ悩んでいる。技術者だ。信念と誇りを持って仕事をしている。そんな彼らに与えた神羅カンパニーの影響は大きすぎる。
 彼に大見得を切って出てきたけれど、正直、ダメで元々だった。私を遠巻きに相談している。なかなか纏まらないのも無理はなく、私はもうすぐここを離れて本社へと向かわなければならない。
 ゲルニカの方で待っていた兵士さんが、私に近づいてきて時間ですと告げた。

「わかりました。明日の朝8時にここに空軍のゲルニカが来ます。もし、手伝ってくれるなら、それに乗ってミッドガルまで来て下さい」

 私はもう一度大きく頭を下げて、村に背を向けた。答えを聞けなかったのは惜しいけれど、皆にだって考える時間は必要だ。おっちゃんが言ったとおりの、無理難題。私の都合で押しつけられない。
 ゲルニカに乗って村を離れる。本社へと着くまでの間に、メンテナンス課のためにシスター・レイの解体の手順と予定を組まなければ。再建造の予定は都市開発部門のリーブ統括と話をする。もう既に私が向かうとの話は伝わっているはずだ。そういえばこの前の一件、リーブ統括は大丈夫だったのだろうか。
 2時間ほど経って、私は本社ビル近くのエアポートに降りた。ゲルニカの中で考えた作業工程表は既に課長に送っている。分担作業での総動員だから、班分けとリーダを決めてそれに沿っての指示は課長に任せた。
 私は急いでリーブ統括のオフィスへと足を向ける。少しダッシュして乱れた呼吸を落ち着けてドアをノックすると、穏やかな低い声でどうぞと聞こえた。なんだか静寂を壊せずに、ゆっくりとドアを開ける。

「失礼します。兵器開発部門メンテナンス課のリク・マックハインです。あの……」
「お久しぶりですね。マックハインさん」
「は、はい! お久し、ぶりです……」

 なぜか緊張している私を見てにこやかに笑うと、私を応接用のソファーへと促した。ソファーで挟んだローテーブルの上には既に沢山の資料が置かれている。

「コーヒーを用意しましょうね。あの後、大丈夫でしたか?」
「あぁ、お構いなく! 大丈夫でした。あの、リーブ統括の方は……?」

 わざわざ用意してくれたコーヒーをテーブルに置いて問題ありませんよ、と言って向かいのソファーへと腰掛ける。小さくお礼を言うと、驚くほど柔和な笑みを浮かべた。本当に人柄が顕著に出ている。頂いたコーヒーをコクンと一口、喉に流し込んだ。

「すみません。散らかっていて。必要そうなものを集めてきたらこうなってしまいまして」
「これ、全部ですか……?」

 山積みの資料を唖然と見つめる。技術書だけではなく、完全に私の専門外の物まで入っているような気がした。驚いている私に、まあ確認するのは私なのでと統括が付け加えて、少しだけほっとした。

「ルーファウスから話は聞いています。ジュノンのシスター・レイを魔晄キャノンに改造する件、ですね。そちらは任せてください。兵器開発部門の開発課との連携も、私の方で統率を取りましょう」
「いいんですか?」
「もちろんですよ。これらの資料、私は確認で済みますが、新たに頭に叩き込むには厳しいでしょう」

 その通りですと小さな声で認める。恐らくほぼ寝られないだろう。そんな中に宿題よろしく暗記まで追加されたら確実に倒れる。とてもありがたい申し出だった。

「それにしても、押しつけられたあなたも大変ですね」

 きっとスカーレット統括のことだ。私は乾いた笑い声をあげると、リーブ統括は内緒ですよと言って口元に人差し指を当てた。リーブ統括もかなり困っているみたいだ。人がいいから、悩み事はとても多そうだ。あのメンバーの中でよく耐えられるとつくづく思った。
 統括がコーヒーに口をつけると、切り替えるように統括がそれで、と続けた。

「作業工程表の話ですが……」
「解体と支柱作成の工程表は出来ています」

 そう言って持ってきていたノートパソコンのデータを見せる。だけど、魔晄吸い上げ機構の部分と再建造の部分はまだできていない。

「ふむ。よくできていますね」
「ですが、まだ改造や再建造の部分が……」
「それもこちらで」
「いいんですか?」
「ええ。慣れない部分は難しいでしょう」

 コーヒーカップに口を当てたまま、私はまじまじとリーブ統括の顔を見てしまう。この人は一体どれだけ仕事を請け負うつもりなのだろう。だって、ケット・シーはまだアバランチの彼らと旅を続けているはず。そちらのことも考えなければならないのに、こっちのこともなんてかなりの量の難題を抱えているのではないだろうか。
 それにミッドガルの機能が停止するのはわかっているはず。

「私の顔になにか?」

 じーっと見ていると統括がそう聞いた。カップをテーブルに置いて私は慌てて首を横に振る。

「あ、あの、反対されなかったんですか?」
「ライフラインが止まること、ですか? しましたよ、もちろん」
「押し切られました?」

 統括が首を横に振った。

「それもあるにはありますが、今回ばかりは致し方ないと思ったのです。北の大空洞のバリアを破らなければ、他に手はありませんから。ですが……」

 溜め息をついた浮かない表情は、まだ迷っているのだと窺い知れた。

「その、あまり無理をなさらないで下さいね」
「ありがとうございます。平気ですよ」

 あなたも無理をなさらないでくださいと言って統括が笑った。
 この人といると妙に和みそうになってしまう。纏っている空気がルーとは違う。彼は冬の澄んだ空気のようだけれど、統括は森の包み込むような空気みたい。不思議な人だ。
 話が終わり2人で立ち上がる。お互いによろしくお願いしますと握手を交わして、私はリーブ統括のオフィスを後にした。
 今日は久しぶりに自分のアパートへと帰る。明日からまた大忙しだ。1人で入るベッドは違和感がある。最近はずっとルーに抱きしめられて寝ていた。部屋もベッドも狭いのに、なんだか広く感じた。
 これで、すべて終わりますように。そう願いながら、私は深い眠りについた。
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