Moon Fragrance

刺さる純粋
01



 少しだけ記憶を取り戻してから数日が経った。頭の中のモヤが僅かに晴れた気がして、仕事は以前よりやりやすくなった。それでもたまになにかを思い出しそうになると、頭が痛むことはあった。そのたびにルーに心配を掛けていて、とても申し訳なく思っている。
 クリフ・リゾートでの暮らしも随分と落ち着き始めたある日、タークスの皆さんが仕入れた情報で彼は今後の活動方針を検討していた。そして唐突に、新しい町の中心には何があるのかと聞いた。
 ミッドガルの外れには神羅カンパニーで都市開発部門の統括をしていたリーブさんが、ジュノンから集めた人員や作業機械で新たに街を建設し始めていた。ミッドガルからまっすぐに道路が延びていてその中心には広場があり、そこを中心に四方八方に街ができあがりつつあるのだという。そして広場にはまだなにもない、らしい。
 それを聞いたルーが、記念碑のようなものを造れと言い出した。表向きは星がメテオを撃退した記念に。彼の思惑としては、場所取りなのだと言った。その話をし始めたときのルーの瞳はとても楽しそうで、彼はまだなにも諦めておらず、私が思い出した彼と過ごしてきた記憶の中と同じ強い意志を目に宿していた。

「リク、キミが医療機器のメンテナンスで忙しいのは分かっている。体のことも心配だ。無理強いをするつもりはない。だが、キミにもその手伝いをしてほしい」
「いいですよ」

 私が二つ返事で了承したことに、ルーが珍しく目をパチパチとさせたあと柔らかく微笑んだ。
 彼の頼みを断る理由はなにもなかった。彼の目が好きだ。やりたいことがあると、目標と決意を持った彼の青い目が。
 記憶を失くし、彼のことを忘れてしまった私を見捨てずに守ってくれたルーに、恩返しがしたかった。それを話せばきっと、ルーは恋人なんだから当たり前のことをしただけだと言うだろう。でも、私はそうでもしないと気が済まなかった。

「助かる」

 そう言って口元に嬉しそうな笑みを浮かべたルーに、幸せを感じた。
 レノさんがボランティアを集めて私たちは少しずつ、街の中心の記念碑造りを進め始めた。リーブさんは反神羅路線を掲げていたけれど、社会に貢献する活動である限りは邪魔することはなかった。
 そして広場の中心に何かシンボルが欲しいと考えて喜んで手伝ってくれる人もいれば、神羅の計画だと知って難色を示し、騒ぎ出す人もいた。そんな人にはレノさんが裏でどうにか収めていたらしい。そのことに関しての方法は相変わらず、誰も私に教えてくれなかった。

「すみません。そこ、もう少し左の方がいいと思います。重心、気をつけないと年数が経ったときに危ないので」
「リクじゃねえか」

 作り始めた記念碑の土台を見ながら指示を出していると、後ろから子供の頃から聞き慣れた声に呼びかけられた。

「おっちゃん!」

 振り返ってそこにいた初老のおっちゃんは、故郷であるロケット村で私の両親が経営していた鉄工所の専務だった。私のことを生まれた頃から知っている数少ない知り合い、いや家族にも似た人だった。
 数年ぶりに会って村を黙って出て行ったことを怒られると身構えたのに、おっちゃんはそんな素振りを見せなかった。

「なんだ、不思議そうな顔しやがって」
「怒らない……? だって、なんで、ここに?」

 おっちゃんたちはロケット村にいるはずで……。これも失った記憶の中に答えがあるんだろうか。

「なんでって、お前がミッドガルに呼んだんだろうが」

 目をパチパチさせていると、おっちゃんが訝しげな顔をした。私が、おっちゃんをミッドガルに呼んだ……? なんのために?

「そのことなんだけど、おっちゃん、ちょっと話があるんだ」
「なんだ、そんな改まってよ。んなら、俺の方もちょっと手伝ってくれ。そこの道行った奥に店があんだよ。店の機材の修理頼まれててな、作業しながらでいいなら話は聞いてやる」
「ありがとう!」

 ちょっと待っててと言って、私は1度レノさんの所へと向かった。移動するならレノさんにちゃんと伝えないと。彼は一応、私の護衛も命じられていた。そして私もレノさんの目の届かない所には行くなと、ルーに釘を刺されていた。
 訳を話すと、レノさんはおっちゃんのことを見知っていたようだし、そのお店のことも知っているようだった。

「あー、でも俺こっから離れられねえよ」
「だめ、ですよね。わかりました。おっちゃんには……」
「店まではついてってやる」
「え、でも……」
「内緒にしとけよ、と」

 それはルーにも、タークスの主任であるツォンさんにも、ということだろう。お礼を言うと絶対だからなと念を押されて、レノさんとおっちゃんとお店へと向かった。
 看板には大きくセブンス・ヘブンと書かれていた。

「セブンス、ヘブン?」
「元は七番街スラムにあった店らしい」

 七番街のスラムにも行ったことはある。あのとき、大きなお店があるなとは思っていたけれど、もしかしてそこだったのだろうか。
 中に入るとレノさんが、お店の店長さんらしき女性といくつか言葉を交わしていた。時折こちらを振り返りながら私のことを話しているらしいその様子は、親しくもギクシャクしているようにも見えた。それを見守っていると、話が終わったようで、んじゃっと言って店を出て行こうとする。

「迎えに来るまでぜってえ店を出るなよ、と」
「わかりました」

 最後まで私に言い聞かせて、レノさんは広場の方へと戻っていった。そのあと、すぐにレノさんと話していた女性が私に声を掛けてくる。

「私、ティファっていうの。よろしく。あなた、優秀な整備士なんですってね。女の子なのに凄い。名前は?」

 優秀? レノさん、なんて説明したの!? 戸惑って思わず、声が小さくなってしまう。

「リク、です……。よろしくお願いします」
「リクって、どこかで……」

 ティファさんが少し考える仕草をすると、ドタドタと階段を下りてくる音が聞こえた。

「おいティファ、誰か……あー! ねーちゃん、おめえ!」
「へっ?」

 あまりにも大きな声で呼びかけられて驚いて飛び上がる。恐る恐るそちらを振り返ると、右腕が銃になっているとても大きな人が階段の下に立っていた。
 その人が私の所へと大股でやってきて、私の右手を左手で取って握手をするようにぶんぶんと振りだした。い、痛い……。

「あんときゃ、ありがとよ! 俺もティファも助かったぜ!!」
「あ、あのとき……ですか?」
「バレット、リクさんが怖がってる」

 ティファさんにそう言われて、バレットさんが悪(わり)ぃ悪ぃと言って手を離してくれた。
 彼の言うあのときがなんのことだかわからなくて、目をパチパチとさせているとニカッと笑った。

「俺はバレットだ。リクだったな。シドがあんたのことよく話してたぜ」
「シド兄が、ですか?」
「あー、覚えてねえか? ジュノンでよ、処刑されそうになってた俺たちをケット・シーと一緒に助けてくれただろ」

 ジュノン? 処刑? 一体なんのことだろう。でもシスター・レイの移設に私が関わっていたなら、そのときに会ったんだろうか? 見た目の話で申し訳ないけれど、バレットさんを見かけて覚えていないということは本来ならあり得ないと思う。まだ記憶が戻っていない部分のことなんだろう。
 上手く話が飲み込めなくて、考えているとみんなが心配そうに私を見ていた。

「おい、リク。お前さっきから変だぞ」

 おっちゃんが私に怖い顔をしてそう言った。自分だってわかってるけど……。

「おっちゃん、そのこと、なんだけど……」
「あー、さっき話があるって言ってたやつなのか? なんだ」
「嘘みたいな話なんだけど、私、記憶が飛んでるんだ」

 私の言葉に3人が揃って驚いた声を上げた。私が聞くがわだったら同じ反応をしていたと思う。

「なにがあったのか大体の話は聞いているんだけど、無理に思い出して体に異変があったらいけないからって、教えてもらえてないこともたくさんあって……」

 だから、その……ともごもごしていると、おっちゃんがそういうことかと納得したようだった。
 まだ思い出していない、ロケットのことやシスター・レイのことを話すと、おっちゃんに久しぶりに会ったのは、ロケット村に飛空艇ハイウィンドを借りに来たときだと話してくれた。
 バレットさんと会ったのは、北の大空洞という所から帰るハイウィンドの中らしい。そのときのティファさんは気を失っていたそうだ。そのハイウィンドにシド兄も乗っていたとバレットさんから聞いた。
 処刑とはなんのことかと聞くと、ティファさんとバレットさんが顔を見合わせた。

「さっき言われたの。あまり変なことを言うなって。変なことってなにかって聞いたんだけど、教えてくれなくて。たぶんこのことだと思うの」
「ねーちゃん、今は聞かねえ方がいいかもな。思い出したらいくらでも話してやるからよ

「思い出したら話さなくても大丈夫よ、バレット」
「でもよ、どんだけかっこよかったかは、人から聞いたほうが嬉しいだろ?」

 バレットさんから思ってもいなかった言葉を聞いて笑ってしまう。怖い人じゃないようだ。見た目で人を判断してはいけない、というのはこのことだろう。最初は怖いと思ったけれど、フィルさんのときのように変な警戒心は生まれなかったし、レノさんが私を置いて戻っていったってことは信用できる人たちなんだろう。

「なんだよ、ねーちゃん、笑えんじゃねえか。そっちのほうがいいぜ」
「うん、そうだね」
「ありがとうございます」
「あとはロケットとシスター・レイのことだ。それは、冷蔵庫を直しながら話してやる」
「わかった」
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